第2話 初陣

 神樹の門を潜ると、薄明るく照らされた上り階段が奥へと続いていた。階段へと一歩を踏み出す。足音は壁に吸い込まれほとんど響かない。まるで違う世界に来たかのような感覚に胸がざわめく。それでも、この先に進んで街や人々、母さんを守れるのは僕しかいないと、自分自身を奮い立たせる。


 やがて、階段の先のひときわ明るい空間にたどり着いた。人ひとりが立てるほどの何もない部屋が、僕を迎え入れるように待ち構えている。僕はためらいつつも部屋の真ん中まで歩いていった。


 すると、部屋の入口が縁から伸びてきた枝や蔦によって塞がれると同時に、部屋の中を照らす光が一層強くなった。僕は思わず目を閉じ、光の中にのまれていくのを感じた。


 光の中で、僕の脳内に大量の情報の波が流れ込んでくる。学校の授業数十コマ分ほどもあるかと感じられる情報は、これから僕が乗る星間戦争用兵器の操作法であり、操縦時の体の感覚であり、砲撃の弾道予測であった。光の中にいるほんの数秒の間に、僕はこれから乗る兵器についての知識を知り尽くしていた。


 部屋を満たしていた光が収まり、目を開くと、僕は星間戦争用兵器のコクピットの中にいた。いつの間に着替えたのか、ヘルメットとライダースーツのような肌に張り付く服を全身に纏っていた。正面のモニターには今まさに市街地を破壊している構造物が映し出されている。やるべきことも、できることもはっきりしている。もはや一刻の猶予もない。


「僕が、やるしかないんだ」


 僕はモニターに映る構造物を睨みつけ、兵器の発進キーを押した。


「――青龍、出撃します!」


 神樹の枝の先端から飛び出した兵器は、おとぎ話の龍のような形状をしていた。翼はなく、巨大な蛇のような胴体に鉤爪のついた短い手足が一対ずつ生えている。しかしそれは生物ではなく、全身は種々の合金で作られ、複数のブースターが生み出す推進力によって空を飛ぶ。


 市街地では、回転し落下する構造物が、立ち並ぶマンションやビル群を完全に押し潰していた。建物の周囲では避難した人々が、慣れ親しんだ建物が瓦礫へと圧搾されていく様を呆然と見上げている。


「やめろおおおっ!」


 風を切り空を駆け抜け、勢いに任せて敵の横腹から突き上げるように頭を叩きつける。ビル群にめり込んでいた敵が浮き上がり、体を斜めに傾けたまま空中で動きを止めた。


「止まった……? なら、今のうちに市街地から引き離さないと」


 構造物を囲む花弁のような棒状の物体を、青龍の顎で掴み、そのまま引き上げようとした、その時だった。


 屈曲し花弁のような形をとっていた幾本もの棒が、一斉に弾けるように伸びあがった。衝撃で顎の締まりが外れ、距離を取らされる。


「そう簡単にいくわけないか」


 空中で回転を再開した構造物は、伸ばした棒を槍のように一点で束ね、先端をまっすぐにこちらへと向けてきた。それは顔も目も持たない相手の、明確な敵対行動だった。


「くっ。なんだよ、突然やってきて」


 見たこともない巨大な存在から向けられる敵意に、内臓をわしづかみにされたような緊張感が走る。なにせ僕は喧嘩もろくにした経験もない、青龍という兵器を与えられたばかりの、ただの十五歳の子供でしかない。


 しかし当然、敵は僕が大人になるのを待ってくれはしない。高速で回転を続ける槍を向け、構造物は砲弾のように突進してくる。


「うわっ! 来るなあっ!」


 とっさに体を翻そうとするが、うまくいかない。槍が青龍の脇腹に突き刺さる。青龍の船体と僕の意識のリンクを通じて、脇腹に異物感が走る。


「くっそお、離れろっ!」


 脇腹に穴を穿とうとする敵を、全身を波打たせるようにして振り払う。幸い、傷はそれほど深くないようだ。しかし、全身にいやな汗をかいている気がする。


 これを、どうすればいいのか。自分に、どうにかできるのか。どうすれば終わりなのか。今更のような疑問が思考を淀ませていく。逡巡している間にも敵は次の攻撃の準備なのか、槍をこちらに向けて回転している。次の攻撃はどうかわせばいい。かわした後、どう反撃すればいい。速く、考えろ、速く、速く、速く!


「落ち着いて、サン!」


 凛とした声が、コクピットに響く。彼女の声は、不安と焦りに支配されていた僕の思考を透き通ったものにしてくれた。


 再び構造物が迫りくる。しかし動きは前と同じ単調なものだ。僕が青龍を急上昇させると、槍は空を切り、やがて空中で動きを止めた。


「そう。まずは攻撃をいなしつつ、市街地から離れることだけを考えましょう」


 コクピットに再び声が響く。視界の隅に小さなウィンドウが浮かび、その向こうから緑色の少女が語りかけてきていた。


「リード様? どこから?」


「はい。私は今神樹の中からあなたに通信をおこなっています。ここから神樹の力を借りてあなたを援護します」


 会話の間にも、敵は体勢を整えて次の一撃を放とうとしている。けれど、今度はさっきのように頭が真っ白にはならなかった。細かく移動を繰り返して、敵に照準を定めさせない。一人で戦っているのではないと思えるだけで、緊張はずいぶんとほぐれてくれた。


