第15話 マリが会った女の子

 帰ってきた楽しそうな僕と、マリを見て七海が言った。

 僕はここまで、迎えにきた車に乗せられた、だから、ここからはマリの物語。

(また会えるかな……ユウ……マリ……アカリ……あともう一人)

 飲まされた薬品のせいで、意識と記憶が崩れていく僕が最後に思った事だった。


 

「仲間はどうした。もういいのか。初めての海だ。自由に遊んで来るといい」

 七海が聞いたが、珍しく自分の意思を話すマリ。


「別れたよ。もう夕暮れだ。でも楽しかった。出来ればもう少し海を見ていたいが、いいか」

 マリは、海へ戻り歩きながら確認する。

「作戦時間は?」

 複雑な表情をしてから、七海はマリに答えた。

「作戦とか言うな。帰る時は呼ぶから、自由にしていい」

 頷いたマリは今まで見せなかった表情を見せた。

「了解、婆ちゃん」

「まて! マリ」

 海へ駆け出そうとするマリを七海が止めた。

「何? 婆ちゃん」


「これから婆ちゃんは禁止。お姉さん、もしくは七海さんと呼びなさい」

「分かったよ……お・ば・あ・ちゃん」

「こら! 罰ゲーム増やすぞ!」

「増やすって、もう罰ゲームは決まりなのか」


「注意したのに婆ちゃんって、ハッキリ言いおった」

「マリは前からさあ、気にってたんだけど」

「なに? 言ってみなさい」

「婆、いや七海って歳いくつ?」

「レディに歳を聞くもんじゃない」


「言えない歳なのか?」

「……幾つだか忘れたわ」

「自分の歳だろう?」

「百歳越えてからは、数えていないな」

「ええ! まさかの世紀越え?」

 マジマジと七海の姿を見たマリ。どうみても三十歳代に見える。


「怖いツリ目以外は美人だ。なんでそんなに若作りなんだ?」

「うん? 人よりは肉体の衰えは少ない、というか私の一族は長寿だ」

 携帯が鳴り七海が電話に出て話を始めた。


「今か? 今はマリと海に……後にしてくれ……ん? そうか、ならば仕方がない。私が行こう」

 電話切った七海が海を見ていたマリを呼ぶ。


「予定が出来た。人と会なければならない。すぐに迎えの車が来る」

 マリが、初めてのワガママを言う。

「まだここにいたい」

「それは……いや、そうか。では、帰りたくなったら、これで車を呼べ」

 マリに近づき、携帯を渡した七海。

 その時車がつき黒ずくめの男が七海に申告する。

「七海様。会議が始まります」

 迎えに来た灰色のSUVに乗り込んだ七海。すぐに車は走り出す。


 一人になったマリの目に、海が青から朱に色を変え、そして暗い灰色へと色を変えた。微かな遠くに光の玉、漁り火を知らないマリは、飽きもせずに海の彼方の光の玉を見ていた。


 周りは暗闇に包まれ、すでにかなり遅い時間になった……女の子の笑い声が聞こえる。声がする方に歩いて行くと、電灯の光で白く輝く防波堤で、白いサマードレスを着た女の子が、軽やかにステップを踏みながら踊っていた。


