第7話 宇宙

 体が光の中に溶けていき、数秒の後に僕は青龍のコクピットの中にいた。前回と同じようにパイロットスーツを身に纏い、操縦席に座っている。違うのは、今回は地球外への射出であるためコクピット全体がほぼ垂直に傾いているところだ。きっと前回とは別の、地球外に伸びている神樹の枝の先にある発着場にいるのだろう。


 コクピットの中を確認していると、正面のモニターの中にウィンドウが一つ開いた。リード様だ。


「サン、準備はできましたか?」


「はい。いつでもいけます」


「神樹からの通信は地球を出てから数時間で届かなくなります。通信圏外に出て以降はあなた自身の判断で行動し、補助が必要な時は青龍に積まれている種子を使ってください」


「わかりました。お任せください」


 モニターには満天の星空が映し出されている。今からあの中へ飛び込んでいく。任務への緊張と同時に、わずかな高揚を抑えられない。


「楽しそうですね、サン」


「顔に出ていましたか」


「ええ。そうしていると年相応に見えます」


「すいません、小さいころに父から聞いた宇宙の話を思い出して、つい。気を引き締めます」


「いえ、いいんですよ。これからあなたには大変な仕事をしてもらいますが、それはそれとして宇宙に出るのは得難い経験です。どうぞ満喫してください」


 リード様の微笑みに、僕も笑顔で応えた。


「それでは、行ってまいります」


「いってらっしゃい。どうか無事に帰ってきてください」


 ウィンドウが閉じる。青龍の発進キーを押す。轟音と振動と共に準備が整う。


「青龍、任務開始します!」


 瞬きの間に景色が変わっていく。発着場は遙か後ろに、散りばめられた星々は光の軌跡を残して次々と流れ去っていく。暗闇に浮かぶ星のどれがどの名前かなんて、考える暇もない。それでも、幼いころに抱いた宇宙への憧れが、僕のこの胸を高鳴らせる。


「これが、本当の宇宙……」


 軽い電子音がコクピットに響き、モニターにウィンドウが表示される。超望遠レンズが捉えた、目的地の映像だ。ここからではまだ暗闇に浮かぶ小さな点の一つにしか見えない。惑星までの細かい操縦は種子がしてくれるので、僕は流れていく景色を堪能した。


 快適な宇宙の旅と星々の描く美しい紋様に、僕はしばし任務を忘れて浸り込んだ。気づけば僕は操縦席の中で眠りに落ちていた。



 響く電子音に意識が刺激される。目を開けると、モニターに表示されたウィンドウから、リード様がこちらをのぞき込んでいた。


「あ、目が覚めましたか。おはようございます、サン」


「お、おはようございます。お見苦しいところをお見せしました」


「いいえ、こちらの時間では今ちょうど朝ですから、おかしくはありませんよ」


 丁寧な言葉を並べつつもリード様はどこか楽しげな微笑みを浮かべている。気恥ずかしくて僕は話をそらそうとする。


「何かありましたか、リード様」


「いいえ。こちらには何も。そちらも異常はありませんか?」


「予定通り航行中です」


「そうですか。そろそろ青龍が神樹との通信圏外に出るので、最後の確認をと思いまして」


「なるほど。わかりました」


 惑星に到着してからの段取りを、簡潔に確認していく。出発前の準備が万端だったため、確認はスムーズに終わった。


「これで確認は以上です。まもなく通信が切れるので、話はここまでです。あとはあなたに託します、サン」


「お任せください」


 通信が途絶えた。コクピットの中に静寂が満ちる。改めて、自分が地球から遠く離れたところに来たと実感する。


「今のうちに、地球の姿を見ておこうかな」


 出発してすぐの時は始めてみる宇宙の景色に夢中だったが、考えてみれば宇宙から地球を見たことも当然ない。


『サン、お父さんはこれから、宇宙に行くんだ。そしたら写真じゃなくて、この目で本物の地球を見てこれるんだ。』


 幼いころ、地球を発つ前に興奮して語っていた父さんを思い出す。今、僕は父さんが通ったのと同じ航路を辿っていると実感する。もう小さくなっているかもしれないけれど、幼いころに写真で見たあの美しい青い星の姿をこの目で見られると思うと、やはり心が高ぶるのを抑えられなかった。


「メインカメラ、モニターに最大望遠の地球の映像を映して」


 操作系に命じると、一拍おいて超望遠レンズが捉えた地球の映像がモニターに映し出された。


 言葉を失った。


 地球は、赤かった。


「……え? カメラ、地球の映像を映して?」


 映像は変わらない。宇宙に浮かんでいたのは、写真で見た青と緑と茶色の美しい球体とは似ても似つかないものだ。


 そもそも、形からして球体ではない。中心が膨らんだ円盤のような天体を、真っ赤な海のようなものが覆っている。天体の中心を貫いて、巨大な漆黒の柱が存在感を放っている。柱のあちこちから枝分かれした棒状のものが、網の目のように赤い海の表面を覆っている。


「なにあれ。あれが、地球……?」


 目の前の情報を頭が処理できない。思わずこぼれ落ちた言葉に、軽い電子音が答えた。


『肯定』


 青龍に積み込まれた種子が、僕の言葉に反応して答えを返してきた。僕はまとまらない思考のまま、種子に対して疑問をぶつける。


「どうして地球が青くないんですか?」


『質問の範囲が不明瞭なため回答不能』


「どうして地球が丸くないんですか?」


『質問の範囲が不明瞭なため回答不能』


 種子は神樹の機能を部分的に移植したものだ。質問は神樹に対しておこなったように、答えが明確になるようにする必要がある。僕の混乱した頭では、疑問を明確に言語化するのも、どうすれば答えが導けるか考えるのも困難だった。


 僕はやたらめったら種子に質問を投げかけ、種子はことごとくをすげなく却下していった。やがて僕は疲れ果て、考えるのをやめて眠りに逃げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る