第23話 アカリとサクヤ

 アカリはいつものように、始業十五分前には住宅地のいつもの場所に着いた。

 そしていつものように、後席から運転手に指示を与える。


 超がつくくらいの優等生、父親の力もあり特別な生徒として扱われていた。


「今日はここで待ってて。あと粉の返品の件で連絡が入るかもしれないわ」

 アカリ専属の運転手兼護衛の男が頷く。

「はい、ここで待機しています。粉の件は連絡を受け次第、携帯にメールを送ります」


「お願いね。三時半くらいには学校が終わる予定よ。あと、これを充電しておいて」


 A4の半分くらいに折りたんだ、アカリ特注のタブレットPCを運転手に渡す。

 生徒や教師に会わないように、住宅地を五分程歩き学校の正門へ向かう。

 正門をくぐり教室へと向かう途中、出会った人とは挨拶を交わし、全て毎日寸分も違わない行動をとる。


 三時間目の休み時間に、携帯を確認するアカリの顔が少し険しくなった。

 そのまま職員室に向かった明莉は、職員室で無駄話をしているクラスの担任の前に立った。

「先生、すみません、父からの連絡で、すぐに帰ってこいと言われました」

 担任は明莉の機嫌をとるように言った。

「それは大変だな。すぐに帰りなさい。タクシーを呼ぼうか?」


 アカリは全国でもトップクラスの成績。

 部活の陸上でも都の記録を幾つか持っていた。

 文武両道を掲げる、私立中学の特待生の中でも、とびきり優秀な存在。

 そして、アカリの父親はこの学校に多額の寄付をしている。

 担任どころか、校長までもがアカリには特別扱いをしていた。


「はい先生、このまま帰らせて頂きます。タクシーは必要ありませんから」


 クルリと方向を変えて職員室から教室に向かう。

 鞄に教科書をしまい込み、教室を出て校門から外に向かった。

 校内から出たところで、携帯を取り出し運転手に電話をかける。


「今から直ぐに向かうわ、準備しておいて。相手の方は? そう、まずは携帯に情報を送って」

 早足で歩きながら携帯でメールを読む。


「面倒な事になったわね……」

 呟いたアカリが、想像しなかったものを見つけて、驚きの表情になった。

 想像しなかったもの、浅井君が手を上げていた。

「よかったよ。アカリを見つけた」

「どうしたの? 浅井君はなんでここにいるの?」

 さっきまでの厳しい顔から温和な表情に移ったアカリは、近づきながら僕に質問すると、僕はユウが原因だと答える。


「ユウが今日は危ないから帰りなさいって。それで学校から早退させられた。他にもアカリのお所へ行きなさいって。それで家に帰る途中ここに来た」

「さすがはユウ、危険を察したのね。あとユウは何か言っていた?」

「アカリに必ず相談しなさいって。アカリはどうしたの? 学校は?」

「よかったちゃんと出会えて。まあ、ユウは分かっているだろうけど。私は大事な用事が出来てね、これからそこへ行く所なの」


「ふーん、大事な用事があるんだ。じゃあ、僕と一緒の帰るのは無理?」

「ううん、大丈夫よ浅井君。大事な用事は自分から、歩いてここに来たからね」

 僕は不思議そうな顔でアカリを見た。

「さあ、おいで。浅井君の家に行きましょう。パンミックスの返品は私が預かった事。最後まで面倒を見る」



 僕の家の近くに車を止めさせたアカリ。


「ここでいいわ。ここで待ってて頂戴」

 後部座席のドアを開けながら、後席の横に座る僕を見た。

「浅井君、少しだけ車の中で待っていてね。私が帰るまで絶対に外に出たらダメよ」

「うん、分かったよ」


 アカリは僕を車の中に残して歩き始めた。

 僕の家が見える場所に、駐まっている黒塗りの車。

 その車に近づき、濃い色のフィルムが貼られている窓をトントンと叩く。

「うん? なんだ、おまえは?」

 スッと、窓が開いた。

 車の中には、明らかに表の職業でない格好をした男が、四人乗っていた。


「ちょっと、話があるんだけど。白い粉の返品の件でね」

 車の後ろのドアが開き、一人の男が車から降りた。

「乗れ」

 アカリを後席の中央に押し込んでから男は、再び車に乗り込んだ。

 後席でアカリは二人の男に挟まれる形になる。


「それで返品って、なんの話だ?」

 助手席の男がアカリに聞いた。

「一億二千万円の粉の事よ。返品するから、この件からは手を引いて欲しいの」


「フフ、なんでおれたちが、おまえの言うことを聞くんだ?」

「あなたの親会社に昨日電話したわ。返品は受け付けたと聞いていたけど? どうしてこんな事をしているの?」


「うちはアフターがしっかりしているんだ。お客様の返品理由がなんなのか、ちゃんと聞かないとな。丁寧にじっくりと時間をかけてな」

「そうなの――あなたの会社は、最近、業績が伸びているわね。そしてかなりの無茶もしてる。さっき親会社から謝罪があったわ。押さえきれなかったってね」


 ニヤリと笑った助手席の男。

「うちの会社の事を良く知っているな。あんた中学生か? 大人びて見えるが。その可愛い顔で裏の世界に顔が効くらしい。なるほど、マルチブレイン、最近裏の世界で聞く若い女の噂。まだ学生なのに、豊富な情報を複数の組織に提供していて、相手は国レベルまで及ぶ。まあ、おれはおまえが誰でも構わない。うちの会社が伸びているのは、何でもやるからだ。人の嫌がる事でもな。そして邪魔は誰にも許さない」


