第6話 一難去ってまた一難
「そういえば、さっき鈴芽さん、火の玉を出していませんでしたか?」
鈴芽に連れられ、庁舎とやらに行く道中。伊鞠は、ずっと頭の中に浮かんだままの率直な疑問を口にする。
「あ、あれはね……後で説明する、かなあ、と思います」
「はい、わかりました」
明らかに何かを隠しているのがみえみえな態度に、あえて横槍をいれることはしないで、適当な相槌をうつ。
誰にだって知られたくないことはあるものだから。それは伊鞠が一番よくわかっている。
(私が華宿りだって知られたら、きっと鈴芽さんにだって、嫌われてしまうもの)
「そうだ伊鞠さん、もうちょっとで着くからね」
無邪気に笑う鈴芽に向かってこくりと頷き、小さく笑ってみせる。握られた手から伝わる温もりは、久しぶりに触れるあたたかさで。愛想笑い以外の笑みが自然に浮かぶのはいつ以来だろうかと驚いた。
活気で賑わう人々や、色とりどりの建物。伝統的な造りと、異国風の造りの建物が混ざり合い、調和のとれた街並みを形づくっている。どれも初めて目にするものばかりで、めいっぱいこの瞳に焼き付けようとじっと観察しているうちに、いつの間にか人気の少ない道まで進んできていることに気づく。
どこまで向かうのだろうと少し不安になった矢先。鈴芽の大きな声があたりに響き渡る。
「ええ!? 団長なんでここにいるんですか? 仕事しててくださいよ」
「おまえこそ、何拾って来てんだよ。野良猫の方がまだマシだわ」
「それだから冷酷無慈悲の師団長なんて言われるんですよ」
そこに立っていたのは、鋭い目線で伊鞠たちを見やる、長躯の青年だった。
烏の濡れ羽色の髪は癖毛なのかあちこちにはね、深い蒼の瞳は、理知的な光を浮かばせている。黒の軍服は、少し近寄りがたい印象を与えている。
伊鞠は二人の会話をただ聞くことしかできず、ただきょろきょろと目を泳がせるだけだ。
「誰なの? それ。素性もわからない奴をここまで連れてくるわけないよな」
「この人は寒凪伊鞠さん。家が決めた結婚相手から逃げてきたの」
あの人との結婚から逃げてきた子なんだから相当面白いでしょ、と鈴芽はいたずらっ子のように笑う。
(もしかして、二人は光明さんと親しい仲なのかしら……?)
そうでもないと、伊鞠の縁談の相手を其方が知るわけがない。世間は案外狭いものだなと感心する。
(いや、だったら私が家を出た意味がないじゃないの)
鈴芽が光明に伊鞠を引き渡してしまえば、ただ家を勝手に飛び出た不届き者いう烙印が加わるだけではないか。自分の浅はかさに大きくため息をつきそうになる。
(でも、私名字なんて名乗った覚えが……)
わずかに浮かびあがった疑問は、青年の笑い声で霧散する。
「――ははっ! そりゃあ面白い。いいよ、ここで働かせてあげる。光明に引き渡したりなんかしないから、安心して。ここは万年人手不足だからね」
青年は人好きのする笑顔で伊鞠に声をかけてきた。先ほどの鋭い眼差しからと冷たい声音からは想像もできないほどに、彼は身体全体で友好的な雰囲気を醸し出している。
「よろしく、お願いいたします……?」
「俺はここの師団長の
やったね、よかったね、とはしゃぐ鈴芽と手を取り合う。初対面なはずなのに、旧知の仲のように伊鞠のことで喜んでくれる少女は、満面の笑みで伊鞠を歓迎してくれた。
「ここが司令部。伊鞠さんはここで働くことになるんだよー!」
石畳の道から打って変わって、人の足で踏み固められた、木々が生い茂る道を歩くこと数分。木造二階造の建物が伊鞠の目の前にそびえ立っていた。
大きな玄関を抜けて、爽やかな若草色で統一された壁に沿って歩く。板張りの床には深紅の絨毯が敷かれており、歩き心地も良い。
木製の重厚な扉を開けて、室内に通される。遥飛は椅子に腰掛け、伊鞠にもソファに座るように促した。
「そうだ、お嬢さん……伊鞠ちゃんは何の異能が使えるの?」
(……どうしよう)
光明と呼び捨てで名を呼んでいた遥飛のことだ、伊鞠が華宿りなことくらい知っていてもおかしくない。それは大した問題ではないのだ。
(そうじゃなくて、一番の問題は)
「……私。異能が使えないんです」
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