模擬戦

「……目が覚めてしまった」


 俺は辺りを見回す。

 この指南中は男女それぞれが一つの大部屋に集められ、共に日々を過ごす。

 周りの連中が寝ていることから、容易にまだ早い時間なのだと分かる。


「何時だよ…?」


 俺は立てかけられた火時計を見る。

 火の魔術を用いて作られた時計らしいが、火事等の心配はないという優れモノだ。

 

「五時…か」


 本当なら違う表記なのかもしれないが、俺の目にはそう表示されている。

 本当にこのスキルのおかげで、こちらでの生活は今のところ不自由なく暮らせているのでありがたい。


「少し、散歩でもするか」


 俺は他のみんなを起こさないように部屋を出た。

 朝の少し冷たい空気と、誰一人いないことによる静けさは、神秘的な雰囲気を醸し出している。


「まだちょっとプルプルしてる」


 俺は自分の腕を見る。

 無理をさせすぎたのか、その腕は少し痙攣していた。

 まあ、あれだけ一心不乱に剣振ればそうもなるかと、自分を納得させる。

 

「おお、早いな!」


 その時、朝一から聞きたくない声が俺に届く。

 そこには明るい笑顔でこちらに近づくエレインがいた。


「ええ、教官殿もお早い事で…」


「そう邪険にしないでくれ。私とて一人の淑女、そう明白あからさまに避けられては傷つくよ」


 淑女? 傷つく?

 この女は初日からあれだけやりたい放題しておいて何を寝言を言ってるんだ?

 寝言なら頼むから寝ながら言ってくれ、そうしたら返事をしてやる。


「寝ている者への返事は睡眠の質を落とす事になるから止めてくれ」


 そっちこそナチュラルに人の考えを読むな。


「ちょうど良い。昨夜君の事を調べさせてもらった。少し話そうじゃないか」


「嫌だと言ったら?」


「拒否は受け入れよう。しかし、そうなっては傷ついた私の事だ、君を含めた他の者に無理難題を強いてしまうかもしれないな…! およよ…」


 なーにが、およよ…だ。

 この性悪教官が。

 それは結局、脅迫と一緒じゃねえか…!


「ハア…。分かった、分かりましたよ。教官殿の意向に従わせてもらいます」


「うむ。聞き分けのいいものも、私は大好きだ。説得の手間が省けるからな」


 今のは説得ではない。

 という思いを我慢し、俺はエレインに付いていくと彼女はある一室の中へ入っていった。


「ここは…」


「私の書斎だ。古今東西、あらゆる伝承が記されている」


 そこは確かに書斎というに恥じないほど壁一面に本がギッシリ詰め込まれていた。

 

「いや、なんか酒の本みたいな物も見えるんですが?」


 俺はチラッと目に入った『各国の秘蔵酒!』や『これで貴女もワインソムリエ!』といった本が目について彼女に聞いた。


「まあ、私用の物もいくつかあるさ。こう見えて、私は酒に目が無いものでな。君は酒が飲めるのか?」


「まあ、平均よりは少し強い方だと思いますよ」


「そうかそうか。では、縁があれば共に飲もう」


 そんな縁は二度と無いようお願いしたい。

 この世界に俺を寄越した神的な存在が要るなら、尚更お願いします。


「そうですね」


 俺は心中を察せられないように彼女に返す。

 すると彼女は俺に一冊の本を手渡してきた。


「読んでみろ」


 『聖戦』というタイトルが付いた本。

 俺は言われるがままにページをめくる。

 さすがにこの本を隅々まで読んでいくと、一日以上かかりそうだからほぼ流し見だけど。


「悪魔…」


 しかし、その本の中に出てきたその単語だけは見逃せなかった。


「その本は、かつてこの世界で生きていた悪魔と、それ以外の人々の戦い……という内容を描いた御伽噺なんだ。私も子供の頃には、お母さまから毎晩のように読み聞かせしてもらったものだ」


 エレインは懐かしむように言う。

 そういえば、リリも言ってたな。

 前に母親から悪魔が登場する御伽噺を聞かされたって。

 これがその本なのか。


「それで、なんでこれを俺に?」


「ふむ、ものは相談なんだが、タツミくん。騎士になる気はないか?」


「無いです」


 俺は即答した。

 

「そ、そうか。まさか即答とは意外だった」


 いくら性悪な彼女でも俺の即答までは読めずに面食らっていた。

 してやったり…!

 俺は心の中で勝ち誇る。


「つうか、なんでいきなり俺が騎士なんですか。他にもっと騎士らしい連中なんているでしょう」


 スオウとか、騎士にピッタリじゃん。

 顔良し、性格良し、他の騎士から一目置かれる。

 しかもミゲルちゃんっていう可愛い幼馴染までいる、もう騎士の素養MAXじゃん。


「お前の力が私は欲しいからだ」


「はあ…」


「他の者も確かに騎士として素晴らしい者ばかりだ。特にスオウ・ヴァンデルハンとミゲル・ランドスターの二人は飛びぬけている。彼らならすぐにでも騎士になれるだろう」


 俺の前で熱弁するエレイン。

 その様はまるで親に欲しいものをおねだりする子供の様だった。


「しかし、お前の戦闘能力も素晴らしい!」


 まだ五時だってのにこの人も頑丈タフだなぁ。

 

「最初は私の教えがそれはもう素晴らしい物なのではないかと思っていたが違う! タツミ、お前には剣の才能がある! いや、それだけでなく、お前なら私の右腕に置いてもいいと思っている! その飲み込み、私相手でも動じない胆力、是非とも近くに置きたい!」


