剣術指南

「剣術指南……ですか?」


 カツジのおっちゃん達は翌日からすぐに作業に取り掛かってくれるようになった。

 だが、そこで一つだけ問題が発生したのだ。

 この修繕、当の宿屋自体がほぼ倒壊寸前との事で、以前の姿のまま直すには一度俺とリリはこの場を立ち退かなくてはならないらしい。


 そこで、俺は昨日管理部で見つけた『剣術を習得希望の者求ム!』という張り紙をこの機に試してみる事にした。


「ああ。ここなら寄宿舎を貸してくれるらしいし、それに飯も出る上に剣術も学べる。俺からしたらこれ以上ないくらいの好条件だ。だから俺はこれからの一か月をここで過ごそうと思ってな」


 サイクロプス戦で判明した剣術スキルの不都合点を解消するにもいいしな。

 それに、なんだかこういうの学生時代の部活みたいだし、体が若返ったから少しの無理も良いかもしれない。


「なるほど、では一時的にカナタとは別行動ですね」


「そうなるな。リリはどうすんだ?」


「私は……そうですね、やっぱり特に思いつくこともないので依頼をこなしながらもう少し戦闘技能を磨いていこうと思います」


「そっか。頑張れよ」


「カナタも、頑張ってください」


 リリは俺にグーサインを向ける。

 それはいつか俺が彼女に教えたことだ。

 だからこそ、俺も彼女にグーサインで返した。

 思い返せばこっちに来てからというものリリとばかり過ごしていたから、別の人と過ごすというのは新鮮な気分だ。


「あの、この剣術指南の張り紙見て来た希望者なんですけど」


「はい。剣術希望者ですね! それでは、こちらにお名前を書いて、あちらにお進みください。あ、先にこの服を着用してくださいね!」


 受付で手続きを済ませる俺。

 その際、激しい運動を考慮してなのかインナーを一枚渡された。


「あの、可能なら一か月で終わらせたいんですが出来ますかね?」


「大丈夫ですよ。この剣術指南は厳しい物なので、辞めたいと思ったらすぐに指導役に伝えていただければと思います」


 なるほど、つまりは本格的な剣術指南が期待できるって事だな。

 これは益々来て正解だったかもしれないな。

 とはいえ、ここでの俺は生徒―――教わる立場である以上半端は駄目だな。

 

「っし! 気合入れていこう」


 俺は顔面を両手で叩き自分に喝を入れる。

 そして受付の人に案内された所にはすでに大勢の人でひしめき合っていた。

 すっげー、これ全部今回の希望者なのか。

 この人数に教えられるって、指導役の人はどれだけ凄腕なんだ?

 俺が今からお目にかかる人物に思いを馳せていると、目の前に一人の男が現れた。


「貴方も、今回の剣術指南の希望者ですか?」


 その男は、見るからに好青年といった成りだった。

 服も髪もキッチリ整えられ、さらには女性なら見惚れてしまうであろうアイドル顔、日本に居た頃の―――いや、今の俺ともまったく勝負にならない美形だ。


「そうだけど。お前も?」


「はい。僕はスオウ・ヴァンデルハン。気軽にスオウと呼んでいただけると嬉しいです」


 スオウと名乗った青年はこちらに手を差し出してくる。

 

「ああ、よろしく。俺は立見奏汰。聞きなれない名だとは思うけどな」


 俺はこれまでの名乗りの経験からスオウに話す。

 だが、彼の反応は今までの人間とは違っていた。


「タツミカナタ……もしや、サイクロプスを討伐したという?」


「知ってんのか?」


「ええ。冒険者の中で、今ちょっとだけ話題なんですよ。サイクロプスを無傷で討伐した、新進気鋭の駆け出しがいるって……お会いすることはないと思っていましたが」


 へー、俺そんな噂になってんだ。

 けど、それなのに一向に声を掛けられないようだと多分名前だけが一人歩きしてるんだろうな、うん、それでいい。

 変に最初から目立つのは嫌いだし、まだこののんびり生活は堪能したいからな。


「けど、いくら冒険者のあなたが相手でも今回の指南ではいずれ敵同士。その時は覚悟してくださいね。僕、案外強いですから」


 スオウからの挑戦状を叩きつけられる俺。

 うーん、やっぱり若さだなぁ。

 俺も精神があと二十年若ければ、受けて立つとか言えたんだけど。


「お手柔らかに頼むよ」


 こんな返しだもんなぁ。

 と、中身オッサンの俺はスオウに返した。


「ほう、今回の希望者は中々に多いな」


 俺が来たのと反対側の出入り口。

 そこから現れた人影に、俺以外の全員が反応していた。


「すげー、本物の紅騎士だ!」


「素敵ー!」


「あの人に指導してもらえるなんて感激だ!」


「罵ってくださーい!」


 相当な有名人なんだろう。

 その人物に全員が羨望の眼差しと声を上げる。

 ―――いや、なんか変態みたいなのも居たな。


「凄い人、なんだな」


「知らないんですか!?」


「うん。知らない」


 俺はスオウに即答する。

 その時の彼の丸くなった目を忘れる事はないだろう。

 だって、美形が台無しだったし。


「そ、そうなんですね…」


「大体なんで紅騎士なんだよ?」


 彼女の姿には紅騎士らしい所はどこにもない。

 髪は金髪だし、服装だった俺や他の奴と変わらないインナー姿だ。

 まあ、そのおかげで目立つべき部分が目立ってるけどな。

 

