第5話 対峙

 僕は一度家に帰り、少し早めの昼食を食べてから、呼び出された対策本部へと向かった。


「仕事って何着ていけばいいのかな」


 スーツは持っていなかったので、学生服を着ていった。多分これが一番ちゃんとして見えるだろう。大きな部屋でスーツ姿の大人たちに混じって学生服の自分が座っているところを想像する。やはり場違いの感は否めなかった。しかも自分自身がその会議の中心人物に据えられるであろうことは悪い冗談のようだった。


「でもまあ、なるようになるか」


 時間にはまだ余裕があるが、早く着く分には問題ないだろう。僕は送られてきた地図に従って対策本部へと向かった。



 目的の建物は、昨夜倒した構造物の残骸のすぐ近くにあった。昨夜の時点ではこの場所に建物は無かったはずだから、神樹の力で今日新たに建てられたのだろう。簡素な一階建ての小さな建物で、入口に「異星敵性体対策本部」と書かれたプレートが下がっている。想像していたような仰々しさはなく、拍子抜けするほどこじんまりとしていた。


 構造物の残骸には、地面から伸びた無数の細い神樹の根が絡みついていた。これは何をしているのだろう。


「神樹の根が気になるかい?」


 背中から軽い調子の声がかけられる。振り返ると、長身の快活そうな表情の若い女性が、端末を片手に白衣を風にはためかせて立っていた。眼鏡にかかった金糸のような前髪をさらりと後ろにかき上げながら、僕に近付いてくる。


「それはね、神樹が例の構造物を解析しているんだ。外殻に内部構造、材質に動力、他にもいろいろとね。どうも神樹が自分で生み出したものと違って、よその星から来たものは根から丸ごと吸収できないらしい。それでああやって根を這わせているわけさ」


 確かに、昨夜構造物の腕を絡めとるために神樹が生み出した鉄線の壁はもうなくなっていた。壊れた建物の瓦礫と同様、神樹の根が吸収したのだろう。


「兵器に積まれていた鋼線炸裂弾、種弾、だっけ。君があれを使って敵の内外を穴だらけにしてくれたおかげで、調査の手が入りやすくなった。なにせ硬いからね、あれ。お手柄だよ、サン」


「あれ、僕の名前……」


「名乗らなくても分かるさ。こんな時間帯に学校に行かずにいる子どもなんて、もうお役目を持ってる子だけだ。けれど君は学生服なんて着てる。大方ほかに着る服がなくて、スーツ姿の大人の中で悪目立ちしないようにと思ったんだろう? そんな状況に置かれている子なんて今この大陸に一人しかいないさ」


 考えを見透かされて少し恥ずかしいのと同時に、目の前の女性の頭の回転の速さに驚かされる。この人も対策本部に呼ばれたのだろうか。


「あの、あなたは何をされている方なんですか? 学者さんとか?」


「ああ。見ての通りね。専門は神樹の研究だ。君と同じ、対策本部のメンバーだよ」


「神樹の研究、ですか? 宇宙とか戦争とかじゃなくて?」


「神樹にはこの地球上のすべての知識、情報が集められているからね。過去の英知に頼りたければ、神樹の巫女と辞書の引き方を心得た人間が一人いれば事足りるんだよ」


 彼女は軽く笑った。その笑顔はどこか、何かを馬鹿にしたような気配がこもった笑みだった。そんな話をしていた僕らに、対策本部の建物から透き通るような声が届く。


「サン、もういらしたのですか。早いですね」


 リード様がドアを開けて内側から出てきていた。リード様はこちらへまっすぐ歩いてくると金髪の女性の前で足を止めた。


「ソーフィ、解析はあとどれくらいで終わりそうですか?」


「一時間はかからないんじゃないかな」


 ソーフィと呼ばれた金髪の女性が端末をのぞき込みながら答える。リード様に敬語を使わない人を初めて見たが、リード様がそれを気にしている様子はない。ソーフィさんは端末を白衣のポケットにしまうと、パン、と両手を合わせて言った。


