青春とイナゴ


 手に程よく感じる疲労。

 首筋を伝う汗。

 その汗にあたり、日差しの暑さを軽減してくれる風。

 そして―――。


「各自! 後素振り100本の後一時休憩に入る! 気合を入れられない奴はとっとと帰れ!」


「「「はい!!!」」」


 元気よく木剣を振る、俺と騎士見習いの人々―――。

 

「おい、タツミ! 振りが遅れてるぞ!」


「押忍!」


 俺も元気に木剣を振る。

 俺達が指南を受けてから、早一週間が経過し、その間に俺はスオウから様々な事を教えてもらった。

 まず、この世界には魔物と戦う人間は冒険者だけでなく、スオウが目指している様な騎士という職業があり、その内容は冒険者である俺達は違い、主にその国の守護を命じられているのだとか―――。

 

「ふんっ!」


 その代わり、騎士になるには冒険者と違い正式の試験を通過しなければならない。

 その試験を受ける最低条件がここで剣術の指南を受ける事と、その先で実際に王宮に行ってからさらなる訓練が待っているらしい。


「タツミ、よそ見をするな!」


「してませんよ!」


「口答えをするな!」


「いてえ!」


 エレインに叩かれる俺。


「余計な事を考えるな、剣に神経を集中させて振れ!」


「押忍!」


 俺は彼女に体育会系ばりの返事をし、剣を振っていく。

 彼女は変人だし、性悪であるがその指導力は素晴らしかった。

 なにせ、剣なんて微塵も知らなかった俺が人並みには振れるようになったんだからな。


「せいっ!」


「―――」


 後ろに感じる微かな視線。

 いかんいかん、また余計なこと考えてたら怒られる…。

 ここはひとまず休憩までひたすらに頑張ろう。


 一時間後―――。


「よし、休憩!」


「ふー…」


 彼女の合図とほぼ同時に息を入れる。

 あの後、なんとか怒られずには済んだが、あの緊張感は止めていただきたい。


「お疲れ様です。タツミ」


「おお、スオウか」


「ドリンクです。どうぞ」


「ありがと」


 俺はスオウからドリンクを受け取る。

 他のみんなも木陰で休憩を取っている。


「そういえば、タツミの剣術の伸びは凄いですよね」


「ん、そうか?」


「そうですよ!」


 スオウが顔を近づける。

 近い、近いよスオウ!

 そんなにキラキラした目で俺を見ないでくれ!


「確かにタツミの剣術センスには目を見張るものがある。冒険者にしておくのが惜しいものだ」


 そこに現れるエレイン。

 彼女が休憩中に声をかけるとは珍しいことだ。

 しかも、その顔は訓練中みたいに険しい顔をしている。


「どうしたんですか、教官殿。そんなに真剣な顔をして?」


 俺は軽く彼女に聞く。

 だが、彼女を尊敬しているスオウはジッとエレイン見ていた。

 まったく、こんな性悪騎士のどこが尊敬に値するというのか、俺は不思議でならないね。


「お前達二人とミゲル・ランドスターの三人はそれぞれ方向性は違うが光るものはある」


「ぼ、僕もですか? そんな感じはないと思いますが…」


「そう謙遜するな、スオウ・ヴァンデルハン。君は確かにタツミの様に剣が得意なわけでも、ミゲル・ランドスターの様に魔術の知識と教えがあるわけでもない。

しかし、その実直さはいずれ大きな武器となる。精進したまえ」


「は、はい…!」


 スオウは見るからに嬉しそうだ。

 だが、俺は尚も軽く彼女に聞いた。

 

「そんな激励を飛ばすためだけに来たんじゃないでしょ、教官殿?」


 俺はまるで友達に言う様に彼女に聞く。

 すると彼女もニヤッと笑った。


「察しがいいなタツミ。今日は午後からお前達に素晴らしい訓練を用意した」


 ほーら、来たよ。

 もうね、この一週間で大体察してるよこの人がこんな顔する時は大抵素晴らしくない提案だからな。


「この近くの農家で、イナゴが発生したらしくてな。我々がその処理を引き受けた」


 イナゴ?

 イナゴってあのイナゴか?

 俺の世界だと佃煮とかになってるあの?


