VS紅騎士

 拝啓、お父さん、お母さん―――。

 お元気ですか? 俺は元気です。

 就職後も必死に働いていた会社からは退職したのですが、このファルブガルデという世界で、冒険者として過ごしています。


 冒険者っていうのは、まあ不定休のフリーターの様なものかもしれません。

 しかし、それでも自分の働きが認められ、正当な報酬と、好きなように休みが貰えるので、前の会社よりも充実して過ごせています。


 そして、今俺は―――追いかけられています。


「待てタツミ! 逃げたら模擬戦にならないだろう!?」


「じゃあまずは手加減を覚えてください! 痛え!」


 俺は迫る刃を受ける。

 受け取のは脇腹だけどとても痛い。

 なにせ木剣だから斬れないけど、その分鈍器だ。

 それを彼女の腕で素早く振ってくるのだから、痛くないわけがない!

 というか、ここでのしごきがなければもう何回か気絶している!


「ハッハッハ、そう遠慮するな! 新たな道に進もうとしている若人に手加減など出来るものか! 私の全身全霊で当たらせてもらう!」


「クッソ!」


 俺は彼女に剣を振る。

 

「おお!? いい剣筋だ!」


 だが、彼女はそう賛辞した瞬間、当然のごとく止めてみせる。


「しかし、そんなものではないだろう!」


 反対に跳ね飛ばされる俺。

 うっそだろおい…!?


「その体のどこにそんな力があんだよ! サイクロプスかアンタは!」


「あんな男色バカと一緒にするな。私は自身の体に身体強化魔術を施している。筋力だけで剣を振る貴様が力負けするのはそのせいだ」


「ご丁寧にありがとうございます。じゃなくて! それ反則じゃねえのかよ!?」


「フフフ、言ったはずだぞ。全力で行くと」


 俺の前でニヤリと笑うエレイン。

 その顔は、騎士というより魔女だ。


「さあ、最後の手合わせ。じっくりと楽しもう」


 もうコイツ騎士じゃねえ! ただの狂戦士―――バーサーカーだよ!


「うう、この身震い、サイクロプスと違う意味で嫌だ…」


 泣きそうになる俺。

 うう、あの優しいスライムのお姉さんが懐かしい。

 これ終わったら管理部に顔出そうかな…。


「うおおおおおおおおおおおお!!」


「おお、いい反応だ! さすが私の認めた男!」


「なんで嬉しそうなんですかね!?」


「嬉しいに決まっている! この戦いで人は死なない、楽しまなくては損じゃないか!」


「変態かよ!」


 剣ごと押し込まれながら問答をする俺とエレイン。

 その顔はとても嬉しそう。

 まるで夏祭りので店で綿あめづくりを見つめる子供の様―――。

 いや、あんな純真な瞳じゃないな。

 うん、だって、こっちの人は血走ってる感じだもん。


「な、なめるなよ教官殿…! こっちだってこの一か月、アンタの所でキツイ扱きに堪えてきたんだ、そう簡単にやられねえぞ…!」


 俺は力一杯に剣を振り抜く。

 その剣は突風を起こし、俺から彼女を引きはがす。

 

「ハッハー! いいぞタツミ、そうでなくて面白くない!」


 だが、彼女は意にも返さずに着地、俺に笑いかける。

 やっぱり剣術じゃこれが最高火力か。


「あの人、何でアレで信頼されてるんだろう?」


 俺は目の前で狂気的に笑う彼女にそう感じる。

 顔はいいのに、今の彼女の言動は犯罪者一歩手前だ。

 これは、アレだな。

 俗に言う残念美人という奴だな。


「さあ、まだまだ―――イクぞ!」


「そうはさせるか!」


 一歩でこちらとの距離を詰めるエレイン。

 だが、直線的な動きだし、何度も見せられた動きだ。

 さすがに反応できるようになった。


「やはり私の見込んだ通りだ。普通の部下なら今ので医務室送りにしている!」


 部下が不憫でならねえよ!

 え、この人の部下っていつもこんな無茶させられてんの? マジで!?


「アンタ、部下に何させてんだよ!?」


「ただの訓練だ、気にするな!」


 気になるわ!

 俺今まさにその見ず知らずの騎士の方々と同じ状況なんだよ!

 「気にするな」は、無理あるわ!


