第6話 盟友マリ
「これって、剣道じゃないよね、動きが高校の授業で受けたのと違いすぎる」
僕は白虎と小柄な剣士の戦いに圧倒され、同時に違和感を持つ。
「そう、あれは剣術、侍の時代に相手を殺す為に鍛錬されたもの」
ユウが二人を見たままで、僕の呟きに答えた。
「なんでそんなものを。しかもあの子の動きとパワーは人間技じゃない」
少し誇らしそうにユウが答える。
「そう、あの子は鬼灯マリ(ほおずき・まり)は、超人的な速度と一瞬のピーク時のパワーを持つ、私の盟友はとても強い」
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(……駄目だもう指一本動かせない……)
僕の心に小さな剣士、マリの声が伝わってきた。
「ハァハァーハァー」
呼吸も乱れた小柄な剣士に、近づく白虎が問う。
「どうした? もう終わりか?」
小柄な剣士の目の前に剣先が突きつけられた。
「ハァハァ……もう、戦えない……」
神代先生は小柄な剣士の敗北の言葉にも、視線と剣先はそらさない。
だが次に、小柄な剣士が言った言葉で戦意を解いた。
「……腹減ったよ……先生」
その場に倒れこんだマリ、剣道部の監督である神代士郎(じんだい・しろう)が、倒れた小柄な剣士の手を引いて立たせる。
「まったくいざとなると、いつも“腹減った”だな、マリ」
鬼灯マリ(ほおずき・まり)十五才。
笑顔の神代先生は、マリの小学校の時から剣道の師匠。
墨を梳いたような黒鉛の髪は腰のあたりまで伸び、瞳にかかりそうな長い前髪は、練習中は後ろにまとめていた。人形のように硬質な表情と透明感がある白い肌。幼い顔立ちだが、大きく開かれた瞳は不思議な蒼色に輝き、強い意志を称えている。本人が気にするくらい幼女体型で、よく小学生の低学年に間違われる(身長百三十九センチ)出るところもまだ全然出ていない。都内で文武両道を目指す私立中学の特待生。
僕はユウから、なぜマリが剣術をやっているのか聞かされた。
マリの婆ちゃんの承諾で決まったらしい。
白虎は剣道の戦いで負け知らずで、それは竹刀を握ってから、一度も負けたことがない、とんでもない戦果だった。しかし、マリの婆ちゃんとの一騎打ちで、完璧に叩きのめされて、勝負の賭けだったマリの修行を任されたとの事。
マリはその時はまだ八歳、そんな密約はまったく覚えていなかった。
だが、今マリには目標がある、最強の剣士である、自分の婆ちゃんと再戦したい事。もちろん、勝つ為に戦う。マリもまた白虎と同様に、婆ちゃんにめちゃくちゃに負けている。何度か戦ったが、婆ちゃんに「私の前に白虎を倒して出直しな」と言われてしまい、毎日、神代先生と真剣勝負になっている。
空腹で身体に力が入らないマリは、道場の床に大の字になった。
「くそ~~! また負けた」
僕から見れば、白虎に勝ちたい中学生も凄いが、あの二人を相手にしない、マリの婆ちゃんが気になった。
マリは大きく息を吸い、乱れた呼吸を整えている。
剣道の練習はまだ続いていたが、さっきまで鬼の形相だった神代先生は、小学生とじゃれ合って、楽しそうに打ち合いをしている。
「ふぅう――神代先生笑っているよ。いつも私には鬼の顔で“真剣勝負”なのに」
大の字のままのマリにユウが声をかける。
「今日も盛大にやられたね。でもよく分るわね。倒れていて神代先生の表情なんて、防具で見えないでしょう?」
僕は、思い出していた。
運動選手がギリギリまで精神を集中すると、ゾーンという針の落ちる音や、時間が凝縮された感覚になる事がある。ほぼ毎日、神代先生にゾーンに追い込まれているマリには、離れていても先生の感情が伝わってくるようだ。
