第4話 悪霊のことわり

「だから理(ことわり)は儂の存在理由だから、話せないのじゃ!」

 ちょっと切れ気味の悪霊だったが、僕に向かっては柔軟性!?を見せた。


「当事者じゃないのなら、助力いたしても良かろう」

「へ? 俺にヒントくれるんですか? うーーん、まったく興味がありませんが」

 当然のごとく、ジロリとユウには睨まれた、だって本当にどうでもいいんだもん! 

 しかし、僕の心の叫びなど、完全無視で話は進んで……。


 ユウからできるだけ離れた場所、

 といっても八畳の一間なので、限界があるが、悪霊が僕の耳元で理を囁いた。


「いいか、これはあくまでも仮の話し。現代いうところのヒント? じゃからな」

 もう、興味がなくても聞くしかない僕は、ユウの目があるので、できるだけ真剣な顔をして頷いた。そして悪霊はヒントの昔話をしてきた。


・・・


 戦国時代、名門の若武者が大きな戦いに赴く事になった。

 若武者には15歳の許嫁がいて、大きな戦いに向けて不安を抱えていた。

 許嫁の不安を晴らすために、若武者は「必ず勝利する」と諭したが、次の言葉には答えられず、無言になった。

 その許嫁の言葉は「いつお帰りになりますか」

 

 若武者は自分が戻る事はないと感じていた。

 それほどに次の戦いは激しく、両家の存亡をかけた大戦(おおいくさ)になる。

「どんな事があってもおまえは守る」

 許嫁の問いに出た若武者の言葉は、違う約束だった。


・・・


「……というわけだ。かなりの助言だと思うぞ」

 悪霊が話し終わったが、僕には何のことを例えているのか、全然わからんかった。

 しかし背後から、きれいなアルトの声が聞こえた。


「ふむふむ。そっかそっか」

 悪霊と僕が声の方を振り向くと、ユウがニッコリ笑って、理を述べた。


「若武者が悪霊、あんたね」

「え?」素で驚く悪霊に、続くユウの理。


「許嫁は私って事かな」

「お?」またも驚く悪霊が、全身全霊で否定をした。

 兜の飾りが刺さりそうだったので、身をかわした僕だったけど、霊体だからぶつかっても大丈夫なのかな。


「こらユウ! 盗み聞きなど卑怯者のすることぞ! それと、おまえの考えはまったく間違っておる!」

「ふ~~ん。そうなの。まあいいわ。私には話さない理を、初見の浅井君に伝えたことで、あなたの理はそのうち自白させるし、彼への期待も大きくなったわ」


 ユウが長い黒髪を散らしながら、僕の方を見て、ちょっと美少女のフレーズからは、離れた言葉で僕を誘う。


「打ち込んできなさい! 全力でね」


「え!?」この美少女、ユウと出会ってから、感嘆詞が多い僕だが、これも対応に困った。高い霊能力があるらしいが、見かけはちょっと背が高い、細身で華奢な身体。しかも中学生に、弱いといっても男の高校生の僕が何を打ち込むんだよ。


「早く! 手加減はしないでいいからね。浅井君は全力で私に殴りかかって」

 非常にわかりやすくユウは、僕に指示を伝えてきた。

「う~~ん」とまだ躊躇する僕に「早く」と右手で誘うユウ。


 しかたない……そこそこの力を込めて僕は、近づき右手を真っすぐに繰り出す、当然顔ではなく、胸の真ん中くらいを狙って。


 僕の伸びてくる腕を、左手で弾くユウ、そして左手でそのまま、僕の腕をつかみ、一瞬で、体が内へと飛び込んできた。


「え!? 一本背負い?」

 僕は空中で驚きながら、彼女の部屋のベッドに叩き落された。


「あのね、全力で打ってくれないと、判断ができないじゃない」


 ベッドから起き上がりながら、尋ねる僕。


「女の子を思い切り殴るなんて、できるわけないだろう! それに何が知りたいんだよ。口で聞いてくれれば教えるよ!」


 二人のやり取りを見ていた悪霊が答えをくれた。


「霊やあやかしの類は、直接的に物理で攻撃をしてくるものも多い。取りつかれた人間や動物も同じ。身体的な強さも強い魂と同時必要なのじゃ。ユウも盟友から格闘技を教えてもらっておる。まあ、儂からみたら程よい運動だがね」


 悪霊の言葉を不満そうに聞いていたユウ。


「戦国時代の名家のあなたより、私が強くてどうするの……浅井君。これは必要なテストなの。魂と霊能力は今まで私が見てきた自称霊能力者など、比較にならないほどだけど、身体の方も確認が必要なの。それでないと、なれないの」


 ユウの言葉がよく理解できない、女の子を全力で殴る意味が、そして何に僕はなるのか、何を期待されているの?


