第28話 硬式死刑①

かつて「しけい」という遊びがあった。

名称の「しけい」とは文字通り罰ゲームの「死刑」に由来する。地域によっては、ボール捕球時に発する「止まれ」の掛声がそのまま遊びの名前になっている地域もある。他にも「こしけ」「屋根ゴロ」「名前呼び」などの異称がある。

参加者はじゃんけんで最初にボールを投げる者を決定する。

最初の投球者は屋根の上にボールを投げ上げ、同時に、他の参加者の名前(若しくは番号)、すなわち「次のオニにしたい者」を宣言する。

オニ以外の者は投球と同時に任意の方向へ逃亡すると共に、オニはボールを捕球に行く。地面に落とさず直接捕球できた場合、すぐさま屋根の上にボールを投げ、次のオニを宣言することができる。

オニが直接捕球できなかった場合、ボールを捕球した時点で「止まれ!(あるいは”ストップ!”などそれに類ずる言葉)」を宣言する。逃亡者は掛声と共にその場に停止しなければならない。

オニは逃亡者に対してボールを投げ、当たればオニが入れ替わる。投げられた方は両足を地に着けたまま体をよじるなどして回避するか、捕球に成功すればオニにはならない。

このとき新たに決定されたオニにはペナルティが課され、このペナルティが規定の回数累積(多くは数点程度)した参加者は敗北し、罰ゲームの対象となる。地方よるが、1回目のペナルティを「いち(1)けい」と称し、以下「に(2)けい」「さん(3)けい」となり4度目の「し(4)けい」となった時点で罰ゲームの対象となることがこの遊びの名の由来になっている。

「しけい」の者は壁に大の字に張り付き、ひじから上とスナップだけでボールを壁に当て、ボールのころがりが止まった場所が「しけい」執行線になる。

「しけい」の者は、執行線からみんなに思い切りボールをぶつけられる。

⚠現在ではとても流行りそうにない残酷な遊びである。

それぞれ違うメジャーリーグのベースボールキャップを被り、大型サイズの黒いマスクをした男五人がこの時期に使われていない進学校の体育館に集められた。それぞれが、ヤンキース、エンゼルス、タイガース、マリナーズ、マーリンズのベースボールキャップをかぶっている。ニューヨークヤンキースの帽子をかぶる男はで190センチはある長身で細身の男、ロサンゼルスエンゼルスの帽子をかぶる男は、170センチほどの中肉中背だがどことなく猫背で、見た感じ周りよりも年配な感じはある。デトロイトタイガースの帽子をかぶる男は、180センチほであり、アメフトでもやっているかのような巨漢ねガッチリした男である。シアトルマリナーズの帽子をかぶる男は、身長165センチほどの小柄な男。マイアミマーリンズの帽子をかぶる男は、180センチほどの長身だが、ヤンキースの帽子の男よりも少し痩せた印象である。それぞれ五人の男性は目指し帽を深くかぶり、マスクをしているので、瞳の形しか分からないが、自然と誰か分かっているような立ち振る舞いであった。

『皆様、ようこそお越し頂きました』

『それでは、ルールを説明します』

館内に若い男性のような声が放送用のスピーカーを通して鳴り響いた。

『貴方達の記憶にある。十年前の忌まわしい記憶、過去にあった因縁、それを清算するためにお集まり頂きました』

五人はお互いに面識に心当たりがあるのか、周りの面子を見渡しながら、頷いたり、指を指したり、よおっと右手を挙げたりしている。

またある者は投球フォームをモノマネしたりして戯けていて、とても過去に因縁があるようには見えないが、エンゼルスの帽子をかぶる老齢の男だけは身震いし、誰とも目を合わさなかった。

『これから皆さんには、小学生時代に流行った遊び「しけい」を実行して頂きます』

途端に体育館に不穏な空気が淀みだし、五人はお互いに顔を見合わせる。

スピーカーから聞こえる声は「しけい」というゲームのルール説明を繰り返す。

『お互いの呼び名は、被っている帽子の球団名とします。「ヤンキー」「エンゼル」「タイガー」「マーリン」「マリナー」を呼び名と致します』束の間、五人はお互いを見比べる。

『特別ルールとして、本名を呼ばれた時、呼ばれた者はボールを獲りにいき、落として鬼になり、当てることも失敗した場合、2ポイント減点となります。また、本名の呼び間違えなどは、お手つきで2ポイント減点となります』

ヤンキースの帽子の男が手を上げた。

『例えば、この人が佐藤さんって名前だとして、僕が佐藤さんの名前を呼んで、壁に当てたボールか落ちて、佐藤さんが、逃げた相手にボールを当てそこねたら、佐藤さんにマイナス2ポイントつくってことですか?』ヤンキースがマリナーズの帽子を指差し質問した。

『その通り、そして佐藤さん(仮名)が当てた場合は、当てられた方にマイナス2ポイント すなわちに(2)けいになりますね』

スピーカーの声の主はさらに続ける。

『ちなみにボールを当てる場所は、バスケットボールのゴールリングを外したボード部分とします』

五人は一斉に体育館内のバスケのゴールに視線を移す。

『そして使用するボールは、高校野球で使う硬式球です。貴方達にはお馴染みですよね』

『そして名前を呼ぶタイミングは必ず的に当たる前に、言うように…もし当たってから言った場合はペナルティとして、マイナス3ポイントとします』

魔道士のようなマントを着た者が、グローブ5つと野球の硬式球を持って体育館に現れた。

『受ける側は、グラブを使って回避して頂いても大丈夫です。ただし、し(4)けいは回避不可能です』

魔道士はグラブを五人に配り、ボールを右手に持つと高く持ち上げた。

『ではこれより、最初に投げる者を決めて頂きます』

魔道士は、ゴルフコースで打順を決めるスチール製のスティックを予め用意し、軽くファローシャッフルした後に、番号が見えないように五本のスティックを突き出した。

恐る恐るヤンキーから順番に引いていく。

五人が引き終わり、スティックを確認すると、タイガーのスティックは線が一本しか入っていなかった。

『まずは、タイガーさんから初投して頂きます。』

タイガーは魔道士からボールを受け取ると、残った四人を見たあと、バスケットボールのゴールのボードに向かい、慣れた手つきでボールを投げ込んだ。

『では、始めましょう!10年前の因縁の清算を』

魔道士は大きく手を広げた。


 硬式死刑②へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る