「それじゃ、少し早いけど始めちゃおうか。解析が終わる前に、サンにはいろいろと知っておいてもらわないといけないこともあるしね」


「ええと、もう他の方はみんなあの中にいらしてるんですか?」


 集合時間にはまだかなり時間がある。僕の問いに、リード様は目を伏せ、ソーフィさんは乾いた笑いを上げた。


「ああ、全員集合だよ。あの建物の中にはゼロ人だけどね」


「え? それはつまり……」


「ここにいる三人だけであの敵の対策をするってこと」



 対策本部の会議室には、大きな机が一つと、机を囲むようにいくつもの椅子が置かれていた。三人で使うには明らかに過多な準備だ。


「申し訳ありません。他にも多方面の有識者の方々に参加を依頼したのですが、私の力が及ばず、このような体制で対策会議を開く事態になってしまいました」


「いいっていいって、気にしないでリード様。神樹の命令にも拘束力はないんだし、年がら年中過去の記録を漁ってるだけの連中なんていてもいなくても同じだし。責任を負いたくないから逃げた奴らなんて忘れて、これからの話をしよう」


 俯いているリード様を励ますように、ソーフィさんが明るい声を上げる。それに応えるようにリード様は顔を上げ、いつもの凛とした表情を形作った。


「そうですね。落ち込んでいる暇はありませんでした。まずは要請に応じてくれた二人に感謝を。ありがとうございます」


 挨拶を終えて、リード様は会議室の前方、大きな液晶画面がかかっている壁の前の席に着いた。それにならってソーフィさんがリード様の左手、僕が右手側の席に座る。


「それでは、サンには昨日からこれまでの間に敵についてわかったことを説明していきます。途中わからない点があれば質問してください。よろしいですか?」


「はい。よろしくお願いします」


 リード様が端末を操作すると、連動して部屋の液晶画面が起動した。画面には宇宙空間の模式図らしきものが表示されている。模式図の中央には赤茶色で強調された星が一つ描かれ、その周りの少し離れたところを青色の星が回っているのが描かれていた。


「この青い星が私たちの住む地球。例の敵がやってきたのはここ、Tー02と呼ばれる惑星からです」


 リード様は画面に表示されている赤茶色の星を指でさした。


「どうしてその星から来たとわかったんですか?」


「神樹からの情報です」


「神樹の観測装置である枝は大気圏外まで伸びているからね。敵が飛んできたところも観測してたんだろう」


 リード様の言葉に、ソーフィさんが補足して説明してくれる。


「サン、君は神樹についてどれくらいのことを知ってる?」


「学校で習ったことくらいしか知らないです。大昔の地球で資源不足に陥った人類を救ってくれたとか、困った時に巫女様を通じて助けてくれるとか」


「うん。それは一般的なレベルの理解だね。ここではもう少し踏み込んだところまで知っておこうか。リード様、説明を代わってもいいかい?」


「お願いします。神樹そのものについては、私よりソーフィの方が詳しいですから」


 リード様に促され、ソーフィさんは、コホン、と一つ咳払いをしてから話し出した。


「結論から言うと神樹というのは、宇宙から地球にやってきた、情報と資源の収集・整理・分配を行う構造物だ。私たちにはあれが巨大な樹木に見えているが、本質は全く別のものだろう。大昔、資源枯渇で滅びかけていた地球人類の前に神樹は現れ、地球の全面にその根を張り巡らせた。やがて神樹は根から地上や地下の希少資源を吸収し、今度は人類全体の文明を維持するのに最適な配分で集めた資源を再分配した。それ以降、この地球上の資源の管理は全て神樹が行っている」