 ごちそうさまです。

 俺は心の中で彼女に感謝する。


「そこ、随分とお喋りが好きなようだな」


 すると、彼女が俺達に向けて言ってきた。

 その鋭い眼光に横に居たスオウは身を固くしている。

 

「す、すいません!」


「以後気を付けます」


 反対に俺はあまり強張ることなく返す。

 というか、この感じは少し懐かしい。

 なんだか昔の勤め先に来たみたいだなぁ―――あれ、俺の社畜精神ってもしかしてもう駄目なレベル?


「まあいい、全員今すぐ出ろ。さっそく鍛えてやる」


 紅騎士さんは俺達全員に言って背中を向ける。

 ……人の背中には歴史が出るっていうけど、彼女はまさにそれだな。

 とても女性のモノとは思えないほど、彼女の背中は大きく見えた。


「全員出たな。では、本日からこの私、エレイン・ウィル・ブレイドワースが引き受ける。私の教えを乞うからには、多少死ぬくらいは覚悟しておけ!」


 エレインさんの言葉に全員が大声で返す。

 その中にはもちろんスオウもいる。


「ではまず、全員これを持て」


 エレインさんの言葉で、数人の男が木剣を持ってきた。


「全員これを今日一日振ってもらう」


 今日、一日?

 ま、まあ剣術指南って事だし、これくらいは普通なんだよな。


「「「「「重てええええええ!!」」」」」


 言われるがまま木剣を持つ俺達。

 しかし、その剣はあまりにも重かった。

 まるで五キロの米袋をスーパーとかのカートに目いっぱい詰め込んだみたい。


「それ自体はただの木剣だ。振ったところで敵は斬れん。しかしそれには私自身の手で重量魔術を施した。持つのは至難の業だぞ」


 俺達に笑いかけるエレインさん。

 いや、あれ笑いじゃなくて邪悪な笑みだよ、なんか顔の所に影かかって見えるもん。


「ちなみ、今日中に持ち上げる事すら叶わないものは夜通しで挑戦してもらう」


「え、それって……つまり」


 俺は誰よりも先にエレインさんに聞く。

 すると、彼女はさっきの邪悪な笑みと反対のそれはそれは可愛らしい顔で


「飯抜き・床無しです」


 クッソえげつない事を言いやがりました。

 

「ふっざけんなー!」


 俺は未だに持ち上がらない木剣を手に叫ぶ。

 ちくしょう、剣術学びに来たのに筋トレとか、これにはさすがのブラック企業もビックリだよ!


「ふ、んんんんん!!!」


 俺は力いっぱいに剣を持ち上げようとする。

 しかし、どうやら腕ずくで持ち上がってくれるほど簡単ではないらしい。

 

「おい、アレ見ろよ…!」


「すげー!」


 周囲のざわめきが俺の耳に届く。

 釣られて俺も見ると、そこには誰よりも早く木剣を持ち上げる人物がいた。

 しかも、その人も女性。

 え、何、この世界の女の人ってなに、ゴリラか何かなの?


「重力魔術で重さを強化したなら、同じ重力魔術で軽さを与えればいいだけ」


 彼女は当たり前の様に言う。

 しかしその目は、俺を含むその場の全員を下に見るような目だ。

 うん、多分あの子とは相容れないかもしれない。


「凄いなぁ、ミゲル。僕も負けてられない!」


 俺の横で同じく木剣に手を掛けるスオウが尊敬の眼差しで見ていた。


「知り合いなのか?」


「はい。僕と彼女は幼馴染なんです。小さい頃から彼女の魔術に対するセンスは目を見張るものがありましたからね」


 木剣に苦戦する俺とスオウの元にミゲルとか言う少女が近づいた。


「スー、貸して。魔術かけたげるから」


「ありがとう。だけど、お断りするよ。ここではミゲルもライバル同士、手を借りるわけにはいかないからね」


「そう」


 スオウに真っ向から断られ、彼女は戻っていった。


「あの子、魔術の才能が凄いんだよな。なんで剣術指南なんて受けるんだよ?」


「理由は分かりませんが、僕がこれを受けると話したら付いてきたんです」


 あー、うん。

 オッサンなりになんとなく理解したけど、言わないでおこう。

 多分ソリは合わないけど、頑張れよ、ミゲルちゃん!

