第5話 行くあてが見つかりました(?)
「ああもう、めんどくさいわね」
人通りのほとんどない路地に盗人の男を追いつめた少女は、小さくため息をつく。行き止まりに行きあたった男は、じりじりと迫る少女に圧倒され、呆気なく腰を抜かしていた。
突如、薄暗かった路地がぱっと明るく照らされる。どちらかが行燈でも持っていたのだろうかと、不思議に思い伊鞠は遠くから様子を伺うと。
――少女の周りにいくつかの焔の玉が、浮遊していた。目を擦り、幻ではないかと二度三度と見直したが、その焔はなくなることはなく。まるで意思を持っているかのように揺らめく焔は妖しげで、それでいて目を奪われてしまう程に、綺麗だった。
燃え盛る焔を見た盗人は、情けない悲鳴を出して、風呂敷なんてお構いなしに、不恰好に這いつくばりながら逃げ出して行く。
「はい、どーぞ」
少女はくるりとこちらの方へ向き直り、割れ物でも扱うかのような丁寧な動作で、伊鞠へと風呂敷を手渡す。風呂敷には砂埃がついて汚れてしまったが、包まれた着物は綺麗なままだ。
「本当に、ありがとうございます」
伊鞠の油断が原因で、本当に一文なしになるところだった。もし少女に助けてもらえていなかったらと思うだけで、足が震える。
「いいのいいの! 気にしないで」
緊張と不安で強張っていた心が、少女の笑みを見ているうちに、だんだんと解れていく。
「というか、きみ。家出したどこかのお嬢様か何か、とか?」
言葉に詰まる。少女はそんな伊鞠の様子なんてお構いなしに、鋭い視線で伊鞠の背後を見つめたままだ。
「ずっと、つけられてるなって思ってて。……多分、私じゃなくてきみが。ああ、もう撒いたからいないと思うけど」
恐る恐る振り返る。
人影など見えるわけもなく、辺りを静寂が包み込んでいる。
撒いてくれたと言うのだから、ほっと胸を撫で下ろすところなのだが。
それでも、見知らぬ誰かに後をつけられていたという事実は、ひどく伊鞠の不安を煽った。
「……私。
見ず知らずの、しかも評判だって良くない方との結婚を決められ、それが嫌で逃げ出してきたのだと、ところどころ口ごもりながら少女に説明する。
すると、少女はふいに笑い出す。ひとしきり笑って、落ち着きを取り戻した少女は、伊鞠にとってまったくもって予想外の提案を投げかけた。
「伊鞠さん、行くあてないんだったらうちに来なよ! 私のとこなら、何があっても大丈夫だからさ」
「! でも、私、ご迷惑をかけてしまいます。そんなわけには……」
「私がきみのこと気に入ったの! それが理由じゃあいけない?」
甘い甘い、砂糖みたいな提案。そんな伊鞠が得しかしないような提案、誰がするだろうか。
でも。どうせ行くあてなんてない。この少女の提案に乗るのもいいかもしれない。
「……では、お言葉に甘えて」
痛い目を見てもその時はその時だ。若干投げやりになっているのは否めないが、そう思い、了承する。
「私は
そう言って、満面の笑みを浮かべた軍服の少女――鈴芽は、伊鞠の手を力強く握ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます