女性らしさ

 早朝。

 俺はまだ寝ているリリを起こさずに家から出る。

 朝霧に包まれた景色に肌寒さを覚えながら、俺は鞘に仕舞ったままの剣を取り出す。


「どうせ、今回も戦闘沙汰になるだろうしな」


 俺はこれまでの経験から剣を振った。

 鉄で出来ている剣だから、当然木剣よりは重いが、それでもあの重力魔術を掛けられた状態と比べたら軽いものだ。


「にしても……これはどうしたもんか」


 俺は誰にもバレないの良い事にその場でポケットを開く。

 そして、自分の取ったスキルの内の一つを見つめる。


「まあ、元々不明な物だから今更驚かないが、これはどうしたものか」


 その中の一つ―――魔帝のスキルだ。

 俺はずっと前、それこそエレインに指導を受けている最中にこのスキルを取った。

 重力魔術なんて便利そうなものを見せてもらったし、近くにはミゲルっていう魔術の天才みたいな子も居た。

 だから取るならばここと思って取得したのだが―――。


「―――我が身を覆う風よ。鋭き刃となりて、彼の者たちを切り裂け。―――風切刃スラスト


 俺はいつぞやミゲルが見せた風の魔術を模倣して詠唱する。

 だが、その場に出たのは俺の声だけ。

 風の刃どころか、風が吹く事すら叶わなかった。

 そう、つまりは魔帝のスキルを取得までしたのに魔術が使えないのだ。


「なんか間違ってるのかな?」


 そんな疑問を抱くが、同時にまあ仕方ないかとも思う自分も居る。

 さっきも言ったけど、元々正体不明のスキルだし。

 それにチートみたいなスキルだと言っても、持ってる俺自体はただの社畜。

 つまりは凡人だ。

 きっと魔力とかそんな感じのものが最初はなから無いのだろう。

 俺は勝手に結論付けていた。

 まあ、正直異世界とやらに来たんだし、昔やったゲームみたいに魔術とか魔法とか使ってみたい気持ちが無いと言えば嘘になるが、それでも出来ないものを嘆いても仕方ない。

 ある物を使う事くらいしか凡人には出来ないのだ。

 俺はそう納得させ、剣を振り続ける。


「とは言っても、目標無いまま振っても意味無いしな。……よし、とりあえずは無理なく五十回くらいから始めよう。朝早いし、今日が自主練初めてだし」


 誰に語っているのやら、俺は勝手に目標を決めて勝手に自主練を始めた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「おふぁようござぁいます~…」


「おう、リリおはよう。寝癖ひどいぞ」


 髪をボサボサにして起きるリリ。

 かつては部屋が違っていたから分からなかったが、こいつは寝起きがひどい。

 機嫌が悪くなるとかじゃなくとにかく目覚めるまでに時間がかかるのだ。

 この前の倉庫の時もそうだ。

 何度こいつの裏拳に文字通り叩き起こされたことか。


「風呂入ってこーい」


「は~い…」


 俺に言われるがままリリは風呂に向かう。

 今日からしばらくこの家ともおさらば。

 レイナさんの故郷までは馬車でも数日かかるらしい。

 そんなに遠くから彼女は態々この国まで足を運んできたのは、素直に尊敬するとしか言えない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 馬車に揺られながら、俺達は席に着いている。

 俺の前方にはリリとレイナさん。

 横には俺達の荷物が所狭しと置かれている。

 中でも多いのは、レイナさんの荷物だ。


「なんですかこの量は?」


 俺は眼前で山盛りになっている荷物について聞く。


「い、いやー、せっかくの帰省なので、里のみんなにお土産をと思ったらこんなことに」


 レイナさんはあははと顔を掻く。

 それにしたってこれは多すぎだろ…。

 

「それにしても、私スライムの里なんて初めてですよ」


 リリが窓から顔を乗り出して言う。

 