 俺は話したこともない彼女を応援し、再びこのクソ重い木剣に向き合う事にした。


「しっかし、このまま持ち上げられずに飯抜きは困る…」


 食事は人間の希望だ。

 食事なくして明日の活力は無い。

 

 そういえば、前に聞いたことがあったな。


『いいか立見。大型のバイクってのはな、力だけ持ち上げるんじゃなくて下から腰の力を使って立たせるんだよ!』


『先輩その話もう三十回は聞いてるから仕事してください…。もう僕、目が霞んできたんです…』


 ―――あの話が異世界に聞くとは限らないけど、試してみるしかないか。

 先輩、長年のご高説ありがとうございます。

 俺はもう見る事もないであろうかつての先輩に感謝しながら木剣を置いた。


「タツミさん? 何をしてるんですか?」


「いやーちょっと準備運動をね。ギックリ腰とかになると困るし」


 俺はスオウに言う。

 ラジオ体操なんて最近めっきりやってなかったけど、意外と久々にやると楽しいな。

 なんて思いながら、準備運動を終えた俺は再び木剣に向き合う。

 そして、深く腰を据える。


「腰の力を使って―――ふっぬおおおお!!!」


 腰を使って木剣を持つ俺。

 やっぱり重すぎだろコレ…!

 歯を食いしばり、腕に目一杯の力を込める。

 だが、さっきと違うのは、確かにほんの数センチだけ木剣が持ち上がった事だ。


「よいっしょおおおおおお!!!」


 もう一押しのふんばりで俺は力を出す。

 そしてついに、俺は木剣を持ち上げる事に成功した。


「凄い! 凄いですよタツミさん!」


「へ、へへへ…。けどこれ本当に重すぎだろ、もう腕ぷるっぷるだぞ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「やはりこの程度の連中ばかりか」


 私は指南を望んできた者どもに見る。

 未だ一人として木剣を持ち上げられない現状に嘆きながらその言葉を放つ。


「しかし、エレイン様もお人が悪い」


「ええ。貴女様の魔術の怖さは我々もよく知るところ。まず持ち上げるなど叶わないでしょうな」


 私の近くでは数人の騎士共が嘲笑する。


「何がおかしい。噂では、伝説の悪魔が復活を遂げたという噂もある。この程度が出来ないようでは自らの身一つ守れないだろう」


 私の言葉に騎士共は言葉を失う。

 私も伝記でしか知らない存在―――もしそれが本当だとしたら、少しでも多くの戦力が欲しいと感じて自ら指南役を受けたが、やはり無駄足だったか。

 私がそう感じていると、早くも一人の少女が持ち上げる事に成功していた。

 その様子に騎士共は目を丸くする。


「おい、彼女の名は何という?」


「は、はい! 確か、ミゲル・ランドスターという者です!」


 聞いたことのない名だ。

 だが、一早くに木剣を持ち上げたあたり、彼女には目を見張る才覚があるという事だろう。


「ミゲルか。覚えておこう」


 その後、彼女は別の志願者の元へ行ったがすぐに戻った。

 他の者への激励も欠かさないとはますます評価できる者だ。


「しかし、他の者はパッとせんな」


 未だに木剣に苦戦するものばかり。

 やれやれ、世が平和になっているとは危険が無いわけでもないというのにこの軟弱ぶり、本当に嘆かわしい事だ。


「エレイン様。あちらのご覧ください。なにやら奇妙な動きをしている者がいます」


 騎士の一人が私に言う。

 確かに彼の言う通りそこには変な踊りをしている男が居た。

 しかし私は彼の顔に見覚えがある。

 確か先ほどもう一人の者と話していた者だ。


「ふむ。奴には見たところ大して凄さは感じられんがな」


 その男はもう一度木剣に掴みかかる。

 あの珍妙な踊りに何の意味があるか知らんが、諦めるつもりはないらしい。

 だが、その男は私の―――否、私達全員の目を疑わせてみせた。

 なんと奴は、私の木剣を持ち上げてみせたのだ。


「なんと!」


「こんなにも早く二人目が現れとは!」


「きっとあの踊りには身体強化の魔術が掛けられているに違いない!」


 彼は各々に口を紡ぐ。

 彼女と彼、方法はおそらく違うだろうが開始から早くに達成してみせたのは素直に褒めるべきだろう。

 私はすぐに立ち上がった。


「エレイン様、どちらに?」


「彼らに声をかけてくる。お前達はゆっくりしていろ」


 私は彼らに声をかけるべく、その場を後にした。















◇◇◇後書き◇◇◇


今回も読んで下さりありがとうございます。

登場人物も多くなってきましたが、第一章ではこれくらいの人数にしておこうと思います。


面白いと思いましたら、評価と応援、フォローをよろしくお願いいたします!

それではまた次回でお会いしましょう!








 


 




 

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