都合よくはいかないらしい
俺達はその後も宿を建て直すための資金を集めた。
時には俺とリリの二手に分かれて仕事をしたり、設定されていた報酬よりも多くの素材を集めて残った物は売り払ったりもした。
だが、それでも俺には前よりもずっと楽だった。
前の世界では家に帰る時間なんてないに等しいが、今の生活では1日一依頼、早ければ2つ依頼をこなすだけで帰れる、温泉にも入れてしっかり寝られる。
もうこれだけでこの生活が天国の様に感じられた。
「しかし、やっぱり採取系や手伝い系の依頼だと報酬もあまり多くはないよな」
「そうですね。スワロフさんのご厚意でここのお金とお食事代がタダとは言え、やっぱりこれじゃあ宿を建て直すのに時間がかかります…」
床に寝そべる俺の隣でリリが言う。
そう、今直面している問題はこの宿屋を建て直す金だ。
その額はやはりとんでもない物で、リリなんて額を見て気絶していた程だ。
このままじゃ資金集めだけで何年もかかってしまう。
「やっぱりやるしかないか」
「討伐系の依頼ですか?」
「ああ」
討伐系依頼。
冒険者の多くが請け負っている依頼で、俺達がこれまで受けてきた依頼に比べて報酬が破格の値段になる事もある。
まあ、こっちとしても命を懸けるのだからそうでなくては仕事として成り立たないからな。
「その為には、爺さんに申し訳ないけどこの金を装備を買う為に使おう」
「討伐系。私達で出来るでしょうか…」
リリが不安そうに言う。
かく言う俺もその気持ちはある。
実際、あれから毎日の様に管理部に顔を出している俺だが、冒険者の死亡ニュース、冒険者を辞める申し出、そんな物が後を絶たない。
「分からん。けど、手っ取り早く金を集めるにはやるしかない」
俺はリリに言った。
「分かりました。カナタが言うなら私もやってみます!」
リリはふんっ! と鼻を鳴らしてやる気を見せる。
そして俺は彼女を見送って部屋に1人となった。
そこからやはり、あのスキル画面を開いた。
俺はこの画面にポケットという名前を付けた。
様々なスキルやその情報が保持されているし、いつでも引き出せるからな。
「討伐依頼ってなると、やっぱり戦闘系のスキルがいいよな」
あれからこのスキルについて分かったのは、やはりチートであること。
しかし反面、都合のいいスキルばかりではない事だ。
無から金を創るスキルが無い様に、無から物質や人を創るスキル、人の心を思いのままに制御するスキル、不老不死のスキル、等はない。
まあ、あっても怖いから取らないけど―――。
それと、このスキルはあくまでも俺が何かをしないと意味がない。
例えばこのスキルの中で興味を持ったのが操作スキル<天帝>。
天候と、それに応じた自然現象を自在に操作できるスキルだ。
……が、問題は俺がその自然現象を知らないと発動すら出来ない。
例えば俺がこのスキルで雨を起こし、そこから洪水を操作することは可能だ。
それは俺が洪水がどんなものか知っていて、想像できるから。
―――けれど、俺に天変地異を起こす事は出来ない。
理由は簡単、俺は単語こそ知っているがそれ以外にどんな災害になるのかが分からないからだ。
しかもこのスキル、俺は問題ないが天候である以上特定の相手にだけ作用することが無い。
だからその辺の野原で大雨なんて降らそうものならリリにも被害が及ぶ可能性があるのだ。
「チート持ちも楽じゃないな」
俺はそう呟く。
やっぱりここは無難に剣術スキルを取得していった方がいいかな?
剣聖程の特別性はないが、剣の耐久性を増やす、持った時の重さを軽減する…等々一口に剣術スキルと言っても俺にくれる恩恵は様々だ。
先に言っておくが、ここでも都合のいい事はない。
絶対に折れない剣になるとか、重量そのものがなくなるとか、そんな事はない。
まあきっと他のスキルと複合して使えという事なのだろう。
「んー、リリはどんな武器を買うのかな…?」
見た目は少女だからやっぱり杖、術師とかか?
