第20話 九条対アカリ

「私は別に楽しくないけど? その呼び名は止めて欲しいわね。マリはさっきその二人からネックレスを奪うときに、速さの起動と解放をあなたに見せた。そして同じタイミングであなたのその漆黒のペンダントを狙った」

 アカリは話を続ける。


「たとえどんなに速くても“さあいきますよ、一、二の三”って手を伸ばしたら、捕まえられる。ただし、いくらタイミングが分かっていても、普通の人間にマリを捕らえるのは無理。成長著しい暴力組織のトップ、九条武巽、あなたも異能な力の持ち主なのかしら?」


 九条の圧力に屈しないアカリに、興味を持つ九条。


「ほう、俺を知っているのか? さすがだなマルチブレイン。異能な力? そんなものは持ってないぜ。俺は組織の、ただの管理職だよ。ただ、少しばかりの悪運はあるらしい。なんせ、こうして可愛い二人にも逢えたからな……うん?」


 何かに気がついた九条は、掴んでいるマリの手を手前に引き寄せた。

「イタイ、この! なにをする!」

 抵抗する小さな身体を、九条は目の前につり上げる、マリは、もがく以外は何も出来ない。

「この左手の甲の傷は何だ? かなり深いな……なんども傷つけたように見えるが?」


「おまえには関係ない!」


 足をばたつかしてマリは抵抗を試み、相手の腹を蹴るが、九條は気にもとめない。


「どんな事をすれば、こんな深く大きな傷がつく? おまえ、自殺願望でもあるのか? だがそれなら、普通は手首を切るもんだろう?」


「放せ! こいつめ!」

 抵抗するマリを横目に、九条の動きに関心するアカリ


「マリの速さを起動させない為に、身体をつりあげ地面から離している。考えているじゃない? 蹴る地面が無ければ、力を爆発させられないからね」


 この状態でも冷静な明莉に、ますます感心した九条。


「おまえがさっき、こいつを捕まえられた理由を解説したからな。タイミングを変えられたら、かなりやっかいだ」

 九条の油断を見せない、考えに頷くアカリ。

「そうね、今度は簡単にはいかないわね。同じタイミングで力を起動したのは、マリの慢心だから、少しは無様な姿もいいかと思ったけど……そろそろ限界のようだわ」


 九条に近づく明莉に、成り行きを見ていた組織の二人が身構える。

 九条が楽しそうに言った。


「今度はマルチブレインが相手か。その身体、かなり鍛えているようだな。薬品も使っているようだ。クク、おまえ、ドーピング検査に引っかかるぞ。そこまでするのは、マルチブレインの力を抑制する為なのかな?」