 それは、たった一言だったが、ユウと悪霊の言葉が違った。


「許嫁」と悪霊「彼氏」とユウ。

「はぁあ!?」と僕。


 ユウが僕がなるものをもう少し、長く伝えてきた。

「私の彼氏になれるかどうか。魂と霊能力は合格。あとはもう少し能力を見せて」


 いきなり彼氏と言われても、相手は中学生だし、そもそも女の子に告白されたのは初めて……て、これって告白なの?


「さあ。分かったら、全力で打ちこんできなさい。キックでも頭突きでも。それと狙うなら急所にしなさい。相手が一撃で動けなくなるか、死ぬような。そうじゃなければ、浅井君が死ぬだけ」


 そういって、両手をだらりと落とし、力を抜いたユウが僕をせかす。


「どうなっても知らないよ!」今度は思い切り、右の拳をユウの顔に向けた。


 僕の右手が真っすぐに伸びた時、彼女の姿はそこにはなく、素早いバックステップで、同時に僕の伸びきった右腕、内関節に容赦ない、右手の打ち込み。

 僕の腕は九十度弾かれた、痛みが襲ってくるより早く、ユウはインステップで近づき、左手を僕の胸に開いた状態で密着させた。


「ゼロ距離霊撃!」


 ユウの気合と共に、強大な力が僕の胸から背中へと突き抜ける。

 一瞬の間をおいて、僕の身体は玄関へ飛ばされ、激突した。


「痛い! なにんすんんだよ!」


 玄関にぶつけた頭を摩りながら、起き上がった僕を見た、ユウと悪霊は目を合わせた。

「なんだよ! どうせ僕は弱いよ! 仕方ないだろう身体だって大きくないし、運動もしてないしさ!」


 ユウは僕の愚痴を無視して、悪霊を見て頷く。


「合格ね。はい、今日から浅井君は私の彼氏になりました」

 ニッコリ、初めて笑ったユウはとても可愛かった。

 

 でも意味がわかってない僕は、二人に聞いた、合格って何?

 悪霊が笑いながら(そう感じた)僕に言った。


「攻撃力はまったくだが、防御力はかなりのもの。ユウの一撃は身体的にも霊的にも強烈な一撃。それを頭を摩りながら立ち上がったのだから、合格じゃろ。ただもう少し持っているようだといいのじゃが」


 持っている? 何を? 僕が聞くより早く、悪霊が答えた。


「少し脅かしただけで、おまえを見捨てる軟弱な若者は駄目だの」

「やっぱりあんたのせいか……あのね! “駄目だ”じゃない。いい? 今どきはね、度胸とか器量とかを男には求めないの。親がお金持ち……それが一番なの。ちなみに今日の高校生は親が医者、デカイ病院の院長のバカ息子」


「ユウは馬鹿な男が好きなのか」

「はあ? バカは嫌いだけど、お金持ちは好き」

「お金じゃと? この世で使われている紙屑の事か」

 鎧武者は腕組みをしたまま、大きく首を振る。

「あんなもの……沢山あろうが何になる?」


「凄く私の為になるわよ。じゃあ、言ってみてよ、何ならいいの? 黄金とか? 金の延べ棒に換算したなら、分かってもらえる? あなたが言う紙屑で、今どきはなんでも買えるわ」

「今どきも昔も、紙屑に価値などあるわけなかろう」

「戦国武将のあんたには、黄金なら分かり易い例えだと思ったんだけど……他に何かに例えられる?」


 表情は分らないが、まじめに考えている……らしい悪霊。


「そうじゃな。おまえの婿なら、三万石くらいは欲しいところだ」

「三万石? それって時代劇で出てくる……たしか米の量の単位の事よね?」

 頷く悪霊はそれが当然だと言い出す。

「そうじゃ。本来日本は力を米の量、石高により示してきた」

「石高ねえ……さすが戦国武将の悪霊ね。でも三万石ってのは、現代でいったいどれくらいの価値なのかな。浅井君、彼氏なら私に分かるように換算してよ」


 えーっと、彼氏になったらいきなり無茶ぶりでした。






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