初日お疲れ様でした!

 なんとか自力で木剣を持てたのは良いものこれはさすがに重すぎる…!


「うおおお…こ、これ振んのかよ、無理だろ!」


 俺はそう弱音を吐くが、吐きたくもなる。

 あの鬼教官……まさかこれを振れとは無茶言ってくれすぎだ!


「タツミさん、一度それを置きましょう。このままだと危険です」


 スオウが俺を心配して声をかける。

 ありがたいが、それは無理だ。


「ああ、そうしたいところだがこれを一度でも置いたらもう一度持ち上げるのは無理そうだ。だから、このまま行くしかない…!」


「しかし……!」


解除リセット!」


 瞬間、手に持っていた木剣からそれまでの重さが消える。

 しかし、急に重さが消えたという事はそれを保つ為に後ろにかけていた力がそのままかかってしまうという事で―――


「いってえ!」


 当然、俺は地面の思いっきり尻を着く形になった。


「タツミさん! 大丈夫ですか!?」


 俺を心配するスオウの声。

 こんなところまでイケメンとは、やれやれ嫉妬しちゃうね。


「どうやってその木剣を持ち上げた」


 俺はその声に振り返る。

 そこには、エレインさんがいた。


「お前の能力はどう見ても平均的、仮に持ち上げられたとしてももうしばらく時間がかかるはずだ」


 どこまでも冷静に俺に言うエレインさん。

 その蒼く輝く瞳だけが、太陽に照らされて影になっている顔の中で輝いているからめっちゃ怖い…。


「どうって言われても、必死こいて全身で持ち上げただけっすよ」


「全身で?」


「ええ。前に俺よりも物知りな人から教えられた事をそのまま生かしただけです。まあ、振るまでには至ってないですがね」


 俺とエレインさんとの間を通る風。

 他の面々の息を呑む音。

 そして


「ハア、分かった。結果はどうあれ、お前は私の言った事を成し遂げた。褒めてやる、よくやったな」


 エレインさんはため息をつくと俺の頭を撫でてきた。

 美人なお姉さんから褒められた感激と、なんだか男としての大切なものを失った気がするという感情が同時に来て、俺は少しだけ複雑な気分になった。

 まあ、嬉しいものは嬉しいけどね!


「他の者も同様に励むように!」


「「「はい!」」」


 エレインさんの檄に全員が返事をする。

 うーん、言い方はアレだけど多分指導者としては凄い人なんだろうなと、俺は背中を向けて去っていく彼女への考えを改めた。

 え、一番最初の印象?

 ―――鬼教官以外の何があるよ。

 ちなみに、俺とエレインさんの話を聞いていた他の希望者たちは、一部がその厳しさに諦め、もう一部が俺の言葉から要領を盗んで持ち上げる事成功させるものばかりだった。


「うーん、こんなに簡単に真似られるオッサンショック…」


 俺は誰にも聞こえない声でそう呟くばかりだ。

 そして、ひとしきり全員が木剣を持ち上げた時、エレインさんが再びその姿を見せた。


「まずは残った諸君に、一言。よくぞ逃げなかった、感謝する」


 彼女からの感謝に俺達は何も返さない。

 理由は簡単だ。

 これで今日は終わり、なんて生ぬるい事は無い。

 何故なら今日の目標は彼女自身が最初に言ってるんだからな。


「だが、諸君が立ったのはまだ入り口。本日はその木剣を一日中振ってもらうと、私は最初に言ったはずだ」


 どこまでも静かに言うエレインさん。

 その言葉に俺も思わずゴクリと息を呑んだ。


「しかし、安心してもらいたい。諸君に振ってもらう木剣の重さはあくまでも本来の重さの物であり、重力魔術も解除している」


 ふう、と息を入れ直す俺。

 しかし、さすがはみんな(俺以外)が憧れる人。

 底抜けの優しさなんてものはどうやら持ち合わせていないらしい。


「しかしだな。どうにも諸君の進みが遅いせいで私の部下達が今日の食事を食べてしまったのだ」


 は? 今なんてあのババア?

 俺は思わず口が悪くなりながら話を聞き続けた。


「そこで今夜の食事なんだが、一人だけどう頑張っても抜かなくてはならない」


 おおい、あのババア段々と演説が演技っぽくなってきましたよー。


「だが、その一人をこちらで無作為に決めるのは諸君に大変申し訳ない! そこでだ、これから二百回の素振りを終えた者から食事に取り掛かってくれたまえ。それでは、検討を祈るよ」


 エレインさん……いいやエレインはそれだけ言って再び姿を消した。

 そして俺達はというと


「あんのババアーーーーー!!!」


 一心不乱に木剣を振り続けていた。

 一瞬でもあの人をいい人かもなんて考えた自分をぶん殴りたい!

