第5話 白虎と小さな剣士

「それじゃ、行ってくる」

 ユウが言葉を投げたが、どこへとかいつとか、そんなのは聞かず、悪霊は頷くだけだった。

「白虎のところか。おまえの許嫁にはいいかもしれんな」


「白虎!? あの~~それはやっぱり、今回のようなテストでしょうか?」

 ユウは私を見て首を振った。

「ちがう、もう試験は終わった。でも学校でいえば、入学が許されたくらい。なので特訓してもらうの」

 なんか、いやな予感しかしない、それで聞いてみた「誰に教えてもらうのか」


 ユウの返事は短いものだった。

「白虎」

「はぁあ!? そんなものから何を教わるんですか? 野生とか凶暴性せいとか?

?」


 はぁあ、溜息をつくユウ。

「浅井君、いちいちうるさい。もう入学したので、黙って私の彼氏を目指しなさい」


 あれ? 合格じゃなかった、これから彼氏になる訓練が始まるようだ。

 僕は特に苦労とか努力とは縁遠い存在なので、やんわりとお断り入れてみた。


 色白できれいな卵形の輪郭に少しツリ目の目は、大きな瞳。

 背は高めで(百六十五センチ)

 スタイルは少しやせ気味だが、胸や腰も成長度は十分。

 制服は茶色のブレザーだが、今は七月、夏は上は真っ白な丸首のブラウスに赤いリボンを結んで、下はプリーツスカートでネイビーレッドのチェック柄。脚は紺色のハイソックスを履いている。

 リップクリームを塗っただけで、艶やかに輝く均整で薄い唇、

 確かに外見はまごうことなく美少女だが……命も大事だよね。


「え、とですね。ユウくらい綺麗なら、僕より男前で、腕っぷしも強い男はいっぱいいるので……」

 僕が辞退文を読み上げている最中に、強い口調でユウが割り込んだ。


「ダメ! 辞退は出来ない。条件にあった浅井君を見つけるのに、えらく時間がかかったんだから」

「えーー」と不満が僕の口から出たが、辞退する話はそこでうち切られた。

 黙って玄関に向かうユウ、振り返ってこっちと右手で僕を誘った。



「うん? なんだユウ。俺に用事か?」


 あくびをしながら答えた長身の男、銀色に見える短い白髪を立たせ、ラフに後ろへ流す。細身でなで肩の体型は、武道家に見えない程着やせして見える。今着ている、胴衣は一重白晒、袴は一重紺、腰帯は本結、厚手の綿で織り込まれた、真新しい武道着。その由々しき武者姿。あくびを繰り返し、隙だらけの状態で、竹刀を左手に掴んで立っていた。


「白虎!」僕はユウに連れていかれた、町の道場の玄関で始めてあった男を見て、思わず感想を述べてしまった。


「お? その貧弱そうなのはなんだ? それにおれの二つ名を知っている?」

 ユウが白虎に近づき、振りかえり、僕に紹介してくれた。


「この人が白虎。この道場の師範で、私の中学の神代士郎(じんだい・しろう)先生。そしてこれから浅井君の剣の先生になるわけ」


 状況が把握できないような白虎、いや神代先生はそれでもユウには絶対の信頼があるらしく、頑丈な右手を僕へ差し出した。


「ユウが言う事なら必然なんだろう。この子の勘の良さは、鋭いだけではなく、いつも正しいからな。よろしく小僧。今日から入門だな」

「はぁあ、よろしくお願い……いてて!」


 神代先生の握力で僕の手が割れそうになった時、白虎は納得したようだ。


「ユウが連れてきたから大丈夫だと思い、指が折れるくらいの力は込めてみたが……なかなかだな」


 ユウは嬉しそうに笑って頷いた。

 神代先生は手を放してくれたので、僕は右手を振りながら、痛みを堪えて飛び回る。

「大げさだな。まあ、初日だし、今日は稽古を見学していけばいい」



 道場の端で正座、剣道の練習を見ていた。どうやらこの道場は小学生くらいのおちびさんがワイワイと剣を学んでいるようで、可愛い子供たちと楽しそうな空気に、明日から本格的始まる、練習にも楽勝なのでは? 期待が持てそうでほっとする。

 

