第1話 出会い

 海藤猛かいとうたけしが初めて真木洋介まきようすけと言葉を交わしたのは、猛の小学校の入学式の日だった。


 真新しいランドセルを背負って満開の桜の下を母親に手を引かれて小学校の門をくぐった瞬間、猛の目はある一点に釘付けになった。

 そこには、今まで見たこともない美しい顔をした子が桜を見上げて立っていた。

 驚きと喜びで口をあんぐりと開けその美しい子をただただ見つめていた猛に、その子はゆっくりと振り向いた。薄く形のいい唇が花が咲くように開き、そこから発せられた言葉に猛は言葉を失った。

「桜、きれいだね。僕、春が一番好きなんだ」

「えっ? 『僕』?」

 てっきり女の子だと思っていた猛は、口を開けたまま何度もパチパチと瞬きをして「男かよー!」と心の中で叫んでいた。

 かわいい女の子を見つけたと喜んだ矢先の「僕」発言。猛のショックは大きかった。

 よく見れば顔はきれいだが、小柄なわけでもなく、華奢なわけでもなかった。身長は自分より高そうだし、男の子らしい筋肉も付いていた。顔の美しさに気を取られて、それ以外のことは自分の都合のいいように脳内補正を掛けてしまっていたようだ。

 当時はまだ同性同士で恋愛ができるとは知らなかったので、洋介が男の子であることに落胆する猛は、隣にいた母親に「そんなに落ち込まないの」と笑いながら軽く背中を叩かれて慰められるしかなかった。今思えば、洋介にひと目で惹かれたのは、恋愛において性別は問題ではない猛にとっての初めての性的衝動だったのかもしれない。


 猛がなぜ落胆しているのかまったく意に介さない洋介は、眩しい笑顔で「今日入学する一年生? 僕は三年生なんだ」と少し首をかしげて笑いかけてきた。

 男の子でしかも年上。猛の人生初の一目惚れはたった5秒で失恋という終止符が打たれてしまった。少なくとも当時の猛は恋の終わりだと思っていた。

 あれから三十年、猛が海外赴任で南米に住んでいた時期を除けば、二人は一番近くでお互いの人生を見守ってきた。


 38歳になった洋介は優秀な弁護士に、36歳の猛はフリーランスの調査員をしている。調査員といえば聞こえはいいが、実際は便利屋か探偵のような仕事だ。以前はエリート商社マンとして世界中を飛び回り南米に駐在していたこともあるが、数年前に突然商社を辞め日本に帰ってきた。普段は陽気で口数の多い猛だが、南米にいたころの話になると途端に歯切れが悪くなる。猛の性格を熟知している洋介は無理強いをして話させることはしなかった。猛が自分から話すまで放置している。助けが必要ならば自ら求めてくるだろうと。

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