 あの言い方的に絶対こうする気満々だったよアイツ!

 俺は内心と口頭でエレインへの不満を流しながらも木剣を振る。

 当然だけど、これもいの一番に終わったのはリゲルちゃん。

 スオウもスオウで体力には自信があるのか早めに終わっていた。


「うおーーー! これで二百! よっし、飯!」


 俺はブルブル震える腕に構う事なく食堂に向かう。


「お、意外と早かったな」


 そのまま俺は床にダイビングした。

 そこには、本当に何を考えているのか分からないが、とにかく我が物顔で食事に手をつけるエレインが居た。


「なにをしてやがる…?」


 俺は起き上がり彼女に言う。


「食堂なんだから食事に決まっているだろう」


 エレインはそう返す。

 この騎士様にはどうやらこちらの意図が伝わらないらしい。


「そうじゃなくて限りある食堂の飯をなんで教官であらせられるエレインさんが食しているんですかねぇ?」


 モグモグと食事を口に運ぶ彼女。

 その仕草の一つ一つが俺の怒りを駆り立てる。

 なんだこの人の紅騎士って名前は人を怒らせて赤くなるから付いた名前なんですかねぇ?


「そうカリカリするな。ミルクでも飲んだらどうだ?」


「ああこりゃどうも」


 差し出されたミルクで喉を潤す。

 疲れがたまった体に染みわたる水分。

 程よい甘みを含み、俺の体にほんの少しの生気を取り戻してくれる。


「ってそうじゃねえ!」


 俺はミルクをキッチリ飲み干し、グラスをテーブルに叩きつけた。


「なんだ?」


「なんだ? じゃねえよ! お前が飯が足りなくなったって焚きつけたんだろうが! そのお前がなんで食ってんだよ、え、教官殿!?」


「そう大声で騒ぐな。アレは嘘だ」


「嘘、だと?」


「ああ言えば人間は二種類に分別できる。諦める人間と、成し遂げる人間だ。私が教えるのに諦める人間は要らない。だから態々嘘をついてお前達を焚きつけたのだ。どうだ、納得したか?」


 俺はその場でへたり込む。


「そうかそうか、泣くほど嬉しいか! 私もお前の様にガツガツ言ってくる人間は大好きだ! 初日の食事、たんと楽しむがよい!」


「これは嬉しいんじゃない……疲れが押し寄せただけだー!」


 俺の怒号も、かの騎士様にはなんのその、彼女はそのまま食事を楽しんでいた。


「た、タツミさん。ほら、こっちで一緒に食事をしましょう」


 俺の肩を叩き、スオウが言った。


「ああ。ありがとなスオウ……あと、俺の事はさん付けじゃなくていいよ」


 俺はスオウに肩を押さえられてエレインとは別のテーブルに向かう。

 あの人と一緒のテーブルで飯なんか食えるか…!


「スー、その人、誰?」


「この人は、タツミカナタさん。僕がここで初めて話した人でご飯を一緒にさせてもらおうと思うんだけど、いいかな」


「別にいい。スーの好きにすれば」


「ありがとう」


 スオウに案内されたテーブルにはミゲルちゃんが先客として居た。

 そして、俺もスオウに案内されるように席に座る。

 そして、届けられた料理に手をつける事にした。


「へー、それじゃあ今はそのリリっていう人と別行動なんですね」


「ああ。お互い、これまで働き詰めだったからな」


「じゃあ、タツミさんはそれを利用してここに来たんですか?」


「さん付けじゃなくていいって。けどまあ、そういう事になるな。ちょうど俺も剣術習いたかったし」


 俺達は食事の最中に会話を繰り広げる。

 しかし、ミゲルちゃんは俺がスオウと話すのが気に食わないのかじーっとこちらを見ていた。


「と、とにかく、今日はもう風呂入って寝よう。さすがに疲れすぎた…」


「そうですね。もうクタクタです…」


 その後、俺達はそれぞれ風呂に入り、就寝した。

 剣術指南初日―――前途多難だがとにかく新しい友達に恵まれまずまずのスタートとなった。

 あと、さすがに食事はマトモで、見た目はまるで炒飯なのに、味はみんなが大好きなカレーみたいで結構美味しく頂けた。

 こっちでも日本と似通った部分はあるらしい。

 まあ、どっちの食べ物も日本発祥じゃないけど。






























◇◇◇後書き◇◇◇


今回も読んで下さりありがとうございます。

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それでは、また次回でお会いしましょう。

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