第3話 安寧

 神樹の門を出ると、草原の遠く向こうに市街地の明かりが見えた。まっすぐ家に帰る気にもならず、僕は市街地に寄っていった。


 深夜なのに、市街地の大通りは人で溢れていた。構造物に潰されたマンションの住民が、瓦礫の山の前で不安げに集まっている。さらにその様子を近くの建物から出てきた人々が眺めている。そんな人の群れの中心に、緑の輝きを纏う少女が一人、凛と立っていた。


「リード様、私たちはこれからどうなるんですか?」


「あの丸いのと飛んでいた龍はなんなんですか?」


「神樹様の力で家を直してください!」


「あれはもう倒せたんですか?」


「また襲われるんですか、巫女様?」


「リード様!」


「巫女様!」


 詰め掛ける人々を前に、リード様は毅然とした態度で語りかけた。


「皆さま、どうか落ち着いて聞いてください。当座の危険は去りました。破壊された建物は今すぐに復旧します。詳しい情報は明日の朝、大陸全土にお知らせします。ですので、今夜は安心してお休みになってください」


 彼女の穏やかな声音と表情に宥められ、野次馬の大半は帰っていった。残ったのは、家を失った人々だけとなる。リード様は端末を取り出し、操作を始めた。


「それでは、これより建物の復旧作業を開始します。危険ですので、瓦礫から離れていてください」


 リード様の言葉に従い、人々が瓦礫から距離をとる。端末での操作を終えると、リード様も同じように距離をとった。


 やがて、地響きとともに瓦礫の周りの地面から数本の神樹の根が伸び上がる。柱のように太い根は、散らばった瓦礫や建物の残骸に巻きつくと、一瞬で瓦礫全てを水のように吸い取った。根が地中へ戻っていくと、後には何もない更地だけが残される。しかしそのすぐ後に、再び地響きとともに更地からマンションが生えてくる。現れたのは破壊される前と寸分違わぬ建物だった。


「ああ、私の家が!」


「ありがたい。こんなに早く直してくださるなんて」


「これで皆さまも大丈夫ですね。今夜は大変でしたが、ゆっくりお休みになってください」


 再建された我が家に帰っていく住民たちを、リード様は穏やかな表情で見送っていた。しかし彼女の瞳には、隠しきれない疲労と、どこか悲しみに似た色が宿っているように見えた。僕には彼女が抱く感情の意味を聞きにいくことはできなかった。


 僕は市街地の外れにある、母さんが待つ家に帰った。



「ただいま」


 返事はない。部屋の明かりもついていない。母さんは外の騒動に気づかず、眠り続けていたのだろう。今日の夕食では大人しく薬を飲んでくれたから。


「はあ。まあ何事もなくてよかった」


 今夜はいろいろなことがありすぎた。頭も体も血が巡りすぎているみたいにぐらぐらする。自分の部屋までの道のりがひどく長く、冷たく感じる。


 これから僕はどうなるのだろう。神樹にお役目を与えられたなら、もう大人と同じ扱いになるのだろうか。学校にはもう行かなくていいのだろうか。また今夜みたいに戦うんだろうか。考えてもわからないことが、頭の中をぐるぐる巡る。


 気づけば自分の部屋のベッドに倒れ込んでいた。着替えようと考える間もなく僕は眠りに落ちた。



「ははっ、見ろサン。星がたくさん見えるぞ」


「きらきら、いっぱい」


「綺麗ねえ」


「サン、あのたくさんあるきらきらしたのと、サンが今立っている地面は同じ星なんだぞ」


「おんなじ?」


「そう、おんなじだ。この星の名前を、地球っていうんだ」


「ちきゅう」


「ごらん、サン。これが地球だ」


「あおくて、きれい」


「そうねえ、綺麗ね。よく言えたね」


「あっちのたくさんのもきれいだけど、こっちのほうがきれい」


「ああ、そうだな。お父さんも地球が一番好きだ。サン、お父さんはこれから、宇宙に行くんだ。そしたら写真じゃなくて、この目で本物の地球を見てこれるんだ。すごいだろう!」


「すごーい!」


「すごいねえ。だから、ちょっとお父さんとはお別れになるけど、がまんできるよね」


「お父さん宇宙で色んなものを見てきて、サンにたくさんお話してやるからな。お母さんと一緒に、待ってられるか?」


「うん!」

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