第19話 鬼の名は

 気にしている体型の事を好きなだけ言われ、マリは怒りモード突入で明莉を指さす。


「この乳デカ女め! 今日こそは決着を……」

 距離を取ろうと下がったマリの後頭部が、何かに当った。

 振り返ると、いかにも柄が悪そうな三人の男が立っていた。

 空腹と幼女問題で不機嫌なマリは、自分でぶつかったのにその怒りを男達にぶつける。


「何だおまえら! こっちは勝負に負けて、頭で負けて、体型で負けてムカついているんだぞ」

 明莉が言葉を補足した。

「本当はお腹が空いてるだけです~~けどね」

「そうそう、腹が空いて凶暴になっている。だから非常に機嫌が悪い」


 中学の女子、しかも、やけにちっちゃくて、やせっぽちの女の子に因縁をつけられた男達は驚いていた。しばらくして、やっと本分を思い出して決め台詞を唱える。


「おまえら、意味が分って言っているのか? 俺達が誰か分っているのか?」

 明莉が三人の男を見ながら話を始めた。

「最近、この辺を取り仕切っている組織がある。急激に力を持ったその組織は、噂ではクスリや売春、臓器売買など裏の仕事も行っていると言われている。組織の構成員は、全員、銀色のネックレスをしており、組織のトップは、赤いジャケット、黒いネックレスを身につけている。名前は、そう、九条武尊」


 二人の男達が、だらしなく開けている胸には、クロームのネックレス。


 そして少し離れた位置に立つ、派手な金髪、幅の薄い濃い色のサングラスをかけている男。

 真っ赤な皮のジャケットと同じく皮の黒のパンツ。ジャケットの下には紺と白の縦のストライプのシャツ、そして胸元に、漆黒のペンダントが見えた。


「まだ、小学生くらいか。最近流行りの“幼女”って事で、結構高く売れるかもな」

「雑魚は黙ってろ!」


 マリが幼女と言われて腹を立てる。

 明莉は、奥の赤いジャケットの男が気になっていた。

 濃い黒のサングラスで表情は見えないが、男は笑っているようだ、口元が緩んでいる。

 ……この男から感じたことのない、強いプレッシャーを感じる……

 暑い七月の日差しの中でも、身が寒くなるような圧力。


 明莉の様子など気がつかずに、小学生のような女子が因縁をつけ、組織の構成員を戸惑せる。まず日常では起こるはずもない事を、マリは順調に進めていた。

 裏の暴力組織である、彼らにとって因縁は、つけるもので、つけられるものではないのだ。


「おい。どうする、こいつら?」

 マリに雑魚だと判断された一人が、もう左の男に聞く。

「小学生をいじめてもなあ」

 その言葉でマリの怒りは頂点に達した。


「この雑魚どもめ、人が一番気にしている事を! こう見えても花の中学三年生。着縮みして見えるが、身長も152センチある!」

「着縮みなんてあるの? いつの間にそんなに成長したの? 気がつかなかったわ」

 すかさず明莉が突っ込むと、組織の二人は苦笑する。

 それを睨み付け、一歩踏み出すマリ、その前に立ちはだかる二人の男。


「あんまりに調子に乗るなよ。ほんとにさらうぞ!」

「ああ、やってみろよ!」

「この野郎、少し痛い目に遭わせてやる!」


 いかにも構成員らしい啖呵。だがマリは構わず歩を進める。

 マリの身体を、捕まえようと、二人の男は同時に近づき手を伸ばしてきた。

 フッとマリが消え残像を残し、男達の間を通り抜けた。

 マリの腰のあたりまで伸びる長い、墨を梳いたような黒鉛の髪が目の前を靡いた。


「あれ? 今、おれ達を通り抜けた?」

 同時に声をあげた二人の構成員、遮ったはずのマリが通り抜けた事に驚きを隠せない。


「白筋だけで構成されたマリの身体は、無駄な重さを一切持たない。それは一瞬の力の解放を待つ、しなやかな竹。幼女の姿も無駄な肉を持たず、速さを追求した結果」


 明莉が雑魚二人の胸元を指さす。

 男達は自分の胸を見て気がついた。


「馬鹿な……いつの間に!」

 組織の構成員を示すクロームのネックレスが、胸元から消えていた。


「おれのネックレスはどこに……」

「これのことか?」

 マリの小さな手に二個のネックレスが、握られていた。

「なんだと、いつの間に取った? おまえは手品師か?」

「手品じゃないわ。ただ速いだけ。人より桁外れに」


 明莉の言葉に、二人は不可解な表情するが、赤いジャケットの男は違っていた。


「なるほど。その幼女体型は、速さを最優先した、造られた身体というわけか」

 金髪の男。組頭の九条の言葉に明莉は、冷静な人形のような表情を少しだけ崩した。


「面白いわね。あなた何者? 私達を知っているの?」

 ククッと笑う、赤いジャケットの男。

「さあな。だが会ってみたかったよ、今日はクシティはいないのか?」

「おまえは、ユウと浅井を知っているのか?」

 ご親切に名前を挙げたマリを見て額に手を置く明莉。


「バカ。マリ、名前を出しちゃ駄目!」

「ユウと浅井か。あの時の……そのうち二人にも、ご挨拶しよう」

 男の言葉が終わらないうち、マリの身体が爆発的に力を起動、筋力を一瞬で解放しその姿が消えた。男の前に姿を現したマリは、赤いジャケットの胸にぶら下がる、漆黒のネックレスを掴んだ。


「あのバカ……」

 明莉が呟いたと同時に、ネックレスを手前に引き抜くマリ。

 その手に、漆黒のペンダントから、滲み出た黒い霧が絡みつく。


「冷たい!」

 霧は痺れる程の冷気を含んでいた。

 冷たさと違和感で一瞬止ったマリの腕を握った九條が、嬉しそうに口元を緩める。


「どうした中学生。俺のペンダントを引っこ抜くはずだろう?」

 濃い色のサングラスをかけた、赤いジャケットの男の顔を睨み付けたマリ。

「くそ、その手を放せ!」

 マリの腕を右手でガッチリと掴み、身体を空中に吊し上げた男は、マリの顔をのぞき込む。


「何だ? 良く聞こえないな」

 今度はその場の全員に聞こえる声でマリが叫ぶ。

「その手を放せ!」

「可愛い女の子が、乱暴な言葉を使っちゃ駄目だな」


 男は口元を緩ましながら、掴んでいるマリの小さな手を見た。


「こんな小さな手で、常人には見ることが出来ない速さを……いや、この小さな手、細い腕だから実現可能な速さか。だが捕まえてしまえば、自慢の速さも役には立たないな」

 九條を下から睨み続けるマリ。

「……なんで私より速かった?」


 九條の代わりに、明莉が疑問に答えた。

「その男はマリより速くないわ。あなたは動きを見切られただけよ。不注意な動きだったわね」

 その回答に感心する九條。

「おまえがマルチブレインか? なるほど冷静でクールな頭脳。噂は本当だったみたいだな。これは楽しくなってきた」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る