尿意の境地

「理解すること」、それを放棄ほうきしてしまった自身の意識。そこに人間としての知性は見受けられず、あるのはただ呆然と絶望に身を浸す、目のハイライトを失ってしまった、さながら植物人間。

これが環境に適応できなかった生物の成れの果て、敗北者である。


だがしかし、そんな負け組こと「俺」にも、「理解すること」を諦めてしまった俺にも、一つ、たった一つだけ、わかったことがある。

いや、「理解すること」を諦めたからこそ、わかったというべきか。

何故かは分からない。もとより分かろうともしていない。

ただ、感じる。ただ、伝わる。ただ、わかる。

嗚呼……。

人間、どれだけ不幸に苛まれようとも、どれだけ絶望しようとも、


「トイレには、行きたくなるんだなぁ……。」


–––––––––と。


かくして、尿意に支配されてしまった俺の脳は、「もぉどうにでもなればいいや…」なる絶望感を瞬く間に吹き飛ばし、「うぉぉぉぉぉぉぉ!トイレ行きてェェェェェェィ!!!!」なる願望を瞬く間に、しかも強烈に、生み出し、定着させた。


–––––––––と、とにかく、トイレに行かねば! トイレに行かねばならない!

まだ人生半ばなのに! こんな、こんな所で! こんな声で! しかもこんなポーズで! あ、あんなこと––––––––– 「おもらし」をしてしまうなど!! 

絶対に!! 絶対にあってはならないのだァ–––––––––––––!!!!!!

と、もうほとんど失いかけていた、残りカス程度の「尊厳そんげん」を胸に宿やどし、悠然ゆうぜんと、一歩を踏み出した。

–––––––––若干足をもじもじさせながら……。

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