「そんなものそこら辺の冒険者にでも任せりゃいいじゃないですか」


「その冒険者共が依頼を引き受けないから、我々に回ってきたんだ」


 エレインは俺に返す。

 まあ、確かにイナゴ処理なんて俺もやりたくないしな。


「それに、お前達に実戦経験を積ませてやろうという私からの温情だ。ありがたく受け取れ」


 この人はどの口で言っているのだろうか。

 説明を求めたかったが俺は結局折れたのであった。

 その後、俺達はエレインの用意した馬車に乗せられ、郊外にある農家に向かった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「なんじゃあ、こりゃあ!」


 馬車に揺られて小一時間。

 目的地に着いた時、俺は叫んでいた。

 一面に広がる畑と、その畑の中で蠢く大型犬サイズの虫。

 俺が虫嫌いだったら卒倒してるよ。


「このイナゴを、お前達にはすべて駆逐してもらう」


「無理!」


「無理だと思うから無理なんだ、やりもしないで結果を決めるな」


 お前は俺の会社とこに居た上司か!


「やりましょうタツミ。これも人の為になります」


「俺は無償の働きはしたくねえよ…」


「……言ってても仕方ない。教官、魔術は使ってもいいの?」


 俺とスオウのやり取りの横でミゲルちゃんがエレインに聞いた。


「畑に被害を出さない程度であれば、手段は問わない」


「分かった」


 ミゲルちゃんはその場の誰よりも先に畑に向かう。


「我が身を覆う風よ。鋭き刃となりて、彼の者たちを切り裂け! ―――風切刃スラスト!」


 ミゲルちゃんの詠唱の後、数匹のイナゴを鋭い風が切りつけ、裂いた。

 そして、それに斬られたイナゴたちは未だに神経が生きているのかうねうね動いている。


 うおぇ…、気持ち悪い…!

 俺はその様子に口を押える。


「……やはり彼女の魔術は素晴らしい、いつか師に会ってみたいものだ」


 その横で嬉しそうに言うエレイン。

 もはやこの様子を見て眉一つ動かさないなんて変態なんじゃないだろうか。


「さあ、他の者もさっそく取り掛かれ。私達が敵と分かったイナゴは容赦なく襲いかかるぞ!」


 何だと!?


「それじゃあ、私はあそこで依頼人の方々と話してくる。頑張ってくれ」


 エレインはそれだけ残して遠くに見える家に向かっていった。

 

「…………」


「やるしかないですね。頑張りましょう!」


「「「おーーーー!!!」」」


 気持ちを一つにしてイナゴに戦いを挑む面々。

 俺はその中で一人、手を震わせ、剣を抜いた。


「クソ教官がーーーーーっ!!!」


 姿を消したエレインに前回の怒りを込めながら。

 俺はその怒りをぶつけるようにイナゴに剣を振る。


「覚悟しろよ虫野郎! 八つ裂きにしてやる!」


 カチカチと口を鳴らして飛びつくイナゴ。

 俺はそんな奴の口に剣を突き通す。

 剣術スキル<剣聖>のおかげで苦戦なく倒す事は出来るが、如何せん数が多いからな。


 それに、畑に被害は出すなとかいう縛り付きだ。

 思ったよりも力加減が難しい勝負だなこれ。


「やあ!」


「たあ!」


 他のみんなも同様にイナゴを討伐していく。

 だが、さすがに奴らの体液で濡れるのは勘弁願いたい。


「うおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「よくやった。依頼人の方々も喜んでいたぞ!」


 俺達がイナゴを殲滅し終えたのは、日が暮れてからの事だった。

 つ、疲れた……。

 ただの虫、なんの特殊能力とかもない、本当にただの虫なのに、数が多いだけでこうも大変だとは。

 つか俺、こっち来てから戦闘で臭い目に遭いすぎじゃね?


「それでは、これより寄宿舎に帰還する。各自、戻り次第風呂に入れ。臭うからな」


「そりゃあんなペンキみたいな体液頭から被ればな…!」


 俺が言うとエレインはただ笑って返した。

 そして、後ろ目がけて剣を振る。


「!?」


 そこには、どこから這い出たのか生き残ったイナゴが真っ二つになっていた。

 しかも、おそらくそれをした彼女は体液を一滴たりとも被っていない。


「大口はこれぐらい出来てから言ってみろ」


 彼女はそれだけ残して我先にと馬車に戻る。


「すっげー…」


「やっぱりケントルム最高の騎士は違うなあ…」


 節々からこぼれる彼女への羨望の声。

 かく言う俺もさすがにさっきの彼女は凄いと言わざるを得なかった。

 あれも剣術スキルで真似できるかな…?

 興味はあるが、今は試す気になれない。

 いきなり駆り出されての戦闘だったからな、もう帰って寝たいと思った。


「そういえば、なんであんな凄い剣技なのに紅騎士なんだ?」


 まあ、これは後でスオウにでも教えてもらおう。

 アイツ、騎士に関しての知識凄いし。



























◇◇◇後書き◇◇◇


今回も読んで下さりありがとうございます!

レビュー、感想、応援、フォロー、お待ちしています!


それではまた次回で!



 


 

 

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