第16話 サクヤの物語
数分で最上階の部屋にたどり着く。漆黒の闇の空間を、時折、強力な光が照らす。
灯台の灯火(ともしび)が大きなガラスのレンズを通して遠く海を渡る。
「綺麗ですね」
周囲がガラス張りの最上階、一段と高い景色に興奮気味のさくやが呟く。
「そうか」
特に感慨もなくマリが返す。
「あなた、感情を無くしてますね」
「それは悪いことなのか?」
「いえ、あなたは優しいです。矛盾します。心が無いのに優しいのは」
「別に構わないだろう」
横に並んで海を見るマリの横顔を見る、サクヤ。
「本当に、面白い人ですね」
海の先が僅かに光りを帯びる。そして徐々に周囲が明るさを取り戻す。
「そろそろ帰ろう、夜が明ける」
……無言で海を見ている、サクヤ……もう一度聞いたマリ。
「さあ、帰ろう。おまえの親が探しているかもしれない」
長い髪を振り否定するサクヤ。
「誰も私の事なんか探してません。この世界に私の存在を知る者は、姉のアカリだけ。その姉は眠っています。私はアカリが好きです、私を守ろうと優等生を演じ、全てを我慢する。そんな姉には感謝してます……でも」
陶器のようなきめ細かい肌、均整がとれた顔立ち。海を見つめる。
「私の心の底にはアカリを恨む心が住んでいます。なぜ私なの? 私に姉が取り込まれていたら……そんな考えが浮かんでしまうのです」
マリには意味が分からなかったが、サクヤの悲しみは伝わった。
「悲しい」初めて感じる感覚にマリは、しばらく明るくなり始めた景色を見ていた。
「さあ、帰りましょう」
サクヤの微笑んだ顔に登り始めた朝日が当たり、眩しそうにマリが頷く。
下り始めた時に、さくやが待ってくれと頼む。
「ちょっと、忘れ物をしました。下で待っていてください」
トン、トン、と今来た階段を再び登り始める。
外に出てかなり明るくなったのを見て、七海が気になったマリが、携帯の履歴を見る。
「げげ、着信が鬼のように来てる、やばいな」
着信履歴から七海に電話した耳に、七海の声が突き刺さる。
「マリ! おまえはいったい、何処にいるんだ!」
携帯を耳から遠ざけて、マリが言い訳を言う。
「帰りたくなったら、電話しろって言ったじゃないか」
「朝まで連絡しないとか、ばかもの、心配するだろうが。私の電話には出なさい」
いつもと違う、感情を露わにした七海に戸惑う。
「なんだよ、いつも冷静にしていろ、って言ってるのは、婆ちゃん……七海じゃないか!」
「今、婆ちゃんって言ったな!? 罰ゲームを加算するからな!」
「ええ! なんで罰ゲームなんだよ! だいたいマリが、事故にあったり、攫われたりするわけないだろう?」
「例えおまえに優れた力があったとしても、心配する、これは、身内としてのことわりだ」
「身内のことわり?」
フッと見上げると灯台のテッペンに立つ、白いサマードレスの女の子。
「そう、やっぱりあなたにも、想ってくれる人がいたのね」
電話を指しマリが否定する。
「これ、うち婆ちゃん、別にマリなんか心配なんかしない」
手でふたしたが、聞こえたらしく七海の声が携帯から漏れる。
「こら~! また婆ちゃんって言ったな」
どうも少女の動きがおかしいと察知したマリ。
「今忙しいのでまた後でな、婆ちゃん」
……プツ……プープー携帯を切った。
「あの婆、野生の勘が鋭いからな……って、おい!」
灯台のテッペンから、海へと身を乗り出したさくや。
「ばか! 何をやっているんだ!」
「あなたには、一人でも想ってくれる人がいます。ここで私が海に身を投げても、誰も気がつかないでしょう。アカリも同時に死んで、私の事は覚えてる人はいなくなるのです」
一歩、海へと踏み出した。
「ばかやろう!」
海に身を投げた、さくやを追って、マリは異能な力、一気に速さを爆発させる。
「くそー間に合え!」
落下したさくやを抱えて、途中の窓を突き破って灯台の中に転がり込んだ。
「離してください。このまま消えたいです。そうすればあなたに、覚えてもらえたかも……」
サクヤが哀願したがマリは首を振る。
「おまえが死んだら、悲しむ者がいる」
「そんな人はいません」
「おまえの姉が悲しむ……それとマリも」
「え? あなたが……なぜ」
「夢見が悪いだろう。一晩一緒だった奴が目の前で死んだら」
小さなマリの手は、爪がはがれ、固く尖ったガラスで傷を負っていた。サクヤを助ける際にケガをしたのだ。
「ごめんなさい……私なんて言えばいいのか」
「それはもういい、一緒に帰ろう」
「でも、こんな怪我をさせてしまって……」
「おまえでも、冷静を無くす事があるんだな」
「え? そういえばそうです、こんな気持ちは初めてです……どうしたらいいです?」
「知らない、自分で考えろ……それにしても腹減ったなあ」
「あなたのお婆さんと、剣の師匠にも謝らないといけませんね」
「おまえ、神代先生を知っているのか?」
「逢った事があります。父の主催した剣道の大会で。まるで若き虎でした、何かを欲するように、暴れる姿が私と重なり、強い印象を持ちました。優勝した神代先生は父から表彰された後に、私を見つけ笑いながら髪を撫でてくれました、そして言いました“力を抜けばいい”と。小学生になっても私は、まったく自分を抑える事が出来なかった、その時も姉のアカリを押さえつけて表に出ていました。でもそれからは、自分をコントロール出来るようになったのです」
「ふ~~ん、だがなんで、神代先生がマリの剣の師匠だと分かる?」
「さっき見せてくれたじゃないですか。飛び上がった時に見せた、強い踏み込み、あれは神代先生の型です」
「そうか、まあ、そんなに浅い縁でもなかったわけか……それにしても」
「それにしても、なんですか?」
「そうか、でも……腹減った……」
「やっぱり、あなたは面白い人です、そして優しい……あ?」
「どうした?」
「すみません、あっ、謝ってばかりですね……魔法の時間が切れます。よかったら姉のアカリとも仲良くしてやってください。孤独なのは姉も変わりませんから……それから先に言った言葉は取り消します、あなたは感情を無くしてはいません、表現に困っているだけです……時間切れの……ようです……また……逢えるます……ように……」
サクヤの声が小さくなり、不思議な銀色の瞳が黒い瞳に変化した。
太陽が昇り始め、光がさす灯台の前に立つ二人を照らす。
ゆっくり閉じた瞳を再び開けた、白いサマードレスの女の子、アカリは妹のサクヤの代わりに礼を述べた。
「また会ったわねおチビちゃん。うちの妹と盟友になってくれてありがとう」
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