 ―――自分が評価されるのは素直に嬉しい。

 しかし、彼女は思い違いをしている。

 俺に剣の才能があるわけではない。

 俺にはこのよく分からないポケットと、その中の剣術スキルがあるだけだ。


「まあ、有り難いけどお断りしますよ。あいにく俺は、今の冒険者って職業が性に合ってるんでね」


「……そうか。そこまで言われては仕方ないな。無理強いはしないさ」


 エレインは意外にもアッサリと退いた。

 まあ、駄々こねられるよりはマシだけどな。

 

「まあ話を戻すと、私はその本に書かれている事が御伽噺ではなく、本当に起こった出来事を指しているのではないか考えている」


 エレインはそう言った。


「お前も冒険者なら知っているとは思うが、近年魔物の討伐依頼は増加しつつある」


 そうなんですか。

 まだ一回しか討伐行ってないから多いのか少ないのかよく分からなかった。


「動物は私達人間よりも周囲の変化に機敏。魔物であれその習性は変わらないだろう。もしかしたら、私達でも計り知れないモノが現れるかもしれないというもしもに備えて今回は将来有望な騎士達を増やしたかったのだがな」


 すんません、もうあと二週間くらいしたらその悪魔と戦うんです俺。

 

「ま、確かに平和なんていつ崩れてもおかしくないですからね」


「はは。まだ若いのに何を言ってるんだ」


「いやいや本当の話ですよ。知ってますか、平和ってのは創るのがすごく大変なのに、それをぶっ壊すのはめちゃくちゃ簡単なんですよ」


 現に俺の元居た世界もそうだった。

 日本だけで見れば、平和かもしれないけどネットとかだといつ戦争が起きてもおかしくないって言われてたし、この前も、新種のウイルスが日本でも感染者が出たかもしれないとか言われてたくらいだから、俺達のいつもなんて、一瞬で消えちまうものなのかもしれない。

 え? 社畜なのにどうしてニュースが見れるんだって?

 さすがの社畜でも、ほんの僅かな休憩時間くらいあるよ。

 それに、残業中なら何も言われずにニュース見れるし。


「お前は本当に面白いな。ますます私の側近に欲しいくらいだ」


「勘弁してくださいよ。俺にあなたの側近は荷が重すぎます」


 主にあなたの尻拭いをするのがな。


「そうか。しかし、私とて諦める事はない。お前が騎士を志したいと思えるよう、功績を残す事にしよう。付き合わせて悪かったな」


「いえ、じゃあ、俺はこれで」


 俺は彼女にそう残して部屋を後にした。

 その後も、俺達の剣術指南は過酷だった。

 日に日に志願者が一人、また一人減っていくその様はまるで、かつての勤務先を見ているようで俺はここでも残る側なのかと思ってしまう。

 まあ、あのクソブラックと違って今回は俺の方から望んで残ってるからだいぶ気は楽だけどね。


 そうして、俺がここに来てから一か月が過ぎた―――。


「タツミは確か今日で」


「ああ、今日で最後だ。さっき教官殿にもその話はしてきた」


 俺は朝食を摂りながら話す。

 この一か月で、他の志願者との関係も進展した。


「まあ、頑張って」


 その一つがこれ、ミゲルちゃんと会話が出来るようになりました!

 まあ、スオウと違って本当に簡素なものだけど、そこはもう幼馴染。

 スオウと俺じゃあ親密度が違って当たり前ってものだ。


「おう、ありがとなミゲルちゃん」


「ちゃん付けは、止めてほしい」


 彼女は恥ずかしそうに言う。

 そんな朝の会話を終え、俺達は中庭に集められた。

 ここで剣を振るのも今日で最後と思うと、少し寂しい。

 が、同時にあの小うるさい顔と会うかと思うと不思議と嬉しさもあった。


「今日の訓練は、お前達のこれまでの成果を一度見させてもらう」


 エレインが俺達の前に立つ。

 あの性悪とも今日で最後か、なんだかんだあっても、いい教官だったな。


「二人一組を組んでもらい。お互いで模擬戦を行う。私が止めというまで何本でもだ。ここからはよく見知った相手でも、敵同士、各自全力で臨め!」


「「「「「はい!」」」」」


 照りつける日差しの暑さを押しのけて俺達の言葉が響く。

 そうしてエレインは俺達の対戦相手を決めていった。

 わざわざスオウの相手をミゲルにする辺りやはり性悪な気がする。


「タツミ、お前の対戦相手だが」


「あ、はい」


 もうほとんどの組み分けが終わり、最後は俺。

 しかし、ここで彼女は何故か木剣を手にして俺に向けてきた。


 ―――ん? なんですか教官殿、その、お前の相手は私だと言わんばかりの仕草。

 いやいや、いくらこの人でもまさかそんな事を言い出すわけが。


「お前の相手は私だ。朝にお前から話を受けて、一度は剣を交えたかった」


 言いやがったよこの人!

 そんな漫画とかでありがちな事を、さも、当然の様に言いやがったよ!


「安心しろ。全力で行く」


 何を安心しろってんだ!?

 さっきの訂正、やっぱこの人はただの鬼教官だ!

 俺も木剣を構えながら、彼女にそう感想を抱いた。



































◇◇◇後書き◇◇◇


今回も読んで下さりありがとうございます!

皆様からのレビュー、感想、応援、フォローお待ちしています!


それではまた次回でお会いしましょう!

 




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