「ふーん、口調が本職らしくなってきたじゃない?」

「おっと、そうか気をつけよう。ただ今はおまえしかいないから、少しくらい本職が出ても大丈夫だろう? クク」

 後席の二人が明莉の身体を押さえつける。

「何をするの!?」

「おまえも一緒に来てもらおう」


 助手席の男が目線で合図を送った。

 横の男がアカリの口を白い布で塞いだ。

 薬品の香りが車内にたちこめる。


「おい! 窓を開けろ! おれたちも気絶してしまう!」

 急いでドアのスイッチを押して、車の窓を開けた運転席の男。

 口に薬品を含んだ布を押し当てられ、抵抗するアカリ、だが、だんだん意識が遠くなる。


「……あなたたち――後悔するわよ……」


「あー? おまえを眠らせたら、なぜ後悔するんだ?」

「私を眠らせたら……あの子が……起きる……から」

 後席の二人が、完全に意識を無くしたアカリの手を縛り、口にガムテープを貼り付ける。

「終わりました」

 頷く助手席の男。

「あとは、あの家の娘が帰ったら、捕まえて仕事は終了だな」


「残念ですが、それはありえません」

 その声に振り向くと、今、意識を無くした筈のアカリが男を見ていた。

 その瞳は高い理性を見せる、黒い冷静すぎる瞳ではなく、銀色へと変わっていた。

「おまえ、どうやって縄をほどいた? いやそれより、なぜ目が覚めた?」

「姉の明莉は眠っております。私は妹の咲夜です」


「なんだと? 妹? おい、おまえらなにをやっている! その娘を押さえろ!」

 返事はなく痛みを堪える声。後ろの席の二人は脂汗をかき、自分の脚を懸命に押さえていた。

「無理ですね。私が二人の脚を押さえております」

 グッと指先に力を込めるサクヤ。男達の脚の一部がむしり取られた。

 車の後席と、前席の背面に血が飛び散りべっとりと張り付く。

 二人の男の絶叫が車の中に響く。


「この車は窓にはフィルム、車内には防音処理。この方々が痛がる姿や叫び声が外に漏れなくて便利ですね。本来は姉にしたみたいに、拉致などに効果をあげる物でしょうけど」


 血が噴き出す二人の脚は、十センチの肉がえぐられた跡。

 苦しむ男達の歪んだ表情を、無関心そうに見ていた、サクヤ。


「私って、人の悲鳴は好きな方なのですが、狭い室内、少しは我慢して頂かないと、これではお話も出来ません。仕方ありませんね、おとなしくして頂きましょうか」


 後席の二人の首を同時に、右手と左手で掴みあげ軽く力を込める。

 首の骨が砕けるような恐ろしい力で、首を締め付けられ暴れる男達。サクヤの手を離そうともがき苦しむが、数秒で酸素が脳に回らなくなり、気絶しておとなしくなった。


「なんなんだ?おまえは!?」


 助手席の男が状況を理解出来ないまま叫ぶ。

「中学生ですよ。明莉の妹で咲夜と申します。あれ? これさっきも言いましたね。私と姉ってけっこう性格が違うんですよ、双子なんですけどね。でも無駄が嫌いなのは一緒なんです。だからこれで最後にしますね。今回の件は無かった事だと思ってください。あの家の方々に手を出さないでください。いいですか? お願いしますよ」


「中学生に脅されて、引っ込むわけにはいかない、おれにもメンツがある」

 咲夜の雰囲気に、恐れを抱きながら助手席の男が首を振る。

 助手席の男を見た、爬虫類のような無表情な銀眼。


「そうですか……それは残念ですね」

「あたりまえだ!おれたちは……ウグ」


 話の途中だった助手席の男の首を、左手で掴んだ。

 徐々に力を込めるサクヤの握力は、みるみる男の顔を紫色に変える。

 もがく男の横の運転席の男が、ポケットからナイフを取り出した。


「おいやめろ! その手を離せ!」

 サクヤは、ナイフの脅しにも無感動だった。

 運転性の男が握るナイフを感心無さそうに見る。


「それって脅しですか? この手を離さないと、どうなりますか? あと五秒でこの人の気管が潰れて、面白い声になりますよ。あなたは聞いてみたくありませんか……キャハハハ」


 壊れた人形のように笑い続けるサクヤ。

 恐怖に支配された男は、ナイフを咲夜の左腕に刺した。

 ナイフが刺さり、血が滴る自分の腕を、サクヤは無関心に見る。


「私は痛みを感じないのです。残念ですね。でもこの身体は姉と共用しています。痛みを感じない私はよく身体に傷をつけて、姉に叱られます。なにせ痛みを感じないのですから、どこでどう怪我をしたかも覚えていません。でも今回は、とっても分りやすい。姉に説明をちゃんと出来ます。ああ、よかった」


 ザシュ、運転席のシートを破壊してサクヤの右腕が突き抜け、運転席の男の右手を掴んだ。


「姉にはあなたにナイフで刺されたと言います、それから報復として、右腕を砕きましたと言いましょう、姉も少しは納得してくれそうです……キャハ、キャハハ」


 無表情だったサクヤの銀色の瞳が強く輝き、口元が大きくつり上がった。

 

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