「俺も初めてだな。どんな所なんですか?」


「至って普通な所ですよ。強いていえば農業が主流なところが売り……ですかね」


 レイナさんは俺達にそう説明する。

 そんなThe・田舎みたいな所でどうしてゴタゴタが発生するのか詳しく聞きたいが、もう馬車に乗ってしまったからにはせめて着くまでのお楽しみにしておこう。

 俺はこの窓から見える景色を楽しむことにした。

 思えば、この世界に来てからこうして景色を楽しむというのは初めてで、年甲斐もなく心が躍る。


「けど、レイナさんはどうしてわざわざ里を出てまでケントルムに来ようと思ったんですか?」


 俺は景色を眺めながら聞く。

 すると、レイナさんは俺の横に寄ってくる。

 ……ドキドキするから急にそういうのは止めて頂きたい。


「この景色、良いものですよね」


「え、ええ。俺の地元でも、こんな景色はそうそう見られないですからね」


 まあ、あんなコンクリの森じゃ見たくても見れないからな。

 だからこっちの自然豊かな景色と、そこに住む生き物には危険を感じながらも心を洗われる気分になる。


「私、小さい頃祖父にこの景色を見せてもらったことがあるんです」


 レイナさんは懐かしむように言う。


「その時の私には、今見えている物だけが世界のすべてで、きっと外にも同じ景色しか広がってないと思ってました。けど、そんな私に世界の広さを教えてくれたのが祖父でした。時には私を連れだして、時にはお話を聞かせてくれて、祖父はそうして私に広い世界を見せてくれたんです」


 普段と違う彼女の顔。

 いや、もしかしたらこっちの方が素なのかもしれないけど、とにかくその時俺に語ってくれたレイナさんの顔はどこまでも純粋な物だった。


「だから思ったんです。この世界のもっと外には、きっとまだまだ私の知らない世界ものがたりが広がってる。けど、私一人だと到底そのすべては知れない」


「だから、ギルド管理部に入ったと?」


「……結局のところ、私のワガママで里を出たので、帰るのも今回が初めてなんですけどね。笑っちゃいます?」


 レイナさんはからかうように俺に聞く。

 けれど、


「笑いませんよ」


「え?」


 俺は真剣に、ただ本心から彼女に返した。

 

「自分の為に里を出て、一人で管理部に勤めて、今まで頑張ってきた人を笑う言葉を、あいにく俺は持ち合わせてません。それにきっと、里の人たちもレイナさんが帰ってくるのを楽しみに待ってると思いますよ。……絶対とは言えませんけどね」


 ただ流されるように就職をして、会社の為に頑張る。

 そんな人生を送っていた俺にとって彼女の生き方はとても素晴らしく思えた。

 しかし、最後に締める事が出来ずに俺はそう言ってしまう。

 

「ふふ。絶対とは言えないって、何ですか、それ?」


 俺を笑うレイナさん。

 言わないでくれよ、オッサンにはこれが限界なんだって。

 しかも、最後の方に関しては俺が両親から言われていただけで本当にそうとは限らないというどこまでも締まらないけどね!


「でも、なんだかタツミさん達にお願いして良かったかもしれません」


「そうですか? 前も言いましたけど、低ランク冒険者二人ですよ。そこまで戦力になれるとは」


「いえ、強さの問題ではなく。人として、大切な何か持ってる気がしたので」


「うーん。買ってもらえるのはありがたいけど…」


 人として大切な物を持っているかと聞かれると、正直自信ない。


「なんですかカナタ? 褒められるのが慣れてなくて顔が真っ赤ですよ~」


 うん。

 こっちのに関しては絶対に大切な何かなんて持ってないな。


「こっちのに関しては大切な何かなんて持ってないですよ絶対」


「心の声が漏れてますよ!」


 俺に食って掛かるリリ。

 おーっと、つい思った事が口から。

 

「すまん本音だ。許せ」


「~~!! 言わせておけば、良いでしょう! ここで私の方が凄い事を見せてやりますよ!」


「止めろ狭い車内で!」


 俺は抱き着いてくるリリを引きはがそうとする。

 こいつ…、意外と筋力あるぞ!?

 まあ、普段からボウガンを片手で引いているから当たり前ではあるが、ちょっとビックリした。


「胸に行くはずの栄養がすべて筋肉に行ったか」


「なにをーー!? 今、言ってはならないことを言いましたね!? 私だってあと数年もすればレイナさんくらいの女性らしさを手に入れているはずです」


「安心しろ。その年に似合わない子どもっぽさもお前の良さではあるから」


「そんな良さ嫌ですー!」


「ふふ。やっぱり、楽しそうな方々ですね」


◇◇◇後書き◇◇◇


今回も読んで下さりありがとうございます!

皆様からのレビュー、感想、応援、フォローお待ちしております!


それではまた次回でお会いしましょう!


 

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