第24話 汚れつちまつた悲しみに

 大きな机の奥に座った、赤い皮のジャケットの男が不可解な顔をした。

「中学生の女の子にやられただと?」

 気管が潰され、しゃがれた声で報告する男。

「はい……すみ……ません。例の粉……の回収の件……です。油断……していました。今度は……」


 机の上に両足を乗せて、言い訳する男を睨んだ、真っ赤な皮のジャケットに黒のパンツの男。ジャケットの下には紺と白の縦のストライプのシャツ、胸元に漆黒のペンダントが見える。


「それで、その中学生は何人だったんだ? 随分派手にやられたみたいだが?」

「それが……一人なんです。しかも標的とは違う娘で……いきなり話があると車に乗り込んで来て……見かけは普通なんですが、異常な娘で……」


 言い訳を続ける男に、ますます不可解な顔になった九条武巽(くじょう・ぶそん)年齢は二十八才。派手な金髪を後ろ髪へ長く伸ばしワイルドに流す。幅の薄い濃い色のサングラスをかける、面長で切れ長のつり上がった目は非情さと大きな野望を見せる。長身でやせ形、百八十八センチ。針金のような肉体は、肉食獣のようで隠された力の解放を待っている。


「おまえが何を言っているか、よく分からないのは俺の頭が悪いのか?」

 九條が胸元の漆黒のペンダントに触れながら、もう一度説明を求めた。

「いえ! そんな事……は……すみません、取り乱しました」

「たった一人の中学生、しかも女に四人の男がブチのめされただと? おいおい、もう少し現実味のある言い訳を考えろよな」

 金色の髪のコメカミに指をトントンと数回あてて、頭をちゃんと仕えとモーションする。

「はい……どちらにしても、おれの責任です。今、その娘の居場所と名前を探っています」

 濃いサングラスを外して机に置き、腕を組んだ九條。

「俺達の商売は、舐められたら、お終いなのは分かっているよな?」

 面長で切れ長のつり上がった目が、野獣の輝きを発する。大型肉食獣と一緒の檻入れられた感覚に陥った男は狼狽し、恐怖の表情を浮かべた。

「は、はい、……よく分かってます……命にかけて……中学生を捕まえ、ターゲットの粉を……返品してきた……娘と一緒に……連れてきます!」

「簡単に掛けられる命だな。まあいい、分かっているなら、グズグズするな。さっさと行け!」


 震え上がる男がしゃがれた声で返事をし、部屋の扉へ向かう。

 九條は、机の横に積んである本から、一冊取り出し読み始めた。

 本のタイトルは“汚れつちまつた悲しみに”


「大変そうね、組織をまとめるのも」

 九條の後ろから声が聞こえた。

「まあ、俺は管理職だからな」

「フフ、毎日いろんな問題が起こるわね」

「ああ、だが中学生にぶちのめされる……ありえん」

「中学生が、あなたの組織の人間を倒すなんて普通あるかしら?」

「何が言いたい?」

「それってもしかして、あの子じゃないの?」

 読んでいた“汚れつちまつた悲しみに”から顔を上げた九條。

「おまえはどう思う?」

「クシティに関連があるかもね」

「おまえはそう思うか。ならば、俺から挨拶に行ってたのも無駄じゃないな。あと、うちの連中では荷が重いだろう、あの異能の力、中学生とあなどる事はできない。それにクシティが居るとなると、とくにな」

「あなた、なんだか嬉しそうね」

「そうかい?」

 机の上の電話機を取り上げ内線をかける。

「あいつをもう一度ここへ呼べ。ああ、今すぐにだ」


 再び呼び出された、咲夜に喉を潰された男が部屋に入り、九條に頭を下げた。

「中学生はそのままでいい」

「え? うち……の組織が、麻薬を……扱っている事を……知ってます」

「中学生の女の子だろう?」

「用心した……方がいいかと。中学生の……一人は噂の娘……だと思われます」

 気管をつぶされ、しゃがれ声の部下の言葉に首をひねる九条。

「噂さの娘? ああ、マルチブレインか? なるほどな」

 嬉しそうに口元を緩ました九條、だがその瞳は非情な光を強くする。


「いいか! おまえたちは、俺が言うまでは絶対に手を出すな!」

「しかし、おれの……メンツもありますし……四人もや……られています」

 口元は緩ましたままだが、その身体は冷酷な肉食獣の殺気を帯びる。

「メンツだと? 中学生にやられ、おれの命令に従わない……随分それは重そうなものだな。おまえの命より重いか、確かめようか? 今ここでな!」

「いえ! はい……分りまし……た、九條さん……から指示が……あるまで、中学生には……手を出しません」


 喉を押さえた男が恐れを顔に出した。

 九條から顎で部屋の出口をさされ、退出を即された男は頭を深く下げてから部屋から出て行った。


「マルチブレイン。そこ娘もやりそうね。楽しみが増えたわね」

 陰からの声に。大きく背伸びをした九條は頷いた。

「ああ、あの娘はいい、そして……俺たちに近い位置にいる、こちら側に引き込む事もできるかもしれない……どちらにしても楽しみな事だ、フフ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る