「神樹の方に誘導してください。こちらには民家はありませんし、援護もしやすくなります」


「わかりました。やってみます」


 つかず離れずの距離を保ちながら、敵の向きを神樹のある草原の方角へと誘導する。僕が動きを止めた瞬間、敵が間髪入れずに突進してくるのを上昇して避ける。敵が再び照準を定めるより前に、神樹の側を向くように回り込む。これを繰り返し、少しずつ少しずつ、敵を市街地から遠ざけていった。


「それで、リード様。これをどうすればいいでしょう」


「わかりません。神樹の情報を調べても、あの構造物と一致するものは見つかりませんでした。ですが、会話や通信による意思疎通が不可能であり、市街地やあなたに対して敵対行為をとる以上、破壊、あるいは捕獲して動きを止めるほかないのだけは確かです」


「破壊、ですか。見たところ正面からは厳しそうです」


 断続的にこちらへの追撃を行う構造物に目をやる。回転しているからはっきりとはわからないが、最初にくらわせた頭突きは敵の胴体に傷一つつけていないようだ。あれが生物であれ兵器であれ、かなり頑丈な外殻をしているのは明らかだ。


「狙うとしたら、あの棒、でしょうか」


「そうですね。便宜的に『腕』と呼びましょうか。神樹からの観測では十二本が確認できています。曲げ伸ばしや根元から角度を変えられる以上、他の部分より柔軟にできているはずです。それに腕が無くなればこちらに危害を加えるのも難しくなり、捕獲も可能になるかもしれません」


 青龍の手足に備わった鉤爪を確認する。敵の腕を掴むのには十分な大きさだ。しかし、高速で動き回る敵を捕まえて破壊できるかといえば、自信はない。そんな僕の考えを察してか、コクピットにリード様の声が響く。


「まずはこちらで敵の動きを止めます。サンは指定のポイントまで敵を誘導して、攻撃を誘ってください」


 ウィンドウに周辺の地図が表示され、青龍と敵の現在地から神樹の方角へ少し進んだところに赤い線が表示される。


「敵の攻撃がこの線を越えるように。できますか?」


 一人で戦っているんじゃないと、改めて感じる。不安は消えていた。


「はい。やってみせます!」


 一撃。地形と目的地を意識しながら攻撃をかわす。


 二撃。間一髪、胴体を敵の腕がかすめていく。しかし、指定されたポイントへの誘導は完了した。


「リード様、今です!」


「上に避けて、サン!」


 敵が続く攻撃動作に移る直前に、リード様の声が響いた。


 次の瞬間、響き渡る金属音と共に巨大な壁が出現する。地面から生えた無数の鉄線が、布を織るように幾重にも絡み合い、鉄線の布が何重にも重なって一枚の壁を形作った。


 すでに青龍に対する攻撃動作に入っていた敵は、突然出現した壁へとそのまま突っ込んでいく。束ねられ回転する槍と化していた十二本の腕は、壁を形成する鉄線に巻き取られ、動きを止めた。


「サン、お願いします!」


「ありがとうございます! いきます!」


 上空から青龍が敵めがけて突貫する。狙うは絡めとられた腕の付け根。鉤爪の力に推進力と自重を加え、一気に数本の腕を根本から引き千切る。


 バズン、と重い音と共に敵の腕が千切れ飛ぶ。破壊した腕は五本。まだ七本も残っている。放っておけばじきに鉄線の壁から抜け出して反撃してくるだろう。その前に畳みかける!


 壁から抜け出ようとする敵の姿、その一点に目が留まる。引き千切った腕の付け根の装甲が破れ、内部が露出していた。


「あそこからなら!」


 再び距離を詰め、敵に取り付く。壁から抜け出し、こちらに伸びてきた腕を鉤爪で捕らえながら、敵の装甲の傷口に青龍の顎を押し当てる。


「種弾、発射!」


 立て続けに三発、青龍の口から砲弾が射出される。砲弾が敵の内部に撃ち込まれたのを確認し、すぐに距離をとった。


 傷口から敵内部に打ち込まれた種弾が、数瞬のうちに爆散する。その名のごとく、種が芽吹き根と枝を伸ばすように、特殊な形状記憶合金でできた鋼線を四方八方へと拡散させた。ガギギギギギン、という音とともに、構造物のあちこちに内側から貫通してきた鋼線が生えてくる。


 鉄線の壁から抜け出そうとしていた敵は、動きを止めた。やがて、浮き上がるための動力機関が止まったのか、崩れ落ちるように重力に引かれて地面へと落下していった。


 しばらくの沈黙の後、コクピットに穏やかな声が響いた。

「ありがとうございます、サン。私たちの勝利です」


 全身から力が抜け、操縦席に崩れ落ちそうになる。静かな労いの言葉も、ほとんど頭には入ってこなかった。


「そのまま神樹に帰投して、あとは家でゆっくり疲れを癒やしてください。本当にお疲れさまでした。ありがとう」


 感謝の言葉を最後に、通信は閉じられた。破壊された市街地の復興など、神樹の巫女であるリード様には他にも仕事があるのだろう。


「家、か。母さんは無事だったかな」


 言葉にすると、心の内側がついさっきまでの熱を急速に失って、冷たくざらついた感情が胸の奥にふつふつと湧いてくる。僕はそれをかみ殺して、青龍を発着場へと飛ばした。

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