第13話 幼きシンパシー

 夢なのか現実なのかわからない、幼い時の断片的な思い出。

 僕は真っ白な天井をずっと見ていた。その前は大きなカプセルの液体に浸かっていた。意識はあるが意思はなく、ただぼんやり科学者らしい人間が歩きまわっていた。

 そして、時々感じた、優しいくも強い視線、それはきれいな女の人、



 プクプク、何かの液体から漏れる発砲する泡の音。

「そろそろ覚醒するはずです」

 影がない暖かみのない光が煌煌と輝く室内。

 こちらを見ている二人の男と一人の女。

 目を開いた鬼灯摩利(ほほずき・まり)が覚えている最初の記憶。


「期待通りならいいが……」

 鬼灯七海(ほおずき・ななみ)マリの祖母が呟いた。

 その後の数年間、僕とマリはそこで育った。


 Brave Union Co.


 この文字がこの施設を運営する会社の名であることを知るのは、施設を出る少し前。

「七海様。もう男の子はどうします?」

 七海はしばらく考えてから、指示を出す。

「マリと同じくここからッ出ていく、ただしあの子は失敗作だと組織に承認されている。報告は始末した事にしておいてくれ。後は私の伝手で普通の子として育てる」

 男は頷き、マリの隣のベッドに横わたる僕に近づき、腕に注射を差し込んだ。

「名前は……そうだな私の先祖と同じ名前とするか。今風に名前はひらがなにするかな。浅井ながまさでいい」



 僕とマリは小学校入学と共に研究所を出て祖母の七海と暮らす。

 一年後、八歳になって初めて、僕とマリを連れて七海は海へと来た。


 高い日の光を浴びて、七海の高い身長の腰まである髪の毛は赤く輝く。

 まるで海外モデルのような背の高さと、完璧なラインを描くスタイル。

 深紅の髪が長く、形の良い腰をも越えて、風に靡いている。海を見るその視線は、きついツリ目で

 細く長い眉と合わせて、戦国の戦乙女、巴御前もかくありな壮絶な美しさ。

 マリの婆ちゃん、年齢不詳(百五十歳くらい?)

 強い風に美しい髪を耳にかけて、遠くまで広がる蒼い空を見上げた七海。


 海と大空、その美しい景色に全く感情を見せない鬼灯摩利。

 それと対照的、喜び、砂浜へと駆け出した僕。


 感情を示さない姿を見て、寂しそうな表情を見せた七海


「マリ、おまえは心が無いのではない。自分で感情を必要としていないだけだ。笑ったり怒ったり泣いたりすること、今のおまえは必要としてない」


 空は海よりも明るい青い色、遠くに大きな雲が見える。

 僕は初めての海が嬉しくて、先へと走り出した。

 マリは自然の美しさは気にも止めずに、まわりの音に集中して歩く。不意の攻撃に備えるためだ。

 遠くまで走り、見えなくなった僕にも、海にも関心を持たないマリ。

「心がない? なんだろう? マリに必要なもの?」

 やっと口を開いたマリに七海は砂浜を指さした。

「まあいい。浅井のように子供らしく砂浜ではしゃいでこい。おまえは小学二年生なのだから」

「命令か。それなら仕方ない、砂で足元が汚れるが」


 歩き出したマリは耳は自身の意思で、フィルター処理してノイズを減らし、七海の声だけをピックアップしていた。


「これくらいが七海の声が聞こえる限界……か」

 もう数メートルで海。だがこれ以上離れると、祖母の声が聞こえない。

 初めての海を目前にして、立ち止まった。耳には潮騒の音と風の音が聞こえていた。


 そんな自然の音を打ち消す大きな声。


「あんたね、どういうつもり!?」

 ノイズキャンセルしていても、声はマリの斜め後ろからハッキリ聞こえた。

 振り返ると、そこには自分と同じくらい八歳くらいの女の子が、口をへの字にして、何かを指さしていた。


「どうかしたか?」

 マリの答えに女の子はさらにボリュームを上げ、大きな声。


「これは、私とサクヤが、一緒に造った砂のお城なの!」

 女の子が指さす先には、半壊した砂のお城、そしてマリの足の跡が続いていた。


「あなたが踏んで壊したのよ! なんとかしなさいよ!」

「間違いを犯したらしいが、マリは作戦中に、民間人からの苦情は聞けとは指示されていない」


 パアーン、いきなり鬼灯の頬を女の子が引っ叩く。

 マリは叩かれた頬を触れて、不思議そうに女の子を見る。


「おまえは何者なんだ? 私を捉える者など、神代先生と七海以外は知らない」

「ふ~ん、そうなの。それってたんなる世間知らず、井の中の蛙ってやつ」


 女の子の言葉が終わる前に、マリの速さが爆発した。

 素早く一歩踏み込み、右手で女の子を引っ叩きにいく。

 目にも止まらず早さだったが。


「人の話は最後まで聞くものよ、フフ」

 伸びてきたマリの右手を、左で押さえた女の子が笑った。

 取った右手を強烈な力で押さえ込む女の子に、マリが再び驚きの顔になる。


「おまえはいったい……」

「私は道明寺明莉(どうみょうじ・あかり)」

「アカリ……さっき妹がいると言ってなかったか?」

「そんな事言ったかしら?」

「ああ、言ったな」


 マリが速さと力を爆発させ、右手をあかりから抜きさり距離をとる。

 感心するアカリ。


「ふ~ん凄いわ。さっきの動きは手加減してくれたのね」

「本気で叩いたら、壊してしまう。おまえは大丈夫そうだが」

「おまえじゃないわ。アカリよ。どうやらあなたも化け物みたいね」

「鬼灯摩利(ほおずき・まり)」

「分かったマリね。わたしはあなたと戦う事が目的ではないの」


 次の行動に備えるマリを牽制するアカリ。


「ではマリに何を望む?」

「わたしの妹のサクヤへ謝って欲しいだけ」

「サクヤ? 謝る?」

「そうよ、謝って欲しいの。ごめんなさいって」

「あの砂の山を壊した事をか?」

「ええ、そうよ」

「マリば謝ってもいいいが、その妹はどこにいる?」


 自分の頭を指指すあかり。

「ここ、私の頭の中いるわ」


「妹が頭の中にいる? 信じられないな」

「そう、なら力ずくで信じてもらおうかしら?」


 アカリとマリが相手の動きを読み始めた……徐々に距離を詰めた二人。

 すぐに触れられるまで近づいた時、同時に二人が攻撃を開始する……

 そのタイミングに合わせたように、すぐ側で鳴き声が聞こえた。


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