スライム登場

 あれだけ威勢のいい啖呵を切ったものの―――。


「これはどうしようもねえ!」


 俺は目の前で涎たらしながらこちらを煌々とし目で見つめてくるローチクロコダイル(以下長いからワニ)から距離を取って叫ぶ。

 だが、敵は肉に飢えた魔物。

 俺の帰ってほしいという気持ちなど到底汲んでくれるわけもない。

 いや、逆にそんな弱気だと簡単に食われるかも…。


「ガアッ!!」


「ぎゃああああ!」


 ワニの突撃。

 ローチという名と、黒光りする鱗からなんとなく予想は付いてたが、直線的かつとてつもない速度から確信した。

 こいつはゴキブリだ。

 都民ならそのほとんどが存在を嫌い、異常な生命力と繁殖力を持つあの生き物。

 さすがに大きさのせいか、奴ほどの速度は無い。

 だが、テレビ番組とかでよく見る大型のワニの体格で突撃してくるのだからその威力はもう凄い。

 

 現に、俺の後ろに位置していた大木はものの見事に嚙み倒された。

 うん、噛まれたら死ぬ。

 

「さて、どうする……いや、ホントにどうしよう…」


 ここにリリが居てくれれば矢でアイツの目を潰して、その隙に脱出という手段が取れたものの、ここにその彼女は居ないから無理。

 正直あのお姉さんの前だから見え張った感じあるし、攻撃しようにもあの咬筋力と突進力に自分から突っ込むのは素直に自殺行為だし、けどそれしないとスタミナ切れで結局アイツの腹の中。


 迷ってる場合じゃない!

 俺は意を決して大木に嚙みつくワニに飛び込んだ。

 あの硬そうな鱗に刃が通るのかっていうのは試すしかない。

 俺は奴がイタズラに振る尻尾に向けて剣を振り下ろした。


「ハアッ!」


 上から下に振り下ろされる一閃。

 と言えば聞こえはいいが、実際にはただの振り下ろしだ。

 だが、持ち前のスキルのおかげでこんな初歩的な物でもそこら辺の魔物なら一撃で殺せるくらいには強い。


 つまりだ―――それでも尻尾を切断できないこいつは、そこら辺で済ませて良いよう魔物じゃないらしいです。


「嘘でしょう!?」


「ガアッ!?」


 俺は剣ごと尻尾に投げ飛ばされ、間一髪で立ち直る。

 そして、切断は出来なかったがそれでも半分ほどまでは刃を通されたことで沸点に届いてしまった様で、ワニも大木を嚙み砕いて俺を見つける。


 今日の教訓―――思いつきの攻撃はやめましょう。

 そんなこと言ってる場合じゃねえ!


「はい、はい、はいいいいいいい!!!!」


 俺を食おうと何度も噛みついてくるワニ。

 それを辛くも躱し続ける俺。

 周りの人間は滑稽と笑うかもしれないが、そんな嘲笑よりも命は優先させるべき、躱せるならなんでもいい!


「恐れるな近づきなさい!」


「!?」


 上から突然する声。

 その声の主に目を向けたいが、さすがにこの状況で余所見が出来るような実力を持った覚えはない。


「その魔物は自身の外側を鎧の様に硬い鱗で覆った生き物。その色は硬さに応じて茶色から黒へと変色していく。だから安易に鱗のある箇所への攻撃は逆効果ですぞ!」


 そんなこと言ってもよ!

 俺はそう反論したかったが、声を出すのも惜しいこの状況、言い返すことが出来なかった。


「だが、全身をその硬い鱗で覆う事は不可能! その魔物にはどうしても鱗で覆う事の出来ない箇所があるのです! そこを攻撃しなさい!」


 上からずっと言い続ける声。

 逃げるように躱し、なんとか声を出した。


「んな事言ってもなあ! その急所がどこか分からねえからこうしてピンチなんだろうがよ!」


 そう反論する声。

 

「だから言ったでしょう。恐れるな近づきなさいと」


 静かに俺に返す声。

 近づけったって、近づいたところでどうにも―――いや、待てよ。

 諦めかけた俺の頭に一つ降りる考え。

 確かに、一か所だけ、攻撃が難しい代わりに鱗で覆われていないであろう箇所があった。


「……ぷふー、やるしかねえ」


 俺は何度目かになるが、大木を背にしてワニに向き合う。

 剣だけでなく、俺の身も低く構える。

 狙いは一点、腹部だ。

 腹なら鱗には覆われていないんじゃないか等というとても安易な考え、だけど危険な賭けでも挑まないと死ぬ。

 だからやるしかない…!