 しかし、それは一人の少女が神代先生と、試合形式の打ち合いが始まる前までだった。


 白虎に立ち向かうには、あまりにも小さくて華奢な身体。


 小学生だと思っていたので、神代先生もお遊び程度に相手をすると思っていた、


 しかし、開始線に両者が立った時、爆発するような神代先生の殺気が道場を占めた。キョロキョロ周りをみるが、子供たちは楽しそうにじゃれ合っている。


 どうやら、この殺気を感じているのは、僕と隣に座るユウだけみたいだった。


 だが、驚くのはそれからだった、道場を支配した白虎の覇気に抵抗する、小柄な剣士。その殺気は神代先生に負けずに鋭いもので、白虎の覇気を押し返す。


「この殺気は……な、なんだよ。神代先生はわかるけど、あの子は何物なの? 小学生なんだよね」


 思わず僕はユウに小さな剣士について聞いた。ユウはこれから始まる真剣勝負を楽しむよに、そして小さな剣士について話してくれた。


 剣士の名前は鬼灯マリ(ほおずき・まり)十五才。


 墨を梳いたような黒鉛の髪は腰のあたりまで伸び、瞳にかかりそうな長い前髪は、練習中は後ろにまとめていた。

 人形のように硬質な表情と透明感がある白い肌。幼い顔立ちだが、大きく開かれた瞳は不思議な蒼色に輝き、強い意志を称えている。


「そして」ユウがいったん言葉を止めてから愛しさを込めて、鬼灯マリとの関係を口にした。

「彼女は私の大切な数少ない盟友」


 そして僕の想像など及ばない、凄まじい戦いが始まった。



「いざ! 尋常に勝負!」

 マリの気合いに白虎が嬉しそうに一瞬笑った。

 ジワジワと距離を縮めてくる白虎、その手に握られた竹刀には必殺の気合いがこもる。


 大きくゆったりと、上段で構える白虎。

 対するマリは剣を斜めに下げ、中段よりやや下段気味で構えをとる。

 マリの握る竹刀にも必殺の気が満ち始める。


 時が圧縮されていく感覚。マリは全身の力を高めながらも緊張は解いていく。


(満身の力を込めたら反応が遅くなる、無駄に体力を消耗する)


 マリは戦いの為に全ての力を抜いていく。


 瞳を閉じ周りの景色を視界から消し、打ち込む一撃に無駄なものは完全に消しさる。視界が消えてから耳に入る情報は高まった。周りにいる全員の呼吸音が聞こえる。微動だにしないが二人の戦いは進んでいく。


 決着が徐々に近づいている、それを感じ自分の心臓が脈打つ音が高鳴る。


「落ち着け……心を殺すんだ」


 マリは意識的に静かく大きく呼吸をり返す。

 徐々に心臓の鼓動が消えていく。そして聞こえ始める相手の鼓動。

 相手の心の動きが鼓動を通して感じられてきた。

 来る! その瞬間、神代先生が響き渡る気合いを発した。


「いえやぁ!」


 同時に必殺の一撃が、マリの腕を切り落としに来る。

 相手の心を感じ、打ち落とされる竹刀より僅かに速く反応を開始する。

 縦に振り下ろされた、神代先生の竹刀を追い抜く。

 驚異的な速度を見せたマリの幼き身体。


 ゼロから最大速度へ。


 急激に力が加えられた竹刀は大きくしなり、幻影のように残像を空中に残す。

 神代先生の胴を狙った稲妻のような横一の剣筋。


「斬った!」僕が思わず声を漏らす。


 だが白虎は驚くべき速度で後ろへ、反撃の剣は僅かに届かなかった。

 バックステップでマリの竹刀を回避、再び打ち出す上段からの強烈な一撃。

 受け止めた竹刀が強烈な衝撃を細いマリの腕に伝える。

 しびれる腕へ白虎が竹刀を斜めに打ち込んできた。

 

 下段で受けて止めるマリは、上へと白虎の竹刀を跳ね上げ、真っ直ぐに白虎の喉元へと竹刀を突く。身体を反らす白虎の首をかすめる、マリが放つ切っ先。

 マリは態勢を崩した白虎へそのまま身体をぶつける。


 後ろに押し込まれた白虎は、飛び込んできたマリを右からの打ち込みで、左へ吹き飛ばし、体勢を即座に立て直す。


 弾かれたマリは途中で踏みとどまったが、衝撃で横を向いたマリを、白虎の竹刀が切り返して面にとりにいく。その一撃をマリは頭を下げて回避、しゃがんだ態勢から全身をバネにして突きを放つ。横に半身を避けた、白虎の横の壁にマリの竹刀が突き刺さる。伸びきったマリの白い腕へ白虎が、竹刀を振り下ろす。


「いぇやあ!」


 マリは叫び、人間のレベルを遥かに越える速さと力を爆発させ、突き刺さった竹刀を道場の板ごと、竹刀を右へと大きく払った。壁の板をはぎ取りながら、横に空中を走る斬撃。受け止める白虎。


 響く竹刀が合わさる音、全身で打ち込んだマリ、その太刀筋を竹刀で受けた白虎は体勢を崩す。二人の視線が交差した瞬間、勢いをつけて二人は身体を一回転。気合いを込めて、互いの刀を斜めからぶつけ合う。


 二人の竹刀は傷つき、ボロボロ。でも、僕の前の二人は勝負に酔っていた。


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