「やっと魔法が解けた」

 サマードレスの女の子は見覚えがある、だが昼と違い不思議な銀色の瞳をしている。

「おまえは昼間の? たしかアカリと言ったな。ここで何をしている?」

「私?」

 自分を指指す淡い蒼い色の髪の少女。

「私は、サクヤ」

 昼にアカリが言ってた名前だ。


「こんな時間に、おまえのような幼い子どもがなにをしている?」

 キャハハ、と笑い出した少女。。

「何がおかしい?」

「あなたも同じじゃない? 子供でしょう」

「そういえば、そうだな」

「変な人ですね、でも私も人のこと言えないです」

「一人か?」


「深夜のシンデレラです」

「どういう意味だ?」

「知っていますか? シンデレラのお話」

「知らない」

「目立たない娘は、魔法でお姫様に変わる、でも深夜零時を過ぎると、魔法が解けて、本来の自分に戻る。目立たない娘に」


「変な物語だな」

「人気ありますよ。特に女子の方々にはね。あなたも女子のようですから、一度お読みください」


「変な話し方だな」

「これは癖なので……姉が面倒になると、私の脳を支配して、この慇懃無礼な、話し方をさせます。通常は父親や母親などに適用されますね」

「支配? 姉?」


 自分のこめかみを指で突いた。


「はい、ここにおります。姉が眠った時間、魔法が解けて、私は世界に現れる事が出来ます」

「マリは目覚めた時、一人だった。兄弟などいない、両親も。身内は婆ちゃんだけだ」

「それはそれは……幸せですね」

「そうなのか? 家族というものは必要ではないのか?」


 フフ……マリの問いには答えず、サクヤは、防波堤の先の切り立った岬を見る。

「あの岬の灯台へ……行ってみたいと思いませんか?」

「なぜそんな事をする?」

「楽しそうですから、あなたとなら」


 真っ暗な道を進む、先頭のマリと後ろ着いていく、サクヤ。


「はぁあ、はぁあ、待ってください、そんなに早く歩かないでください」

「遅いぞ、だから女子と歩くのは嫌なんだ」

 乱れる息を懸命に整えるサクヤ。

「あなたも女子ですよ」


 黒いコットンのワンピースにナエキの運動靴を履いているマリの蒼の髪は、強くなった夜風に吹かれ、瞳にかかりそうな長い前髪も巻き上げられ、大きなおでこが露わになった。人形のように硬質な表情と透明感がある白い肌。


 幼い顔立ちだが、大きく開かれた瞳は蒼色、強い意志を称えている。

「しょうがない、もう少し進行速度を落とす」


 マリはいったん止まり、サクヤの呼吸が整うのを待つ。

 白いサマードレスにピンクのビーチサンダル。確かに歩きずらそうだ。

 なんとか、二人が灯台にたどり着いた時、夜が明ける直前の一番暗い闇が辺りを覆っていた。

「扉に鍵かかっていますね」

 サクヤの言葉に、灯台の建物の五メートル上の高さにある小窓を見上げた。


「あそこから入れるか」

「ええ! いくらなんでも、あそこへは届かないと思います、あなたはちっちゃいので、窓を潜るのは問題なさそうですが」

「おまえも、ちゃっちゃい、だろうが」

「あら私は、将来はとっても素敵なスタイルの女子になります、それに……」

「うん? それになんだ?」


 サクヤがマリの横に立った。

「今でも、こんなに差がありますよ」

 手で自分の頭の高さと、マリの高さを比べる。

「うっさいな、マリは将来、百十八センチを越えるんだよ!」

 首を横にフルフルして、科学的根拠ない願望だと、サクヤが駄目だしする。


「根拠ならある! うちの婆ちゃんは背が高い」

「そうですか。ご両親は如何ですか?」

「両親はいない、兄弟もな」

「あら、ごめんなさい、また、嫌なこと聞いちゃいました」

 別に構わないと首を振り、再び五メートル上の窓を見上げた。

「それじゃ、いってくる!」


 闇に瞬く蒼い二つの炎にサクヤが驚く、高く飛び上がるマリは力を爆発させ小窓に飛び移った。


 パチパチ、サクヤが手を叩き賞賛する。


「すごいです、あなた、いい泥棒さんになれます」

 小窓から入り込んだマリは一階に下りて、中から入り口の鍵を外した。

 灯台の内部は螺旋階段が続く。白い壁の反射で微かに視界を確保できる。

「よくこの暗闇で見えますね」


「そういうおまえもな。この暗さでもマリに付いてくる、そんな人間は婆ちゃん以外は知らない」

 微かな明るさでも問題としない二人は、異能な能力の持ち主である証拠でもあった。


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