「来い、このワニ野郎!」


 俺の挑発なんて理解はできないだろうが、俺はそう吐き捨てた。

 これまでで分かったのは、やはり奴はワニであり、ゴキブリであるという事。

 だからこそ、奴はあの突進で急な方向転換が出来ない。

 これまで最初の一回目、次に吹っ飛ばされてからの二回目。

 計二回というとても少ないデータだが、それでもその程度のわらにしか今はすがれない。


「ガアッ!」


 俺に飛び込むワニ。

 目の前にある牙に捕まらないよう、俺は一斉に姿勢を下げた。

 そして、奴の腹部目がけて剣を通す。

 そして奴の腹部から剣を通して赤い鮮血が―――。


「なんでだよー!?」


 滴り落ちませんでした。

 いや、刺さったよ。

 刺さりはしたんだよ?

 腹部までビッシリ覆われた奴の鱗にね。


「近づけ、とは言いましたが腹部が弱点なんて言っておりませんぞ」


「じゃあ弱点を教えてくれよ!」


 俺は急いで剣を抜き、納める。

 そしてワニの腹部にしがみついた。

 あ、意外と良い抱き心地。

 コアラの赤ちゃんってこんな感じなのかな?


「狙いは良かったですぞ。しかし、潜り込みすぎましたな。もう一度やってみなされ、貴方にはそこそこの素質が見受けられます」


「それはどうもありがとよ!」


 本当に腹部に潜り込めたのは幸運だった。

 ここならワニの牙や爪に捕まる事もなく、最後の懸念点だった尻尾ですらさっきの一撃で半分お飾りで到底使い物にはなっていない。

 だが同時に俺から攻撃も出来ない。

 この状況でどうやって他にある弱点を見つけろって言うんだ!


 しかし、俺はそこでもう一度、いや、今度こそ奴の弱点であり刃が通る箇所を見つけた。


「今度こそ……ハアアアアアッ!!」


 俺は地面に背中からダイブし、奴の口角部へと剣を刺した。

 他の二か所と違い、その箇所はまるでマシュマロの様に軽く通った。

 そして、そこが弱点であったことはワニの反応自体が語ってくれている。

 奴は今までに見せない反応で動きが激しくなり、俺の体も宙に浮く。


 だけど、せっかく掴んだチャンス―――逃してなるものか!

 俺は力を込めて口角部から後ろへと剣を進める。

 口から溢れる血の温かさ、そしてその臭さにやられながらもワニに止めを刺しにか掛かる。

 

「そう、それでいいのですぞ」


 上からそんな静かな声で言った気がしたが、俺にはそんなの反応できない。

 そして、ワニは奴の血によって出来た血だまりの中で動きを止めた。

 目も虚空を見つめ、尻尾もピクリとすら動かない。

 だが、安心は出来ないと俺は剣を握る。


「安心しなさい。もう死んでいますぞ。お疲れ様です」


 上から段々と大きくなる声。

 ようやく俺は、その正体を見ることが出来た。

 白く透き通った体、プルンとした瑞々しい姿。

 そして、見事なまでに流線型のスライムがそこには居た。


「スライムかい!」


「おや、その様子ですと、他にスライムを見たことが?」


「あ、ああ。見たというか、その人の案内でここまで来たというか」


「それはそれは。ですが、何の目的でここまで来たのかは分かりませんが、貴方程度の力の持ち主ならばなんとか大丈夫でしょう。ローチクロコダイルをお一人で仕留めたのですから、私が保証します。ご安心なさい」