「すごい……。でも、なんのためにそんなことを?」


「その理由がわからない。だから私みたいな研究者もいる。まあ、大抵の人はそんなこと興味ないみたいだけどね」


 僕の素朴な疑問が嬉しい反応だったようで、ソーフィさんは愉快そうに笑った。ソーフィさんの言葉に続けて、リード様が口を開く。


「神樹がなぜ人類を助けるのか、それはわかりません。しかし、神樹の巫女として選ばれた者には、常に一番最初に神樹からの命令が届きます。『人類をより良い方へ導け』と」


 最後の言葉を口にした時、リード様の顔にかすかに影が差したように見えた。


「あれ? でも神樹が人類を助けてくれるなら、人類が『神樹の目的を知りたい』と願えば答えが返ってくるんじゃないですか?」


「いい質問だね。サンは研究者の見込みがあるよ。その質問に対する答えが神樹のもう一つの機能、情報の管理だ。神樹による資源の再分配は、神樹に人類の文明に対する理解があって初めて成立する。神樹は根を通して人類の情報も同時に収集していたわけだ。資源と同様に、地球上のすべての情報を持っている神樹は、巫女と呼ばれる人間を通して集めた情報を再分配するようになった。しかし情報は資源と違って実体がないから言葉にする必要がある。逆に言えば、人類の言葉で表しようがない事柄については、神樹も情報をくれないのさ」


「つまり、神樹の目的は人類には理解できないものなんですか?」


「そういうこと。少なくとも現人類では。もっと未来の進歩した人類なら、それを言葉にできるのかもしれないけどね。あとはまあ、情報を求める側が適切な質問をしないと有益な情報は引き出せないってのも覚えておくといいかな。私も以前一度やらかしてね。『神樹が現れた年の人類の動向を知りたい』って先代の巫女様を通して神樹にお願いしたんだ」


「どうなったんですか?」


「百億人分の一挙手一投足の記録が一年分、延々と端末に表示されかけたよ。流石にあれは開いた口が塞がらなかった。まあ一方で、『今回の敵がどこからやってきたのか』みたいな具体的な質問には惑星の位置情報で答えてくれる。ようは神樹への質問は端的に答えられる範囲で、ってことだね」


 一通り話して、ソーフィさんは深く息を吐いて椅子に座り直した。神樹についての話はここまでらしい。後を引き継ぐようにリード様が口を開いた。


「これから共有する情報は、全て神樹への質問によって得られた情報です。ここからの話を聞いて、何か疑問に感じたら言ってください。それがさらなる今後の足掛かりになるかもしれません」


「わかりました。自分なりに考えてみます」


「まず、敵の目的ですが、これは不明です。現在行われている敵構造物の解析が終われば、より詳しい推論も立てられるかもしれません。次に、『地球の防衛力、星間戦争用兵器の増産は可能か』という問いに対しては、『資源不足により不可能』という回答が得られました」


「ということはつまり」


「はい。これからもサンには一人で敵と戦ってもらいます」


 リード様は申し訳なさそうに眉をひそめた。その表情を見ているのが辛くて、僕は話題を前に進める。


「敵の数はどれくらいなんですか?」


「現在、地球から惑星Tー02までの間の宇宙空間に、同様の敵構造物は確認されていません。しかし、地球から光学で確認できない惑星の地表面や地下にどれだけの敵が存在しているかはわかりません。以上が、現在わかっている情報です」


 こちらの戦力はこれ以上増えない。敵がなぜ来たのか、あとどれだけいるのかもわからない。積極的に対策に取り組むのは三人だけ。素人目に見ても、絶望的な状況だ。しかし、弱音を吐いてもいられない。知恵を振り絞って現状を打破する突破口を探す。端末を持つリード様に質問を投げかけ、神樹からの有益な情報を引き出そうとする。


「次に敵がいつ来るか、神樹の推論はないんですか?」


「いつ来るかはわかりませんが、今回の構造物の飛来速度と同じであれば、最低四日間は時間がかかると考えられます」


「四日ねえ。現在使用中の資源を兵器用に徴用しても間に合わない?」


「資源、時間共に不足と出ています」


「そりゃそうだ」


 乾いた笑いが会議室にむなしく響く。考える時間も、準備する時間も、僕たちには足りない。追い詰められて、ふっと言葉がこぼれた。


「敵はいったいいつから地球を狙って攻めてくる準備をしていたんでしょうか」


 答えを期待した問いではなかった。しかし、軽い電子音と共にリード様の端末に着信があった。神樹からの返答だった。


『十年前以降からと推測される』


 三人が顔を見合わせる。新しい手がかりかもしれない。リード様が続けて質問を投げかける。


「敵が十年前から地球を狙っていたと考えられるのは、なぜ?」


『地球から惑星Tー02へと惑星調査船が向かい、同惑星の生命体に地球の存在を認知された可能性があるため。また、惑星調査船の到着以降、予定されていた調査隊からの定時連絡が行われておらず、現地で何らかのトラブルに見舞われたと推測される。この際に、同惑星の生命体との間で接触があった場合、相手から地球の生命体は敵とみなされている可能性がある』