「すごいね、感情のリンクが起こっているみたい。相手を倒すために、相手の動きを深く読み、相手を倒す為に、お互いの感情を理解するなんて、ちょっと素敵ね」
ユウがマリの集中力を褒めているが、ユウこそが高い霊能力で相手の事を読むことができるのは、僕が良く知っている。
「来年は高校受験だろう? マリに付き合っている暇あるのか?」
自分の事を「マリ」と呼び、男の子の言葉を使う話しかたは、幼い表情と幼女体型なマリとは対照的だが、それが可愛さを助長しているなあ。
「一応覚えていると思うけど、あなたも来年は高校受験よ」
ユウの言葉にまったく無関心なマリが答える。
「そうだっけ? そうか、ユウも三年になったのか、子供が大きくなるのは早いものだ」
「まるでお爺ちゃんが、孫の歳を忘れていたみたいな言い方ね」
ふふ、ユウが笑う……こんなに表情を壊して、心を開くユウを見て僕はちょっと驚いた。
「そういうの興味ないからな。ユウが覚えてくれればいい」
「覚えてはいるけど、たまには自分でも思いだしてね」
「ああ、そうしよう。ところでさっきから、神代先生を見ているが。もしかして、おまえこそ先生がお目当てか?」
ユウとマリの視線の先の神代先生。
銀色に見える短い白髪を立たせ、ラフに後ろへと流している髪型。
細面ながらエラがはり、強い視線を放つ瞳が、戦国武将のような無骨な雰囲気を見せる。長身で(百八十八センチ)細身でなで肩の体型は、武道家に見えない程着やせして見えるが、その身には瞬発力に長けた強力な筋肉を内包している。
まさに白虎だ。
神代先生から視線を外したユウは、マリの方を見て笑った。
「うん、この浅井君の特訓を頼みにね。それにしても、神代先生って剣道の世界チャンピオンでしょう?」
「うん、十二年前に十六才で、全て一本勝ちで優勝したそうだ。負け知らず……ところで浅井とやら、ここでの修業は下手すると死ぬぞ!」
「そうですよね~~」と本気でビビっている僕は無視してユウの言葉が続く。
「そんな凄い人を本気で打ち負かそうとする、中三の女子もかなりいいわ。私は好きよ」
美しく艶やかな肢体と理知的な瞳にマリはドッキリする。
「好き!? おまえは、なんて事をサラリと言うんだ!」
ユウの悪戯っぽい表情に焦るマリ。
「あら本当の事よ。それとマリは神代先生も好きなんでしょう? こんなに真面目に剣道を続けるなんて」
大の字から上半身を起こしたマリが答える。
「嫌いじゃないが、恋愛感情はないな。負けぱっなしが嫌なだけだ。あと一つ、先生が唯一負けた相手が気に入らない」
「またその話? 先生に勝った相手にマリは勝負を挑みたいんだっけ?」
「そうだ。本当の目的はそれなのに、相手は“まずは白虎に勝ったらね”と勝負を逃げている」
「世界一の剣士の神代先生を、完膚無きほど叩きのめしたのは女剣士だった」
ユウの言葉のい答えるマリ。
「そうだ、その女剣士はマリの婆ちゃん」
信じられないと不可思議な表情を浮かべたユウ。
「あなたのお婆ちゃん幾つだっけ? たしか80歳は越えているわよね。そんなお婆ちゃんが、現役世界チャンピオンを打ち負かさすなんて……いまだに信じられないわ。でも、神代先生もあなたのお婆ちゃんには、今でも勝てる気がしないって言ってるし」
息が整ったマリは身を起こし面を外した。首を左右に振ると長い黒鉛の髪が肩まで落ちる。
「そうだ、マリも信じられない。だから神代先生に勝ち、あの婆と決着をつけてやる……それと」
「うん? 何? マリ」
マリは涼やかな瞳でユウを見た。
「子供のころにおまえは婆ちゃんに合っている。他の同胞ともな」
言葉を区切ってマリは僕の名を呼ぶ。
「浅井。おまえとも、出会っている」
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