第22話 優等生アカリ

「これは何の嫌がらせなのかしら……ユウ?」

 紺のチェックのスカートには裾に白い横のラインが入って、上部は白いシャツにモスグリーンのネクタイを胸元で結ぶ。陶器のようなきめ細かい肌、均整がとれた顔立ち。スタイルはモデルなみ、成績抜群のパーフェクトな優等生、道明寺明莉どうみょうじ・あかりは不機嫌だった。


「おお、ごくろうさん! よくきたね、アカリ」

 アカリと違い、呼びつけたユウは上機嫌。それにますます不機嫌になるアカリ。

「よくきたね、じゃないわよ。浅井君のお母さんに、脱がされそうになったわ!」


 自分の腕時計を見たユウは首を振った。

「おばさんの突破の時間はジャスト20分か。慣れたらもっと早くなるよ、私なんか10分で突破しているから」

「あなたの、おばさんの突破時間なんか聞いてないの。私がなんでここに呼び出されたか、それを聞いているの!」


 感情が露わになるアカリ。その均整がとれた顔立ちと体つきから、よく高校生に、果ては大学生と間違われる。瞳は高い理性を見せ、普段の冷めた表情はCool Eyeと呼ばれているが、ユウの前では違うようだ。


 ん? 不思議そうな顔をしたユウ。

「携帯で浅井君の一大事だって、アカリには言ったでしょ?」

「あのね、ユウはすぐ“一大事”その台詞を使うけどね、どのくらい一大事か、全然わからないの。携帯のあなたの説明を聞いても、緊急性も意味もサッパリ分らない」

「だから来たら分るって――いつも言ってるじゃない? かいつまんだ説明は苦手なのよ」


「あ・の・ね! 要件も分らずに、いちいちダッシュで呼び出される私の身にもなってよ!」

「だってさあ、マジにやばい事とか、前に何度かあったでしょう?」

「たしかにね。あなた達二人で、無邪気にもの凄い事を起こす直前に、呼び出される事はあるわね」


「そうそう、だから何か嫌な予感がする時は、アカリを呼ぶ事にしたの」

「勘の鋭いユウの判断だから、たぶん間違っていないけど……でもなんかムカつく」


 アカリが正座した脚を崩すと、短めの紺のスカートから伸びた脚は目を引く程に白かった。


「……で今度は何なの?」

 ユウがアカリの前にダンボールの箱を出す。

「よいしょっと! これなんだけど――この粉はなんだかわかる? 浅井君がどこかのネット販売で買ったって」

「この箱には、社名なんかどこにもプリントされてないじゃない」


 箱を開けたアカリが、中に入っているビニールの包みを手に取る。

「で、わかる? 一億二千万円するらしくて、返品したいのだけど」

 値段を聞いても平静に、ビニールを開けて、中の粉に触れたアカリが、いきなり結論を述べた。


「麻薬ね、コレ」


 サラリと言ったアカリの言葉に、驚いて少し後ろに下がったユウ。

「え? 麻薬ってコカインと覚醒剤とか? 警察二十四時とかに出てくるアレ?」

「中学生らしくない番組を見ているわね。そうよ、持っているだけで罪になるアレよ」


「うわあ、どうしよう、アカリ?」

「慌てないでユウ。私はこれが“麻薬だと思った”と言っただけよ」


「うん? どういう意味?」

「コレが麻薬だったら、持っているだけで犯罪者なの、刑務所行きなの」

「それは困るよ~~お母さんが心配する」

 今一緊迫感が無い、僕の様子を見て、心配いらないとアカリが答える。

「浅井君はパンミックスとして、コレを購入した。でも欠品だったので返品したい。それでいいでしょう?」

「アカリが返品の交渉してくれるの? やった!」

 肩の荷が降りて、喜び出すユウと僕、タイミングを合わせて一緒に喜びの声を上げた。


「これでパンミックス、粉の件は解決だ!やった~!」


 はぁ、アカリだけはため息。

「やったーじゃないわよ。もう、どうやったら、パンミックスがコレになるのよ!」


「なんか安心したらお腹がすいてきた」

 背伸びをしたユウの言葉とほぼ同時に、僕のお母さんが顔を出した。


「夕飯の用意が出来ましたよ!」

「はいー丁度お腹が空きました」

「はぁああ、もうこの二人は―」

 お気楽ユウと僕に首を振って脱力したアカリ。

 スカートをめくり、崩した脚の白い太股の奥に手を入れて、内ポケットから小型の携帯を取り出した。


「おお、すげー色っぽいなあ……ちょっとムラときた」

 ユウが手を望遠鏡に筒にして呟く。

「バカ言ってる場合じゃないわユウ、ちょっと電話するからね」