 どくん。心臓の鼓動がひときわ強く感じられる。十年前。惑星調査船。キーワードが頭の中をぐるぐるとめぐる。僕は震える声で神樹に質問した。


「その惑星調査船に乗っていたのは、僕の父が参加していた調査団ですか?」


『肯定』



 その後、十年前の調査団に何が起きたのか、さまざまな角度から質問してみたが、有益な事実も推測も得られなかった。神樹が知悉できるのは、枝が届く範囲だけだとはっきりしただけだった。会議は行き詰まり、構造物の解析が終わるまでは小休止となった。


 ソーフィさんは気分転換に歩いてくると言って出ていき、会議室には僕とリード様が残された。二人とも無言で、重苦しい空気が漂っている。僕の頭の中はずっと一つの可能性に埋め尽くされていた。


 地球が狙われた原因が、父さんの参加した惑星調査団だったかもしれない。そう思うと、やりきれない思いが胸に満ちてくる。もしそれが事実だとしたら、もしそれをあの時知っていたとしたら、宇宙へ行こうとする父さんを、無邪気に見送ったりなんかしなかった。そうしたら、今でも家族三人で幸せに暮らせていた。どうしようもないとわかっていても、もしも、と思わずにはいられない。


「何やってんだよ、父さん」


 思わず言葉が溢れる。会議室の空気がかすかに揺れる。またしばらく、沈黙があった。やがて探るように、鈴の音のような声が響いた。


「恨んでいますか」


「恨む? 何をですか?」


「あなたたち家族をお役目で引き裂いた神樹を、恨んでいますか」


 予想もしていなかった言葉に顔を上げる。リード様の顔は苦しげに歪んでいた。まるで、僕の家族に降りかかった不幸は自分のせいだと言わんばかりの後悔と苦悩に満ちた表情だった。僕は努めて落ち着いて、正直に自分の気持ちを口にした。


「もし調査に行く父を止めていればと思うことはあります。でも、それで誰かや何かを恨んだりなんかしませんよ。だって、恨んだってしょうがないじゃないですか。僕は失ったものに拘るよりも、手元に残っている大事なものを守っていきたいんです」


 僕の正直な言葉にリード様はほっとしたような、どこか救われたような微笑みを浮かべ、口を開いた。


「では、あなたのお父様の思い出も、大事なものとして守っていってください。あなたのお父様たちは、地球の生物が快適に暮らせる新天地を求めて旅に出た、誇るべき人たちだったのですから」


 その言葉は神樹からの伝言ではない、リード様の心からの言葉だった。透き通るようなまっすぐな言葉に、壊れかけた家族を繋ぎ止めようとしてきた日々が報われたような気がして、胸が熱くなる。僕は顔を見られないように机に突っ伏した。


「サン? どうかしましたか?」


「いえ、少し、疲れたので会議再開まで寝ます」


「そうですか。では、外の解析が終わったら起こして差し上げますね」


 椅子が動く音がして、足音がひとつ部屋の外へ出ていった。僕はそのまま一人で机に突っ伏したまま、午後の穏やかな日差しの中で眠りについた。



 ノックの音とともに、ドアの外から透き通るような声が響いた。


「サン、起きてください。解析が終わりました」


 僕は立ち上がり、会議室を出た。外では構造物の前にリード様とソーフィさんが並んで立っていて、手元の端末を覗き込んでいた。


「お疲れさまです、サン。今サンの端末にも解析結果を送ります」


 すぐに端末が振動する。神樹からの報告書が画面に表示された。


『この解析対象は惑星Tー02から地球へ派遣された探査目的の機体であると推測される。これは、解析対象に戦闘を主目的とすると思われる装備が備わっておらず、内部に観測機器と思われる装備が多数備わっていることからの推測である』