 白いスライムが俺に言う。

 スライムってレイナさんみたいな人間の姿だけじゃなくて、俺の知ってるこういうのも居るんだな。


「さて、それでは次に、このローチクロコダイルの剥ぎ取りをお任せできますか?」


「え?」


「私は何分こんな身なので、剥ぎ取りはおろか武器すら持てないのです。ですから、貴方にお願いしたい」


「いやー、別にいいけど、俺剥ぎ取りなんてしたことないぞ?」


 今までの依頼は魔物の一部を持って行けば完了と見なしてくれたし。

 サイクロプス時なら爪、暴豚の時なら牙、とかな。

 まあ一応は見なしだからその後は正式に確認する人が出張って、虚偽の報告ならその後俺達の元に来たり冒険者の資格を剥奪されるらしい。

 ま、俺達の場合はちゃんと達成してるから問題ないけど。


「大丈夫です。ここはキッチリ私が指示しますので」


 それならいいかと思い、俺はスライムさんに教えられながらワニを剥ぎ取り、もとい解体しまくった。


「解体したはいいけど、さすがに俺もワニ一匹分の荷物なんて持てないぞ」


「安心しなされ、この先に私の村があります。そこの者に頼むことにしましょう。案内します」


 スライムは俺の前に出て言った。

 村……?


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 案内されること一時間ちょっと。

 俺はようやくそのスライムが暮らす村に着いた。

 

「ここか?」


「左様。ですが、ご覧の様に少し問題を抱えておりましてな」


 少し、という問題じゃないような気がするぞ。

 俺は目の前に広がる惨状を見つめる。

 倒れた家屋、傷付いた人、燃え上がる畑―――。

 これは少しで片付けていい問題じゃないはずだ。


「何事だ?」


「ハッハッハ。旅の人には語るべきではないかもしれません。貴女が倒したローチクロコダイルのおかげで、多少ではありますが、食料の足しにはなるかと思います」


「カナタ!」


「タツミさん!」


 表情は無いが、悲しそうな声で言うスライムさんの上から俺を呼ぶ声がした。

 とても聞きなれた声が二つ。

 俺がその方を見るとこちらに駆け寄るリリとレイナさんがいた。


「リリ! レイナさ…ぐううおおっ!」


 彼女たちの名を呼ぼうとするが、勢いをつけた彼女たちに抱き着かれた俺は最後まで喋れずに地面に頭を打つ。

 すっごい痛い…。


「二人とも、無事だったんだな」


「はい! カナタのおかげで、御者の方も無事です!。先ほど帰られましたよ」


 リリが俺に説明してくれる。

 どうやら死傷者は俺以外に居ないようで安心した。

 まあ、俺も俺でさっきの二人の抱き着きによるダメージだけど。


「まあ、何はともあれ安心だ。大丈夫、あのワニはちゃんと討伐した」


「ローチクロコダイルをですか!? あれは冒険者のランクとしては8以上方でも難しい魔物ですよ!?」


 えー、俺そんなのに無鉄砲で向かったの?

 一歩間違えたらどころか生きてた方が奇跡じゃん。

 つか、このスライムさん居なかったら俺は確実に死んでたよ。


「ああ。実はこのスライムさんのおかげで難を逃れたんだ。俺の実力じゃないさ」


「いえいえ、私はほんの少しだけ助言したまでです。ローチクロコダイルを討伐したのは、間違いなくあなたの実力です。驕るのはいけませんが、誇るのはいいかもしれませんぞ?」


 スライムさんの物腰の柔らかい言い方が安心する。

 まあ、悪いけど本当に俺の実力じゃない。

 討伐できたのはスライムさんのアドバイスと正体不明のチートスキルのおかげだ。

 そこに慢心も誇りも持つ気は無い。


「あの、こちらの方は?」


「ああ。名前も知らないけど、スライムさん」


 その可哀想な者を見る目を止めろ。

 しょうがないだろ、本当に名前も知らないんだから。


「お、お爺ちゃん!? 何してるの、ここで!?」


 だが、誰よりも驚いたのはレイナさんだった。

 そして、


「おお、レイナか? 大きくなったな。それに、ちゃんと成長もしているようだ」


 スライムさんもそう返す。

 目とか無いけど、一体何を持って成長したと言ってるのだろうか?


「も、もう! どこ見てるのよ!?」


 レイナさんは何かを感じ取ったようだが、俺達は置いてけぼりだ。

 まあ、別にいいけど。


「ああ、すみませんタツミさん。色々と遅れてしまいました。……ようこそ、私の故郷である、ファンタジアへ」


 レイナさんはさっきまでとは打って変わって静かに言った。

 やっぱり、今回も一騒動ありそうだなと思いました。


◇◇◇後書き◇◇◇


今回も読んで下さりありがとうございます!

皆様からのレビュー、感想、応援、フォローお待ちしております!


それではまた次回でお会いしましょう!





 

 

 




 

 

 

 

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