「返品の件ね」

「うん。だからちょっと、ハチを連れて、先におばさんの所へ行ってて。浅井君やあなた、ましてやおばさんは、聞かない方がいい話だから」



「この魚の煮付け――とても美味しいですね」

 明莉の褒め言葉が出た、今日のハチの家の夕飯のおかずは――


 メインはカレイを甘辛く煮つけた魚の煮付け。昆布とお豆腐のお味噌汁。ホクホクのコロッケ。タコの唐揚げ。ユウが好きな明太子。アカリが好きな浅草海苔、それと、忘れちゃいけない、ほっかほっかの白い炊きたてのご飯!


「ごめんねーユウちゃん、アカリちゃん、間に合わせになっちゃったわね」


 優等生のアカリはらしい言葉で、僕のお母さんに言葉をかける。


「いえ、十分過ぎますよ。このカレイのお煮付けは、生姜が少し入っていて、それが味を引き締めていますね。あとコロッケはジャガイモを吹かして、直ぐにすりつぶしてから、カラッと揚げている。ホクホクの食感がすごくいいです」


「うまい、うまい」無言の笑顔でパクパクとご飯を食べているユウと僕を横目で見ながら、アカリが夕飯の総論を述べていた。


「あら、わかるのね。さすがね、明莉ちゃんは頭良いから、なんでも分かっちゃうのねえ」


「いえ、そんなたいした事では……」

 恥ずかしそうに、下を向いたアカリ。

「ねえ、アカリはおばさんの事が苦手なの?」

 いきなりユウが聞いたので、アカリは一瞬、表情が固まった。

「あのねユウ、勘がいいのはいいけど、なんでもかんでも、バラシテいいわけではないわよ」


「あら、アカリちゃんは、おばさんの事が苦手なの?」

「いえ、そうではなく、私はこういうの、家族で一緒に何かするのは経験が無い事で、どうしていいか分らないだけです」

「ふ~ん、正直に話せるじゃないの、感心感心」

 キラリ、ユウを睨んだCool Eye。

「だからユウ、人の心をばらすのはやめなさいよ!」

「うん? 私は思った事をただ、ストレートに言ってるだけど?」


「ユウの場合は、あなたの能力も合わさって異常に勘がいいの。だから、言われた方はビックリするわ、心の中を読まれたかと思ってね」

「うん? アカリ、私は能力は使ってないよ?」

「それは分っているけど。とにかく、思った事をすぐに、みんなの前で口にするのは、やめなさいよね!」

「みんなって、ここにはいつもの三人しかいないけど?」


 淡い青い髪をかき分け、額に手を置いたアカリは辛抱強く、天然主義のユウとの会話を続けた。


「そうかもしれないけど……それと、もしかしてユウは、今回のパンミックスも、私にしか処理出来ない、そう思ったでしょう?」

「うんうん、思った。おばさんこれ美味しいなあ、博多のふくふくの明太子は、自然な辛さで美味しいです」

「ユウちゃんが好きだからね、おばさんデパートの九州物産展で買っておいたのよ。ハチと私は辛いのが苦手だから、一杯食べてね」

「はいーそれじゃあ、ご飯と明太子をオカワリ!」


 普段と違い、妙にハイなユウに疑問を持つアカリ。


「ねえユウ、そのはしゃぎ方は、もしかして、私が困っているのを見て喜んでいるの?」

「ブッハ、いきなり何を!」

 思わず味噌汁を噴き出したユウが続ける。


「そんな事あるわけない。おばさんのご飯が美味しいだけ」

 ジッと見つめるアカリの視線はユウの動揺を見逃しはしない。

「あれ? やっぱり分かった? バレテル?」

 ため息をついて視線を緩めたアカリが呟く。

「ユウが、継続的に興奮状態だからね」

「凄い! アカリも勘が鋭い!」


 首を横に振ったアカリ。

「私のはあなたみたいな、勘とか天然的なものではなく予測よ」

「えーと、どう違うの?」

 ハチの母親から、ご飯と明太子のオカワリを受け取ったユウが聞いた。


「データの蓄積と分析から導かれる予想結果と確率。ユウとは長い付き合いだし、データは豊富だしね」

「そっか、私達が初めて会ったのは八歳だっけ? もう五年も経つのか」

 アカリに会心の笑みを浮かべてから、明太子でオカワリを食べるユウ、それを見て微笑む僕のお母さん。


 アカリは三人を見ながら、他には聞こえないように呟いた。

「今どき存在しないはずの家族の団らんか――たまにはいいものね。ただし自分の家族とは勘弁だけどね」

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