朝霧の駆けっこ
朝―――まだ日も登らないほど早くに俺は目を覚ます。
みんなを起こすのは申し訳ないから、目覚ましの類はつけない。
そんなものがなくても起きれてしまう所が社畜の誇れるところであり、同時に悲しい所だ。
「けど、まだ自分からやる気になれてるだけあの頃よりはマシだな」
誰に言うのやら、俺の言葉は朝霧の中に消える。
肌を刺すこの寒さにももう親近感を覚えてきた。
「おはよう。モームさん」
「ああ、タツミ殿。お早いお目覚めですな」
「アンタほどじゃない」
村の外れで待つモームさんとそんな朝の会話をする。
こんな時間から俺より早く起きてる時点で十二分にこの人の方が凄い。
「それでは、本日も剣の修行を始める前に体を慣らしますか」
モームさんは俺の頭の上に乗る。
もうこの人ここが定位置になりつつあるよな。
「軽くこの村を三周してください」
「なんか段々距離増えてないか?」
「私から見てタツミ殿の成長を考えた結果ですぞ」
俺はそう褒められるのを最後に走り出した。
冷えた空気が頬を撫で、汗が額を伝う。
「時に、タツミ殿」
「ん、何だ?」
「ふと思ったのですが、タツミ殿は力加減の調整が苦手なお人ですかな?」
「え、何で?」
唐突に聞かれるから、俺はとっさに聞き返してしまう。
「剣筋としては見事なものです。それに、その勢いもまた素晴らしい。ですが、その凄まじすぎる勢いは時に己と共に戦場を駆ける仲間も傷付けてしまいます」
「……」
俺は確かにと思った。
これまでは基本的にリリと遠距離のリリと、近距離の俺でやっていけてるけど、今回のゴブリン討伐がもしもかなりの大人数でのものになるなら俺にはもっと斬るべき敵だけを斬れるようにならないといけない。
「ま、確かにそれには一理あるな」
「物わかりの良いお人だ。まあ安心なされ、力の使い方についても私に教えられることはお教えします」
「そりゃあありがてえや」
そんな話をしていると、後方から足音が聞こえてきた。
「こんな時間に起きてるやつが俺達以外のも居るんだな」
「そのようですな」
「あれ、てかこの足音…」
段々俺達の方に近づいている気がする。
「カーナター」
可愛らしい声を上げ、とても可愛くない武器を持ったリリがこちらに走ってくるではない。
……殺される?
「逃げよう」
俺は一目散に走り出した。
「あ! カナタ、待ってくださいよー!」
だが、さすがに冒険者。
リリも俺に負けじと速度を上げてくる。
だが、体力勝負なら俺に分がある!
リリは俺に比べて体力はない、このまま走り続ければすぐにスタミナが尽きるはずだ。
「待ちなさいタツミ殿」
「ぶっ!」
だが、モームさんは俺の前に垂れてきて目の前を覆った。
その拍子に俺はその場で尻餅を着いてしまう。
「捕まえましたよ」
ガっとリリに肩を掴まれる。
その時の彼女の表情に、背筋がゾッとしたのは言うまでもない。
「殺さないでくれー!」
「殺しませんよ! 私を何だと思ってるんですか!?」
「そんな武器持って追いかけられたら誰だって怖いわ!」
「私もカナタと一緒にモームさんの教えを受けに来たんです!」
「へ?」
俺がモームさんを見ると彼は笑っていた。
この感じ、さては知ってたな。
「リリ殿から先日このお話を受けましてな。少々タツミ殿を驚かせようと思い、言わないでおきました。年寄りのほんのお遊びです」
それは先に言って欲しかったな。
「けど、モームさんは剣以外も教えられるのか?」
「一番得意なのはもちろん剣でしたが、それでも教えられることはそれ以外にも沢山あります。それに、基礎能力を向上させるうえでも、よろしいかと思いましてな」
「まあ、確かにそうだな」
「そうでしょうそうでしょう! 私はこの修行の果てに、必殺技を手に入れるんです」
「「………はい?」」
俺とモームさんの声が重なる。
どうやら、今後の修行には、夢見る乙女が追加されたようです。
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