けど意外と血気盛んなところもあるから意外と武闘派―――は無いな、体力的に。
言いたくないが、リリには体力が圧倒的に欠如している。
今までの依頼も俺とリリだとバテるまでの早さに差がありすぎる。
そんな彼女が前衛で戦ったらすぐにお陀仏だ。
「まあ、リリの事はリリが決めるか」
俺はそう言って眠る事にした。
初の討伐依頼、緊張と同時少しの興奮を覚えながら、俺の意識は暗闇の海へと沈んでいった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌日。
俺とリリは再びケントルムに繰り出す。
しかし今朝リリと話し合いをした結果、今日は武具の購入だけ、討伐依頼を受けるのは明日以降にしようと決めた。
さすがに俺も初めて手に持つ武器をその日の内に試すのは怖い。
しかも以前にいた世界と違って手に持つのはボールペンやシャーペンじゃない、文字通りの武器だ。
振れば斬れる、血が出る、相手の命を奪う。
そんな凶器をその日の内に試せるほど俺の肝は据わってないからな。
「色々あるなぁ。剣に弓矢、斧、前に盾が付いた槍なんかもあるぞ!」
俺は年甲斐もなくはしゃいでしまう。
いやまあ、体の年齢が20代の頃に戻っただけで考えは中年の俺だけど、やっぱりこう言ったザ・武器という物を間近で見ると遊園地にでも来た気分になる。
「けど、やっぱり怖いですね……こういうの」
リリは少しだけ冷や汗を掻いて言う。
「でも、必要な事だぞ。リリだって冒険者になったからにはやっぱり遺跡の探検とかに興味あるんだろ?」
まあ、俺の場合はガッツリ彼女に乗っかっただけなんだが、やっぱり冒険者とかいう仕事について、世界のどこでも好きに探検できるなんて言われたら興味が沸かないわけがない。
それに、前世だと旅行とかする暇もなかったしな。
「そう、ですね。やっぱり、自分の身を守る為には必要な事ですよね」
リリは自分に言い聞かせるように言う。
「分かりました。私も頑張ります!」
「お、おおう……何をかは知らないけど頑張れよ」
俺達は二人揃って武具屋の商店街を歩く。
ひとしきり歩いて、自分たちの手持ち金と相談、そして自分に合うと思った武器や防具を購入という形だ。
「リリは何か気になる武器とか無いのか?」
「私は……そうですね、あまり力を必要としない物がいいですね」
さすがにリリも自分の事はよく分かっているようだった。
しかし、力が要らない武器となるとやっぱり杖とかになるのか?
「リリは魔法とか魔術とか使えないのか?」
「無理ですね。魔術というのは元より生後3歳までの間に然るべき師匠となる方に預けられ、長い年月をかけてようやく習得するもの―――。私は教えを受けたことすらないので、魔術の才はないと思っていいはずです」
なるほど、この世界だとそういう物なのか。
魔帝のスキルがあるから結構みんな簡単に使えるのかと思った。
「そういうカナタは何か気になる武器とかないんですか?」
「そうなんだよなー、やっぱりどこを見ても売ってないから。無難に剣になるかな…」
やっぱり日本人である以上、刀を使いたかったけど、さすがに異世界。
刀という文化すらないのかどこを見ても影も形もなかった。
まあ幸いいくつか手持ちで足りそうな剣はあるからその中から気に入ったのを買うとするか、最悪刀は鍛冶スキルを取って自分で作ればいいし。
「ん?」
俺が辺りを見回すと、そこには他の店と比べて明らかに人の入りが少ない店があった。
「なあリリ、あそこも見てみようぜ」
「え?」
俺が指差す方を見るリリ。
太陽がちょうど当たって店内は暗くなっているが、それでもここで店を出してるんだから誰かいるだろう。
俺はそう思ってその店に足を運ぶ。
「ちょっといいか?」
「誰、あんた?」
そこに居たのは炭に塗れた作業服を着た女の子だった。
髪は邪魔だからなのか肩までも届かない黒髪の短髪、つり目だからかこちらを見る目が凄んでいるも、正直女の子だからあまり怖くない。
……つか、俺ここに来てから女の子に会う確率高くね?
リリに、管理部の受付のお姉さんに、この子、前世でまったくと言っていいほどに女子に縁が無かったから揺り戻しでも来たのかね…。
「駆け出しの冒険者。武器が欲しくて見に来たんだけど、いいかな?」
「わ、私も良いですか!?」
「……勝手にしな」
店主の女の子はそう言って手を振る。
この態度の悪さがこの店に人を呼ばないんじゃないだろうかとも思ったが、それでも見せてくれるならありがたい。
「これは、なんでしょうか?」
リリがそう言って一つの武器を手に取る。
それは一目に見るとムチの様に見えるが、さすがに俺もムチをどう使うのか知らないから教えようがないな。
「振りな」
「え」
「それを軽く振って、てきとうにまた自分の方に持ち手側を引き寄せてみな」
店主の子がリリに教える。
リリは少し戸惑いながらも教えられたように振ってみせる。
すると、一際大きな音を立てムチの先端部分は少しだけ地面を削っていた。
「それは威嚇用。魔物に当てないように振って、驚かせるの。力が無い奴でも使えるように作ってみた」
これを一人で作ったのか、凄い子だなこの子。
「凄いです! ねえカナタ! これなら私でも使えますよ。これを下さい!」
リリは目を輝かせてとして店主に言った。
こんなに武器見てウキウキしたリリ今日初めて見たぞ。
「あんた。そんなのでいいの?」
店主も店主で驚いている様子。
「いいよ。そんなので良ければお金なんて」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
リリはすごく嬉しそうだった。
じゃあ、俺も手ごろな剣を一つ頂こうかな。
お、このブロードソード、銅貨2000枚だ。
「じゃ、俺はこれをくれ」
「あ、うん」
え、なんか俺だけ塩対応じゃね?
俺はそんな思いと共にリリを連れて宿屋へと帰る事にしたのだった。
◇◇◇後書き◇◇◇
こんにちは。
今回初めて後書きを書きましたポンチョと言います。
さて、この小説が少しでも面白いと思ってくださったら評価と応援を、フォローをよろしくお願いいたします。
それでは、また次回でお会いしましょう!
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