僕の思い出

井上和音@統合失調症・発達障害ブロガー

僕の思い出

「先輩。第二ボタンを私に下さい」

 サッカー部の後輩マネージャーから、卒業式の帰りの中で言われた一言だった。

 僕は何も言えない。

 こういう場面に慣れていないのだ。

 中学時代は見た目でイジメを受けた。特に髪型。体育の後に、汗だらけの髪をくしゃくしゃにして、何も考えずに髪を左右に広く開いていたら『カッパ』というあだ名が付いた。

「黙れカッパ」

 何かをするたびにそう言われるようになった。何もしていないのに、ずっとカッパと言われ続けた。

 また、脚が長すぎて、普通に腰にスラックスを合わせて履いていたら『上げパン』とあだ名が付いた。

『上げパン』と『カッパ』。

 それでも、友達と離れてしまう寂しさを恐れて、それらの暴言を受け入れて、いじられキャラとして、必死になって人との距離を保とうとしていた。

 心の中では泣いていた。

 早く中学を卒業して、勉強を重ねて市内の高校に進学したかった。

 高校デビューをするつもりはなかったが、人は見た目が九十九パーセントだと思い知った。だから、普通になりたかった。中学時代はイケメンと言われることはなかった。しかし、『カッパ』と言われ、『上げパン』と言われ、それらを注意しながら直していったら、不自然なくらい女子の間で囁かれるようになった。

「……しずる、変わったね」

「段々とイケメンになっていった。不思議。あれで眉毛を整えたら、どうなるんだろうね」

 中学の卒業間近、女子の態度が急に変わった。

 だけど、僕に足りなかったのは、見た目の容姿に似合うだけの、器の大きさ、褒められた時の対応の方法、などなど。

 褒められたら、どうすればいいのか分からない。

 だから、褒められたら、聞こえていないふりをしていた。

 人生でけなされ続けたのだ。わからない。わからない。素直に嬉しいと対応したら男友達からけなされ、友達として認められないのだ。

 初めから絆などあるから、こんなに悩むのだ、と感じた。

 だから、僕は高校生になったら、孤独になろうと決めた。

 何でも話せる、本当の友達が欲しかった。

 何でも打ち解けられる、本当の彼女が欲しかった。

 それで、僕は中体連が終わると、塾に通い九州で一番難しい公立と言われる高校に行くことになった。

 本当の人生を探すために。本当の自分を探すために。本当の、本物の、何かを探すために……。

 この時点で気付くのが遅すぎたのかもしれない。

 僕は充分に満たされた人生を生きていたということを。

 徐々に、徐々に、僕の人生は傾き始める。まるで巨大なシーソーに乗ってずり落ちていくのを必死に走りながら、身体の悲鳴を聞こえないふりをして。

 いつの間にか僕は、完璧を求めるようになってしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕の思い出 井上和音@統合失調症・発達障害ブロガー @inouekazune

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