「昨夜リード様が『腕』と呼称した部位は何を目的とした装備だと考えられているの?」


『地球の表面を物理的に探査するためのマニピュレータであると推測される』


「昨夜市街地を破壊したのはどうして?」


『解析対象に市街地の存在が認識できていなかったため、探査行動が結果的に市街地を破壊したものと推測される』


「認識できない? 観測機器が積まれていたのに?」


 市街地がただの凸凹した地形にしか見えなかったのだろうか。相手の惑星の文明は地球のものとはそれほどかけ離れているものなのか。とはいえ、地球の外の事象を神樹に聞いても仕方ないので、疑問は頭の片隅に追いやって今できる質問を続ける。


「青龍に対しては攻撃行動をとったのはなぜ?」


『操縦者の判断によるものと推測される』


「操縦者? あれには人が乗っていたんですか?」


『解析対象の機体制御機器と思われる部位の付近に、他の部位には使用されていない有機物の集合体の存在を確認。青龍の種弾による攻撃により著しく損壊しており詳細は不明だが、有機生命体の残骸と思われる。解析対象は同生命体の操縦によって駆動していたものと推測される』


 血の気が引いていく。淡々と語られる事実に対して、僕の心は冷え込んでいった。


 昨夜、僕は、何も知らずに、人を、殺した。


 頭がくらくらする。あやうく地面に崩れ落ちそうになる僕の腕を、隣にいたリード様が支えてくれる。


「サン。あれを敵と判断したのは神樹です。あなたはただ指示に従い、地球を守ろうとしただけ。あなただけが重荷を背負う必要はありません」


「はい……はい、ありがとう、ございます」


 リード様の言葉に、心も体も少し軽くなったような気がした。ソーフィさんは空気を変えるためか、別の質問を神樹に投げかけた。


「探査目的の機体ってことは、情報を母星に持ち帰る必要があるよね。母星との通信機器みたいなものはあるの?」


『肯定』


「じゃあ、昨夜これが撃墜されたことはもう母星に伝わってるの?」


『不明。通信機器と思われるものの規模と、地球と同惑星間の距離から、大容量の即時的通信は不可能であると推測される』


「簡単なやり取りぐらいはされてるかもしれないけど、詳細な報告が送られたとは考えにくい、か。『船が壊された』『敵がいる』ぐらいのメッセージはもう母星に届いてるかもしれないね」


「それでは、もうあちらの星では」


「こちらへの攻撃の準備を始めてるかもね」


 重苦しい空気が漂う。ことは一刻を争うかもしれない。僕に何ができるだろう。何をすべきだろう。昨日までただの学生だった僕にできることは、一つしかない。


「青龍で地球から惑星Tー02まで行けますか?」


『肯定』


「青龍で地球から惑星Tー02まで行くにはどれくらいの時間がかかりますか?」


『地球時間で約一日』


「サン、何をするつもりですか?」


 リード様が不安そうに尋ねる。僕は努めて冷静に、自分だけにできる唯一のことを口にした。


「僕が青龍に乗って惑星Tー02に行き、戦争行為をしないように相手に働きかけてきます」


 僕は体の震えを抑えるのに必死だった。リード様は手で口を覆い息を飲んだ。ソーフィさんは、ふうん、と相槌を打った。


「無茶です。昨夜も神樹の助けを借りながら対話を試みましたが、不可能だったではありませんか」


「そんなことはサンもわかって言ってるんだろう。何か勝算があるのかい?」


 ソーフィさんの問いに頷き、昨夜青龍に乗った時に流れ込んできた情報の一つを口にする。


「青龍には、地球からの通信が届かない宇宙での活動を想定して、神樹の機能の一部を宿したスーパーコンピュータ、種子が積まれているそうです。種子を使えば、惑星の生物の会話から情報を集めて、翻訳機を作れるかもしれないと思うんです」


「現地で翻訳機を作って、そのまま停戦交渉をするってことか」


「神樹よ、未知の言語についての情報を集めて、すぐに翻訳プログラムを作るのは、種子の機能で可能ですか?」


 リード様が神樹に問いかける。


『肯定』


 その回答で、僕の覚悟は決まった。

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