サイクロプス戦、開幕!

 馬車の荷台というのは、思いのほか揺れないものの様だ。

 これは道がキッチリ整備されているからなのか、それとも御者ぎょしゃの力量が良いからなのかは分からないが、ともあれ俺達は依頼にあったサイクロプスの生息場所まで快適な旅路を送っている。


「なあリリ、さっきからどうしたんだよ。変だぞ今日のお前?」


「へっ!? そ、そうですか? 私としていつも通りなはずなんですが、お、おかしいですね…」


 リリは髪を正す仕草をしながら返す。

 口ではこう言っているが、今日のリリはおかしい。

 だって朝からさっきまで彼女から俺に話を振ってこないし、しかも何故か彼女が座っているのは俺と対角線上に位置しているところだ。

 いや、別に横に座れとか気持ち悪いことを望むわけじゃないけど、そんなに距離を取られるほど嫌われる様な事をした覚えはないぞ。

 

 ―――他に心当たりがあるとしたら。


「さては、今日のサイクロプスに何か関係してるな?」


 俺が聞くとリリはビクッ! という擬音が付きそうなほど大きく体を跳ね上がらせた。

 どうやら当たりらしい。


「な、なんの事でしょう…?」


 目の泳ぎ方が尋常じゃない…!

 まるでテレビで見たカメレオンみたいに左右の目が泳ぐリリを見て俺は思わずツッコみそうになった。


「誤魔化すな! お前がそんな態度を取る心当たりは一つ、昨日俺がサイクロプスの討伐依頼を受けてからだ! さあ吐け、一体何を知っている!?」


「ひ、ひはいっ! ひはいふぇふよ、ふぁふぁた…!」


 おそらく、痛いですよカナタ、と言いたいのだろうがそうはさせない。

 俺はリリの頬をビヨンビヨン引っ張って遊ぶ。

 本当に人の頬なのかと疑ってしまうほど弾力性があり、遊んでいる内に楽しくなってきた。


「意外とこれ楽しいぞ。着くまでの暇つぶしにでもするか」


「ひゃめてくださいよぉ~…!」


 リリの叫びが荷台の中に響く。

 その後数十分、俺は彼女の柔らかい頬を堪能したのである。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「うぅ…、酷いですよカナタ」


「いやー悪い悪い。思った倍リリの頬っぺた気持ちよくてさー」


 リリは頬を撫でながら俺に言うので俺も思わず返した。

 今日の新発見は、リリの頬に癒しがある事だ。

 彼女の頬っぺたによる癒し効果は絶大、前世だったならきっと社内に持ち込んで一時間に一回は癒してもらっていたに違いない!


「それにしても、本当にこんな所にサイクロプスがいるのか?」


 俺とリリが歩いているのは、少しだけひんやりした洞窟の中。

 松明を灯しているので目は聞くが、その先にある闇と、洞窟内の肌を撫でる冷たい空気が恐怖心を煽ろうとしてくる。


「か、カナタ…それよりもう少しゆっくり歩いて、い、いいんですよ?」


 いや、実際には煽られるんだろう。

 なにせリリなんてさっきから俺の服の裾を掴んでるからな。

 

「なんだリリ怖いのか? もう大人だろ?」


「お、大人でも怖いものは怖いんですよ! 大体、どうしてカナタはそんなに落ち着いているんですか!?」


 リリは泣きそうな顔で俺に聞いた。

 

「ああ、まあこの程度の暗さなら前からちょくちょく経験してたし」


 実際、会社から帰る時はこのくらいだったからな。

 まあ、そもそも帰れること自体稀だから本当にちょくちょくなんだけど。

 え、じゃあ帰る時は朝なのかって?

 ハッハッハ、何を言っているんだいみんな、朝はもう始業の時間じゃないか…!


「にしても、本当にデカい洞窟だな」


 俺は後ろにリリを引き連れて進む。

 この洞窟内に住み着いてしまったサイクロプスの幼体。

 今はまだそれ程の実害が出ているわけでは無いが、ここは交易路としてよく使われる道故に成体になる前に討伐してほしいというのがこの依頼の内容だ。


「しかしこうも暗いと足元すらみえな……」


 瞬間、俺の足元から地面の感触が消えた。

 否、正確にはさっきまで足元にあったはずなのに今度は俺の背中がその感触をしっかりと受け継いでいる。

 そう、つまり俺は落ちたのだ。


「カナター、大丈夫ですかー!?」


 多少の落下の後、俺の足はしっかり地面の上に着く。

 そして上からリリの声が聞こえるあたりから、そこまで大きな穴に落ちたわけではないらしい。


 そして何より、俺はどうやら幸運らしい。


「リリ! こっちは大丈夫だ! お前はしっかり道に沿って降りてきてくれ!」


 俺は上にいるリリに言って、目の前の巨漢に向き直った。

 そして、とても明るい円形の穴……というよりは寝床なんだろうな。


「邪魔するぜ…!」


 俺に背を向けるその生物。

 ソイツは俺の声に反応してゆっくりとこちらに向き直った。

 そして、その顔面を大きく占領した一つだけの目玉が俺を捉えている。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」


 一目でそれがサイクロプスだと理解した俺。

 そしてそれと同時に理解したくないものもあった。

 サイクロプスの後ろにある……いや、居たのは生気の無い目をしながら、下半身のみ裸になり、そこから何やら白い液体を垂れ流しているだった。


「あー、リリー! まだ近くにいるか!?」


「は、はい! なんですかカナタ!」


「あの馬車での続きなんだけどさ、もしかしてサイクロプスの好きな物って…」


「っ! すぐに私もそこに行きます! なんとか持ちこたえてくださいカナタ! サイクロプスは……その…せ、性欲が強く、男性が大好物なんです!」


 俺の元にノソノソ近づくサイクロプス。

 そしてこの場でようやくリリから提供される情報。

 ハッキリ言って、この場には絶望しかなかった。


「オオッ!」


「ぎゃあーーーーーーっ!!」


 俺に掴みかかるサイクロプスを辛くも左に避ける。

 そして、再び俺を見るサイクロプス。

 その目は、さっきの情報を聞いてしまったせいか不思議とハートになっている様に見えてしまった。


「リリ……さっきのは謝るから出来るだけ早く頼む…!」


 俺は剣を抜き、サイクロプスを見る。

 そして、ここから帰ったら今度からはもっと魔物の事をよく知ってから依頼を受けようと、強く―――本当に強く誓ったのである。


「ん?」


 そんな誓いを立てた俺の目に飛び込んできたのは、再びの絶望。

 サイクロプスの下腹部、そこには男であるからこそ俺もよく知るヤツが、自らの存在を主張せんばかりに張り切っていたのである。


「ぜってー、捕まれねえ!」


 俺は頭で考えるよりも先にその言葉を吐き出したのだった。





















◇◇◇後書き◇◇◇


今回も読んで下さり誠にありがとうございます!

もしよろしければ、評価と応援、そしてフォローをよろしくお願いいたします!

そして、次回はいよいよ戦闘致します!

至らぬところが目立つかとは思いますが、次回も読んでいただける幸いです!


それでは、また次回でお会いしましょう!








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