「オリンピックは、出る予定がないからかまわないわ。それよりあなたは何者なの? ここにユウがいれば、あなたが何者なのか分るのに」

「なうほど、あの時の二人か。ちょっとトラックをけしかけてみたが。俺も聞きたいな。マルチブレイン、おまえは何者なんだ?」


「その呼び名は、止めなさいって警告したはずよね。聞こえなかったかな? 私は普通の中学生」

「クク、この状況で俺に恐れを抱かずに、向かってくる中学生なんているわけない」

「そんな事ないわよ。結構ドキドキしている……あなたなら、私を受け止めてくれるでしょう? 全力の私をね……潰して……グシャグシャにしてあげるわ」


 なにかが、他の誰かが、明莉の中で目覚める。その力は周りを威圧する。


「来るぞ……おまえら気を抜くな!」


 九条が叫んだ刹那、明莉は、右側の男の迎撃の姿勢を取ろうとする懐に入り込む。男の片腕を掴みスッと体勢を落とす明莉。男の身体が空中で一回転する。


 何が起こったか分らないまま、アスファルトに叩きつけられて、一瞬息が止まった男は、路上でうめき声を上げる。

 慌てた左の男が、明莉を捕まえようと腕を伸ばしてきた。


 右に素早く踏み込んで体をかわしてから、男が延ばしてきた腕を脇に挟み、そのまま全身の体重かけて手前に強く引っ張る。

「この、なんて力だ!」


 倒れまいと踏ん張る男が、後方に重心を移した時に、素早く一歩前に踏み込み、男の左の足を、内側から刈り込む。男は後ろに転倒し、頭からアスファルトに倒れこんだ。


 明莉は、男の襟を両手で掴み、後頭部が道路にぶつかるのを止めた。


「気をつけなさい。死んじゃうわよ!」

 一瞬微笑んでから、両手を男から離し、右足で地面を蹴った。

 空中で身体を捻り身体の向きを九條へと向ける。


 着地して、九條の戦闘範囲に入った明莉は、間髪置かずに攻撃を開始する。

 左足を軸に一回転しながら、左手の裏拳を九条の顔めがけて打ち込んだ。


 その攻撃を左手で易々と受け止めた九条は、明莉の優雅にして、破壊力を持った動きに呟く。


「なるほど柔術を使うのか。しかもスポーツではない、明治維新の前、武士が使っていた殺人術の方だな。投げる、打ち込む、そして……」

 捕まれた左手を九条に任せたまま、両足を空中に広げて、身体を逆さにして飛び上がる。

 スカートがめくれて、二本の白い太股が露わになり、明莉の両脚が九條の腕に絡みつく。


「投げる、打ち込む……そして、決める。関節技よね」


 明莉が九條に言葉を返し、両脚を九条の左の腕に絡めたまま、落下する勢いで、そのまま九条の腕の関節を決めにいく。


「バカかおまえ、俺の腕を決めるより先に、おまえの頭が潰れるぞ」

 九条は明莉の体重がかかった左手を、頭上まで持ち上げる。

「さすがね……ま、計算どおりかな」


「計算だと? 頭を熟したトマトのように、割られる事がか!」

 頭上から一気に左手を加速させ、明莉をアスファルトの道路に振り下ろす。

 固い道路に落下していく最中、空中で逆さのまま明莉が呟く。


「ええ、計算どおり」


 明莉の身体がアスファルトに触れる直前、その動きを止めた九條の腕。

 青色に輝く髪が道路に触れている。

 あと五センチで頭が潰れていた明莉、左腕に逆さまに絡みつくその顔を九條が見た。


「おまえ、最初からこれを狙ったのか?」

「ええ、最初から狙いはそっち。私に気を取られて、マリの両足を地面に付けちゃったね」


 明莉の攻撃で意識が離れた九條の、右手を振りほどいたマリが地面に立っていた。

 マリの手は、明莉が絡みついた九条の左腕を、ガッチリと押さえていた。


「この力は……予想以上だな」

 明莉は絡めていた両手両足を九條の腕から解き、逆さまから、後方に一回転して道路に着地。

 続けてマリも後ろに飛び、九條から距離を取った。


「さて、どうするマリ? 私としては、この男とは戦いたくないんだけどね」

 頭を振って手で髪を整える明莉、その言葉はマリには、もはや聞こえてない。


「完全に頭に来た。あんたが気にしていた、この左手の傷の意味を教えてやるよ」


 腰のあたりまで伸びる、墨を梳いたような黒鉛の髪を手で梳いて整え、下唇をぺろりと舐めたマリが、戦闘態勢に入り、驚異的な速さと力の解放の準備に入る。


「やっぱりね……もう止らないわね。一応私は、止めなさいと、注意はしたからね!」

 九條は口元を緩めた。

「クク、今度は二人一緒か、さてどんな攻撃が待っているのかな?」


 嬉しそうに両手を前に広げ、九條はゆっくりと迎撃の姿勢をとった。

 ジリっと距離を縮め、九條の戦闘範囲に入り込むマリと明莉。


 マリが力を解放する直前、三人に近づく長身の男。


「もうその辺でいいだろう。おまえら歩行中の皆さんとオレの邪魔だぞ」

 神代先生が九條とマリとの間に割って入り、二人のバトルを止めた。

 直後に、マリは路上に倒れた。


「大丈夫かマリ!」


 心配して抱き起こす神代先生。目を開けて右手を伸ばして、懇願の表情を浮かべたマリが、逃げられないように、先生の首をガッチリ掴んでから呟いた。


「もうだめ、腹減りすぎ……何か食べさせて……先生」

 その言葉でガックリと肩を落とした神代先生。

「……というわけで、この娘達に飯を食わせないとならんが」


 九條は新しい敵の力量を計りながら口を開いた。

「まだ、続きがあるんですがね。先生」

「そうか。ならば仕方がない」


 明莉にマリを渡し神代先生は立ち上がった。

 銀色に見える白髪、その色と獰猛な戦い方から、白虎と呼ばれる、現代最強の剣士の一人が、自分の下唇をペロリと舐めた。


「さあ……始めるとするか、このオレと」

 フフ、九条が笑い、神代先生に向かう。

「まさに野獣だな先生、あんたも特別製なのかな?」

「いいや、ただ、ただ、人より多くの飯を食い、ただ、ただ、鍛錬に明け暮れる。そんな役立たずな駄目な大人だ」

 ここで白虎、神代先生は、その気迫を外に放つ、押し込まれそうになった九条が呟く。

「いい気迫だ……確かに、学校の勉強とか、道徳観を教えるのは向いてないようだ。だが、その分戦い方は教えるのは上手そうだな。そこのちっちゃいお姉ちゃんは、あんたが教えたんだろ?」

 肩でポンポンと当てていた竹刀を構え、戦闘た体制に入った白虎が唸る。

「ああ、こいつが暴走して迷惑をかけたなら謝る。だがここからは……」

 九条も戦闘態勢に入りながら白虎に問う。

「ここからは? 正義感か、それとも弟子をかばう、そんなとこか」

 構えた竹刀に乗り始める、強烈な気迫とは裏腹に、嬉しそうな白虎。

「いいや、ここからは……面白そうだから、オレにやらせろや」


 白虎と呼ばれる、その野獣の気が満ちあふれた。

「クク、面白い連中だな……とりあえずお姉ちゃんに、飯を食わせてやれよ。俺もこれから会社で会議がある」

 白虎、神代先生の顔が緩む。


「フッ、おまえこそ、会社員には向かないように見えるが?」

「クク、会社では管理職でね。俺がいないと部下がまとまらない。おい、おまえら、いくぞ!」

 二人の構成員を睨んでから、踵を返す九條、歩きながら三人に右手で挨拶した。

「また逢おう、力ある孤独な者達よ」

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