星のカーテン
宿屋に帰ってからも俺とリリはすぐに部屋に戻り、眠る事にした。
久しぶりの重労働、以前なら夜通しの仕事など当然だったが、やはり戦いを知らない俺のような奴の体には相当堪えたらしい。
「―――今、何時だ?」
パッと眠りから、目覚める俺。
「おお、カナタ様。お目覚めになられましたか?」
スワロフさんがドアの向こうから声をかける。
「スワロフさんか、悪いが、俺が部屋に戻ってからどれくらいの時間が経った?」
「……大変申し上げにくいのですが、カナタ様が帰還されてから、すでに五日が経過しております」
そうか、五日か―――は?
「五日ぁ!?」
俺は思わず聞き返す。
あれからもう五日が経過しているなんて思う訳がない!
いくら初めての事とはいえ疲れすぎだろ俺!
「相当お疲れだったのでしょう。ただいまよりお食事をご用意しますので、先にゆっくりと湯船に浸かられては如何かと」
スワロフさんはそれだけ言ってその場を離れる。
風呂、か。
帰ってから本当に五日も寝てたならと思い、俺は少しだけ自分の体の匂いを嗅いでみた。
「……お言葉に甘えよう」
その俺の言葉だけで、察してもらいたいものだ。
そうして、俺は温泉まで向かうことにした。
この宿屋はオンボロだけど、温泉だけは一級品の様な綺麗さが保たれていた。
おそらく、スワロフさんが毎日懸命に掃除をしていたんだと思う。
「あ、カナタ」
「おう、リリ」
温泉に向かう途中、リリと鉢合わせた。
彼女も長いこと寝ていたのか、それともただただ寝起きなのか、髪はボサボサだった。
「寝起きか?」
「カナタこそ……五日も起きないから、心配したんですよ」
リリは目を擦りながら言う。
どうやら彼女は俺ほど長く寝ていたわけではないらしい。
「ああ、心配かけてごめんな。さっき起きて、スワロフさんに風呂入れって言われたよ」
俺は軽口に言う。
実際入れと言われたわけじゃないが、スワロフさんもさすがにこんなにキツイ体臭の奴に飯を食って欲しくはないだろうと思い、彼の思いを汲んだ……などという事は無く、単純に俺自身も風呂の方を先にしたかったからだ。
「そうですか。それでは、私と同じですね。カナタ、先に入っても大丈夫ですよ」
リリはそう言う。
「そういえば、リリはどうしてこんな時間まで寝てたんだ?」
俺はリリに聞いた。
というのも、さっき言ったように俺が起きた時はすでに夜だった。
つまり本来ならもう彼女は寝るか、すくなくとも寝起きという事はないはずだ。
「あー、実はつい先ほどまで私一人で……採取の依頼に行っておりまして…ヘヘヘ」
リリは疲れを押しのけて笑う。
「一人でって……、何の為に?」
宿屋の修繕費用の確保。
当面の目的であったそれは達成した。
あのサイクロプスの討伐依頼の達成報酬はここの修繕費用を一流の人にお願いしても幾ばくかのお釣りがくる。
しばらくは依頼をする必要はないはずだが―――。
「私も、一人で何かをしたくなったんです」
「はあ?」
「この前のサイクロプスの時は、カナタに頼りっきりだったので」
そうだったか?
俺はサイクロプスの時を思い出すが、そんな気はしない。
というか、もしあの場にリリが居なくて、何も考えずにサイクロプスに突撃したらと考えると身震いすらしてくる―――。
「だから私でも出来る採取依頼から始めたんです!」
「で、結果は?」
「まだまだでした~…」
リリはガクッと肩を落とす。
まあ、そりゃ採取クエストと言っても要求量は少なくないからな。
二人よりも一人の方が時間がかかって当たり前だ。
―――まあ、俺の採取スキルのおかげもあるけど。
「じゃあ、先にリリから風呂入って来いよ。俺は後でいいから」
「え、そんな悪いですよっ! カナタから先に入ってください!」
「いやいやリリから」
「いーえ、カナタから」
―――数十分後。
「これは、どうした状況ですかな?」
「「だってこの分からず屋が!!」」
俺とリリが心配して様子を見に来たスワロフさんに言う。
まさかここまでリリが頑固だとは思わなかった…!
「だーから、俺の方がリリより疲れてるんだから! 俺の言う事の方が強いの! だからリリから入れ!」
「なーにを言ってるんですか! カナタはさっきまで寝ていたんですから、そんな物は無効です! 無しです! それに比べて! 私はさっきまで一人で依頼に行ってたんです。そう一人で! だから私にはカナタよりも発言権があります! カナタから先に入ってください! しかも臭いんですから!」
「ちょ、おま……っ! それは卑怯だぞ!」
「どこがですか!?」
この言い合いから分かるように、もうお互い支離滅裂だ。
自分でも言いながら訳わかんなくなってるきたが、しかし、一度受けた勝負ここで引くわけにはいかない!
俺だってサイクロプスから逃げ続けた根気強さを見せてやる―――!
「いい加減にしなされ!」
「「っ!?」」
突如として横から響く声。
そこには、目をカッと開いてこちらを見るスワロフさんの姿があった。
「お二人がお互いを心配されているのは、この老いぼれも感じております。しかし、ただいまあなた方がされているのは気づかいではなくただの子供の喧嘩ですぞ!」
俺達は一も二もなく廊下に正座する。
そして、怒るスワロフさんの話をしっかりと聞く。
「はい、すいません…」
「ごめんなさい…」
スワロフさんが、すごく怖い。
いや、マジで怖いんだって。
後ろからなんか赤いオーラとか出てるし、というか、なんか鬼神みたいなものが出てるし。
「でも元はと言えばこいつが俺の譲りを受けないからで」
「まだ言いますか…!」
また言い争うとする俺達をスワロフさんが止める。
今度は言葉もなく、手に持っていた箒を叩きつけるだけでだ。
今のこの人なら悪魔も形無しなのでは?
という興味を抱かなくもないが、ここはジッと黙る事にしよう。
「そんなにお互いを気遣うのであれば、一緒に入ればよろしいのではないですか?」
その時その場に流れた空気は、大変気まずいものだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「はあ、五日ぶりの風呂は身に染みる」
俺は肌に感じる絶妙なお湯加減を感じる。
初めの頃はまさか異世界で温泉に入れるなんて、と思っていたのに今ではクエストが終わったら毎日入れてもらっていたからな。
「そ、それは、良かったですね…」
遠くの方からするリリの声。
「なあ、悪かったから機嫌治せよ」
「き、機嫌は治ってます! もう怒ってませんよ!」
ならもう少し近くても良いものを―――。
俺は腰砕けになりながら思う。
「カナタは緊張しないんですか!? い、異性と一緒にお風呂に入っているというのに!」
「異性――――――フッ」
「あ! 今笑いました!? 笑いましたねカナタ!」
リリが湯気の向こうで反応する。
そりゃ笑いもするよ。
さっきまで子供みたいに喧嘩して、子供みたいに年上に怒られて、子供みたいに一緒に風呂入って仲直りをした女をどうやって異性として見ろと―――。
俺はそう言いたくなるが、またリリが反応しそうなので言わないでおこう。
実際、俺の息子も反応しない。
いや、こっちはただ長年の労働で正常な機能を忘れただけか。
「まあまあ、そんなに怒るなよ。それにほら、上見てみな」
「上? ――――――わあっ!!」
俺達の見上げた先には、満天の星空が広がっていた。
「頑張った俺達に、お天道様からのささやかなご褒美だ。これで怒ってたらもったいないだろ―――」
「―――そうですね。すみませんでしたカナタ。私も少し怒りすぎたかもしれませんね」
俺達はそんな話をしながら、その後しばらく、満天の星空と温かい温泉という最高のシチュエーションを堪能しながら時間を過ごし、さっきの怒りはどこへやら思うほどに穏やかな顔をしたスワロフさんが用意してくれた飯を食ったのだった。
ともあれ、これで第一関門突破―――次は、職人探しだ。
◇◇◇後書き◇◇◇
今回も読んで下さりありがとうございます!
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それでは、また次回でお会いしましょう!
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