「ふんっ!」


 また剣を振り抜こうかとも考えたが、それではさっきの二の舞。

 それに、俺だって男の端くれ、いつまでも女性に良い様にされるわけにはいかない。

 俺は力づくで彼女を押し返す。


「ほお、まだそんな力を残しているとは、流石だな…!」


「お褒めに預かり光栄だよ…! それでどうだ? この辺で今日の訓練は終了しては?」


「……そうだな。お前との手合わせを終えるのは惜しいが、他の者は限界の様だ。ここで終わろう」


 エレインのその言葉に、俺はほんの一瞬気を抜いた。


「私の勝利でな」


 瞬間、腹部に感じる圧迫感。

 

「が、かぁ……っ!」


「まだまだ甘いな。勝負という事柄に、引き分けはない。勝者と敗者が生まれない以上、勝負は終わらないんだ」


 手放しかける意識の中、彼女からのありがたいお言葉を聞いた。

 ごめんな、俺が持つ多くのスキルよ。

 チートを持つだけじゃ、世渡りは出来ないらしい。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「カナタ、カナタ…!」


 なんだろう、リリの声がする気が―――いや、気のせいだな。

 だってここにリリがいるわけが。


「カナタ!」


 ……いや、やっぱり声がする。


「リリ?」


「……! カナタ!」


 目を開けると、確かにリリが居た。

 しかも、俺の顔にビンタでも食らわせようとしたのか手を振り上げている。

 そしてその周りには、スオウやミゲル、みんなが居る。

 ……何、この状況?


「あ、目を覚ましたか。調子はどうだ」


「あ、エレインさん!」


「ぶべっ!」


 リリはエレインの名を呼ぶ。

 その拍子に、彼女の手のひらは勢いをつけ、俺の頬をはたいた。

 こ、コイツ、しばらく会わないうちに躊躇がなくなってやがる!


「すまないな。私も少し興が乗りすぎてしまった」


「そんな! エレインさんがお気になさることはないですよ! どうせカナタは、美人なエレインさんにデレデレしてただけですから!」


「おい! 何変な言いがかりつけてんだ! てか、何でリリがここに居るんだよ!?」


「リリさんは、タツミを迎えに来たんです」


 スオウが俺に事の経緯を話してくれた。

 エレインの一撃を受けて気絶した俺は医務室へ運ばれ、いつまで経っても帰らない俺を心配したリリが迎えに来たらしい。


「てか、スオウも色々あったんだな」


「え、ええ。タツミ程ではないですよ」


 アハハと後頭部を掻くスオウ。

 しかし、その体はボロボロで傷だらけだった。

 うん。深くは聞かないでおこう。


「まあ、そういう事なら、ありがとよ」


「ふ、ふん! 最初からそうやって素直になればいいんです!」


 リリはそう言ってそっぽを向く。

 

「分かった分かった。じゃあ、帰るぞ」


「本当に分かってるんですか?」


「ワカッテマース」


「絶対分かってないじゃないですか!」


 俺はリリといつものやり取りをする。

 なんか、コイツ色々と強くなったな。

 いつもならここで折れてたはずなのに。


「じゃあみんな、世話になったな」


 俺はその場の全員に別れの言葉を述べる。

 リリは相変わらず横で不貞腐れるが、まあこっちは後でまた謝ろう。

 

「タツミもお元気で」


「じゃね」


 スオウとミゲルが俺に返す。

 そして最後にエレインが姿を見せた。


「タツミ。元気でな」


「はい。教官殿もお元気で」


 俺は彼女に返す。

 いや、綺麗な別れにしようとしてかもしれないけど、この状況ほとんどあなたが起こした事ですよ?

 まあ、気絶させられた俺も悪いけどさ。


「だが、これだけは忘れるな。勝負において油断は何よりも甘く、何より耐え難い敵だ。どれだけ優勢な状況でも、勝つまで負ける可能性があることを忘れるな」


 彼女から告げられる教え。

 

「いや、さっきのアレ模擬戦ですよね?」


 しかし、俺はさっきまでの自分の状況を思い出して彼女に言う。

 エレインもばつが悪そうに顔を逸らす。

 しかし、せっかくの教官殿からの教えだ、ちゃんと受け取ろう。


「押忍! 教官殿からの教え、しかと受け取りました」


 俺は彼女に返した。


「そうか。時に質問なのだが、お前が稀に口にするその押忍とは何だ?」


「あ、これですか? うーんと、気合を入れる掛け声、みたいな?」


 俺は最後にそう返して、不貞腐れたままのリリを連れて行くのだった。


「いつまで不貞腐れてんだよ」


「だって、私はカナタと会うのを楽しみにしてたのに、カナタは……エレインさんとイチャイチャして…!」


「お前の中では模擬戦で気絶させられることをイチャイチャというのか!?」


 帰り道、リリの誤解を解くのが大変だったとだけ教えておこう。





























◇◇◇後書き◇◇◇


今回も読んで下さりありがとうございます!

みなさまのレビュー、感想、応援、フォロー、お待ちしております!


それではまた次回でお会いしましょう!


 

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