第8話 思いがけないところで
「それじゃあ、着替えてもらいましょうか。ね、伊鞠さん!」
ぽん、と手を叩き鈴芽が提案する。抗うひまもなく、伊鞠はされるがままに別室に連れ込まれると。
まるで伊鞠が来ることを予想していたかのようにあつらえられた、鈴芽と同じつくりの軍服が綺麗にたたまれてあって。
「これ、私が着ていいのですか?」
こんな見るからに上等な服、幼い頃以来着ることがなかったせいで、声がやけに上擦る。
「勿論。伊鞠さんの為に用意したんだから」
さっさと着ちゃいましょ、と張り切る鈴芽を見ていると、なんだか胸のあたりがぽかぽかしてくるような、そんな気がした。
「ありがとう、ございます。お言葉に甘えて、着替えさせてもらいますね」
鈴芽のよりは幾分長めのスカートは、足元がすーすーとして落ち着かないが、気分は晴れやかだ。
「うんうん、似合ってる似合ってる! 早く団長に見せに行こう」
褒められるのはやはり嬉しいもので、似合っているか不安で仕方なかった軍服に、途端に愛着が湧いてくる。
「団長、伊鞠さん見てください!」
似合ってるでしょ? と伊鞠よりも自慢げに団長のいる部屋の扉を勢いよく開ける鈴芽。呆気にとられながら、後に続く。
「ちょ、鈴芽、おい待て!」
遥飛のひどく焦った声音を聞いたと同時に目に入ったのは、まるで燃えさかる焔を閉じ込めたかのような赤髪と、遥飛と揃いの軍服姿。
目が離せない。心臓の音がやけに大きく聞こえる。
「
思わず、声が漏れ出た。
「なんだ、そっちの方が似合うじゃないか」
「は、はい」
伊鞠の軍服を身に纏った姿を見て、なぜか楽しげな様子の紅に、伊鞠は戸惑うことしか出来ない。
「おまえ……じゃなくて伊鞠ちゃん、あいつと面識あるわけ?」
「ええと。以前一度だけ、紅さんと屋敷で話をしたんです」
慌てて説明すると、遥飛は大きくため息をついて、紅の方を睨み付けた。
「紅さん、おまえこれは一体どういうことなんだ?」
「別に大したことではない」
「じゃあなんでおまえはこの女から逃げられてんだって話」
黙って聞いていればいるほど、話はよく分からない方向へと向かっていく。
「逃げてきたのは紅さんじゃなくて。……ええと、確か、光明さんです」
そう口を挟むと、紅は耐えられないといった様子で笑い出す。
「すまない、そういえば名を偽っていたな。――私は秋月光明、おまえの婚約者だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます