初討伐、無事達成!

 避ける。

 一撃を入れようとする。

 捕まりそうになる。

 もう何度に及ぶかも分からない攻防を、俺とサイクロプスは繰り返している。


「オオッ……オッホーォォォォォォォォォォォッ!!!」


 明らかにさっきまでと違う咆哮―――というより嬌声に近い声をあげるサイクロプス。

 

「カナタ、大丈夫ですか!?」


 そこに、上からようやくリリが駆け付けた。

 その顔は俺を心配しており、相当に急いで来たことが彼女が流す汗の量からも明らかだった。


「ああ、なんとかだいじょう……ぶ!」


 俺は抱き着こうとしてきたサイクロプスを躱す。


「おいリリ! なんでサイクロプスは男が好きなんだよ!?」


「サイクロプスは強いものを好むオスだけの魔物で、その……か、彼らの精液には、男女問わず子を成す性質があるらしく…その、繁殖として彼ら自身で……!」


「分かった! もういい! ありがとう! 俺から聞いといてなんだけどそれ以上は聞きたくない!」


 俺はリリの言葉を途中で遮る。

 つまり、奴らにあるのは底なしの性欲で、今までオスしかいないから男が繁殖の対象というわけだ。

 ―――男、立見奏汰まさかの好意を向けられた相手が魔物、しかも自分と同じ男という屈辱を味わうとは思わなかった。


「え、きゃっ…!」


 先ほどまでの俺への目と違い、サイクロプスはリリに拳を放つ。

 そして、その衝撃によりそこは土煙で覆われ、リリの姿が確認出来なくなった。


「リリっ!」


 俺は彼女の名を呼ぶ。

 その土煙の中からゆらりと大きな影が動き、俺の前に現れる。

 

「ふー…。また鬼ごっこかよ」


 俺は剣を強く握る。

 俺自身もう一つ反省しなければならない事がある。

 それはやっぱりスキルの事だ。

 俺は剣術スキルを全部取ればその剣術を使えるようになると思っていた。

 けど、やっぱりこいつもそう都合良くはいかないようだ。

 これはあくまで、俺が剣術を使えれば、それが最高の火力を叩き出すのだ。


 だが、今の俺には剣術の知恵なんてあるわけない。

 今やっているのはあくまでも剣を振っているだけだ。

 つまり今の俺にとっては剣術スキルの最高峰である剣聖も意味を為さないらしい。

 

「ふっ…!」


 しかし、取ったスキルのすべてが無駄でもないのは幸いだった。

 武器の耐久力、切れ味を向上させるスキルの<心気しんき>のおかげでサイクロプスの一撃を止めたり、かすり傷程度だけど、傷を負わせることが出来ているからだ。


「とは言え、やっぱりこのままじゃジリ貧だ。おい、リリ! 生きてたら返事してくれ!」


 俺は未だ晴れない土煙に叫ぶ。

 そして、


「死ぬかと思いましたー!」


 その中からリリが土塗れで叫んだ。

 しかし、彼女が居た場所はサイクロプスが居た場所よりも明らかに離れている。

 ……どうやってあんな所まで。


「お、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」


 サイクロプスは一際大きな咆哮を上げる。

 さすがの俺も鼓膜をはち切らんばかりの咆哮に耳を塞ぐ。

 しかし、それが悪手であった。

 サイクロプスは俺よりも先にリリに向けて走り出す。


「えーいっ!」


 しかし、リリは手に持ったムチを俺目がけて放つ。

 そして、彼女のムチはお見事な精度で俺の足首を捕らえた。

 ―――え?


「ちょ、まっ…!」


 瞬間、俺は足を取られて転ぶ。

 そして、ムチを手元に戻すのではなく、リリはムチが戻る方向……つまりは地面に転んだ俺に飛び込んできたのだ。


「ぐふっ……」


 サイクロプスは幼体と言えど俺達が見上げる程の図体の持ち主。

 さすがに小柄なリリのその動きにはついていけず、壁に激突した。

 ……だが一方で、中々な勢いをつけたリリからダイブされて危うく今朝食べた物が復活しそうになった俺もいた。


「あ、ご、ごめんなさい…」


 リリは申し訳なさそうに言う。

 出来れば、先にそう言う事は言って欲しかった。


「だ、大丈夫だ……無事で何より」


 正直大丈夫ではないが、俺は見栄を張ってしまった。

 そして、壁に埋まってしばらく動けなくなるサイクロプスを前に、俺はリリに聞いた。


「そういえば、さっきもアイツは俺よりもリリに向かったな。何でだ?」


「……サイクロプスは独占欲の強い生物で、自分の物に近づこうとするものから優先的に排除する本能があると聞きました」


 なるほど、つまりは俺と話すリリを邪魔者と見たわけね。

 くっそー、さすがのサイクロプスでも女の子だったら少しは嬉しくなるのに、何故野郎しかいない種族なんだ……!

 俺は心の中でそう悔やむ。

 結構余裕そうに見えるけど、実際はかなりマズい…。

 あと一歩踏み込めれば致命傷を与えられるかもしれないけど、アイツに捕まると何をされるか分からない恐怖のある俺。

 おそらくリリのムチもそこまでの有効打にはならない。

 どうやって討伐したものかと俺は考える。

 ここで新しい攻撃系のスキルを取る?

 だけどもしそれも使い物にならなかったら―――。


「あ」


「カナタ? どうかしたんですか?」


 リリが俺に聞く。

 そして彼女の方を見て俺は笑った。


「へへへ、ちょっと良い事思いついてな」


 そう言いながらリリの横で俺はポケットを開く。

 そして、あるスキルを習得した。

 例えこれも剣術と同じ系統であっても必ず使えるという確信があったからだ。


「オオッ! オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 そして、壁に埋まったサイクロプスがようやく抜け出した。

 

「よーし、いいタイミングだ…!」


 俺は手に持っていた剣を手放し、サイクロプスに近づいた。

 当然、リリはその様子に焦る。


「か、カナタ!? 危ないですよ!」


 俺はリリに言葉を返すことなく近づく。

 奴は奴で何度も俺に拒絶、リリに煮え湯を飲まされてか、逆上し俺に拳を振りかざしてきた。


 ―――そうだ、それで良いんだよ!


 俺は同時に自分に拳を振りかぶる。

 前傾姿勢になってくれていたおかげで俺の拳は奴よりも早く届いた。

 そして、俺の拳は奴の腹部を確かに貫いた。


「っ!?」


「うわ、きったねえ!」


 奴の腹部から溢れ出した血液に染まる俺。

 しかし、サイクロプスの血はとても名状が出来ないほどに臭かった。


「へへ、けどやっぱりこれなら上手くいったな」


 俺は血まみれになりながらリリの元へ剣を取りに行く。

 そして、物言わずに仰向けになるサイクロプスによじ登り、奴の首元に振りかざした。


 正直、この時に戸惑いがないと言えば嘘になる。

 俺を見るサイクロプスの目、それは悲しさを含んだ目だった。

 それに自分で受けた依頼とは俺はこれからこの生き物を殺す事になる―――突発的に目の前に出たその現実に手は震えた、足も止めたくなった。


 しかし、悲しい事に俺は元ブラック企業の戦士。

 そんな経験のせいで俺は、割り切る……という事に慣れてしまっていたのだ。


「これで、依頼完了だな」


 俺はリリに言う。

 すると、リリはその場にへたり込んでしまった。


「おいおい大丈夫かリリ?」


「だ、大丈夫じゃありませんよ! 本当に怖くてカナタも私も死んじゃうかと思ったんですからね!」


「ハハハ、悪い悪い。それより、早く帰ろうぜ」


「あ、その事なんですけど……カナタ」


 リリは顔を俯いて俺の名を呼んだ。


「どうした?」


 俺はリリに聞く。

 すると彼女は申し訳なさそうに口を開いた。


「あの、サイクロプスと、彼らのお墓を建てても良いですか…?」


 リリが指差す方に居たのは、俺がここに来た時に見た生気の無い男達。

 彼らはジッと一点だけを見ている。

 つまり、もうこの世には居ないという事だろう。


「サイクロプスの恐ろしいところは、その繁殖力なんです……それは、例え身籠っていた親が亡くなっていてもその死肉を食べて生まれてき、彼らの精液は、一度出されてしまうとほぼ確実にサイクロプスの子を身籠ってしまうんです」


「それって、つまり……彼らを殺さないと」


 リリは何も言わずに、ただコクリと頷くのみであった。

 そして俺は、彼女の肩を叩く。


「俺も手伝うよ。少し待ってな」


 俺は一呼吸入れる。

 そして再び剣を手に取り、サイクロプスの幼体に捕らわれ、奴の慰み者になっていたすべての人間を、殺した。


 初めて討伐依頼でまさか人間までその手に掛ける事になるとは思わなかった。

 ―――けど、いくらなんでもあんな女の子にやらせる訳には行かないもんな。

 俺はその一心で男達の首を刎ね、腹を貫いた。

 俺とリリはその後時間をかけ、サイクロプスと男達の墓を作り、埋葬した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その帰り道。


「ごめんなさい……ごめんなさい、カナタ…!」


 リリは荷台の中でずっと俺に謝っていた。


「気にするな、俺が言い出した討伐依頼だ。お前が謝る事はない」


 俺は行きと違い近くに寄る彼女を慰める。

 しかし彼女は、俺の言葉を否定する様に首を横に振った。


「……私も、覚悟を持って冒険者になったつもりでした……けど、今日のカナタを見て、まだまだ甘い事を感じました。だから、私ももっと強くなります! カナタを守れるくらい、強くなってみせますから!」


 リリは強い瞳で俺に言った。

 

「そっか、頑張れよ。……ん? それってつまり俺と一緒に居るって事か?」


「……ダメ、ですか?」


 どうやらそういう事らしい。

 俺は上目遣いで見てくる彼女を見て思った。

 これが40のオッサン、しかも疲弊しきっている状態でなければイチコロだったかもしれないな。


「好きにしたらいい。リリが決めな」


「はい!」


 俺はそう言う彼女の横で静かに目を閉じたのだった。


 最後に、俺があの時新しく取ったスキルは―――武術スキル<グラップラー>。

 サイクロプスの拳を使った攻撃を武術と捉えるかは凄く不安だったが、あのとんでも威力、どうやら俺は賭けに勝ったらしい。

 ちなみに、最初にリリがサイクロプスの攻撃を躱した方法は途中にやったように突出した岩にムチを回しつけて回避したらしい。

 俺の見ていないところで、彼女も努力はしていたようだ。


































◇◇◇後書き◇◇◇


今回も読んで下さりありがとうございます!

もし良ければ評価とフォロー、応援をよろしくお願いします。

それでは、また次回でお会いしましょう













 



 


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る