初仕事はいつだって大仕事

 1つ摘んでは俺のため~、2つ摘んでは金のため~、3つ摘んでは飯のため~。

 俺は心の中でそんな歌を唱えながら森の奥に生える草を片っ端から摘んでいた。


「カナタ、元気ですね~……私、もうくたくたです…」


「頑張れリリ! これも俺達を頼ってくれた人の為だぞ!」


「は、はいぃぃぃ~…」


 リリは俺に言われる草むしり、もとい薬草採取を再開する。

 そう、俺はあの後彼女と行動を共にすることにした。

 その話をする為にも、少しだけ時間を巻き戻す事にしよう。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 この宿屋を建て直す―――。

 そう意気込んだもののまずは何から始めるべきか。


「やる事は盛り沢山だからな」


「そうですね。何から手をつけた物でしょう」


 俺とリリは互いに唸る。

 

「とりあえず、スワロフさんの嫁さんに会おう」


 俺はリリに言った。

 スワロフさんとはここを切り盛りしているあの爺さんだ。

 何を置いてもまずは爺さんの嫁さんがどういう病気なのか、それを知ることから始めようと思ったからだ。


「分かりました」


 俺はリリに思った事を説明し、彼女からの了承も得た。

 そして、俺達は二人でスワロフさんの所に向かう。


「妻の容態を、ですか」


「ああ。この宿屋を建て直そうにもまずは報酬の飯を作ってくれる嫁さんが命に瀕してるとかだと困る。誰か見てくれる医者を探すとこから始めないといけないかもしれないしな」


「それは、問題ないかと思います…」


 スワロフさんはそう言った。

 

「どうしてですか? 確か奥さんは病になってるって」


「……」


 リリが聞くとスワロフさんは黙ってしまった。

 しかし、何か覚悟を決めて俺達に言う。


「お二人にすべてを託した身です。この際、すべてをお話しします。付いて来てください」


 スワロフさんは俺達に背中を向けて言う。

 どうやら、ここにはまだ俺達の知らない何かがあるようだ。

 そうしてスワロフさんに案内される道中、彼は俺達にこう告げる。


「お二人にも知っておいてほしいのですが、妻は私とそう年が変わりません。こんなじじいに数十年連れ添ってくれた、私の持てるただ一つの宝物です」


 スワロフさんは言う。

 そして彼は、ボロボロのこの宿屋の中で唯一、綺麗な引き戸の前で止まった。

 

「こんな所があったのか」


「妻が眠っている場所です。もう妻が寝てから3年にもなります」


 スワロフさんは俺に説明してくれながら引き戸を開ける。

 そして、俺は……いや、俺とリリは絶句した。


「これは、どういう……事ですか!?」


 そこで眠っていたのは、お婆さんというにはあまりに若々しすぎる女性だった。

 見た目の年齢だけで言えば、リリと同等、つまりは二十歳は超えていないように見える。


「嫁さんとの年齢は変わらないんじゃなかったか?」


「お話を聞いていただけますか?」


 俺はスワロフさんに頷いて返す。

 

「ありがとうございます。カナタ様」


 スワロフさんからの感謝の言葉。

 うーん、あんまり前は感謝なんてされてこなかったから、くすぐったいな。

 

「以前にお話しして事は覚えておられますか?」


「えーっと確か、この近くに魔物が住み着いて、それで冒険者が何人も返り討ち、で嫁さんは病になっちまった。だっけ?」


「はい。……ですが、実はそれは違うのです」


 スワロフさんはそう言う。

 リリは俺の横で黙って聞いていた。


「妻は病ではなく、魂を肉体から奪われてしまったのです…」


 スワロフさんの悔しそうな声。

 だが彼は、今にも泣きだしそうな声を押し殺しながら俺達に説明してくれた。

 

「この近くに住み着いたのは、悪魔なのです」


「悪魔…」


「悪魔!?」


 俺よりも大きく反応したのはリリだった。

 なんだ、悪魔ってそんなにヤベーのか?


「どうしたんだよリリ? 急に大声出して」


「そりゃ驚きますよ! カナタ、もしかして悪魔も知らないんですか!?」


「うん、知らない」


 俺はリリに返す。

 だって俺、元々この世界の人間じゃねえし。


「どれだけ田舎から来たんですか! 悪魔と言えばこの世界に住む者なら誰だって知ってる、凶悪な生命体ですよ」


「その言い方だと、魔物と悪魔は違うんだな…?」


「ぜんっぜん違いますよ! 魔物はあくまで冒険者が狩れる生物を対象として管理部が定めた生き物の総称ですが、悪魔は管理部―――いえ、冒険者というものが世界に誕生するよりも前から居たというもので数百年前には、一匹の悪魔によって栄光と繁栄を極めた国が消えたというお話もあるんです」


「マジでかっ!?」


 リリの話の最後を聞いて俺もようやく悪魔とやら恐ろしさが分かった。


「ま、まあ最後のは、私が以前に母から聞いた御伽噺なんですけど」


 俺はその場でズッコケる。

 実話かと思ったら御伽噺かよ!


「肩透かしくらった気分だぜ」


「け、けどそれほど強大な存在が悪魔なんです! ……でも確か悪魔の存在は数百年前を境にそのすべてが存在を封印されたと聞きますが」


 リリが言うとスワロフさんも頷く。


「私も確かに奴が悪魔と言える確証はありません。ですが、妻の魂を奪い去り、数多くの冒険者を葬ったその実力ちからだけで私は十分に悪魔に見えて仕方が無いのです」


 スワロフさんは震える。

 ただ、冒険者を返り討ちにするのは分かる。

 分からないのは何故スワロフさんの嫁さんの魂を奪ったかだ。


「おそらくは、奴の暇つぶしなのでしょう」


「え?」


「カナタ様。貴方は今、どうして妻の魂が奪われたのが分からないと思われたのではありませんか?」


 え、怖っ…。

 何この人相手の心の中が読めんの?


「その顔を見ればわかります。私だって伊達に年を取ってはいませんので…ははは」


 いや普通分からんて…。

 俺はそう思ったが、言わないでおくことにした。

 とりあえず今は、話を聞くことの方が大事だ。


「悪魔は私達夫婦に言いました『お前たちのどちらが魂を差し出せ、そうすれば俺から雑魚共に手出しはしないと約束してやる』と」


「そんなの口だけじゃ」


「そう、私も最初は信じませんでした。ですが妻は違った、彼女はその約束を信じ、自分の魂を差し出すと言ったのです」


「そんな…」


「もちろん私は彼女を止めました。彼女が犠牲になるくらいなら、私が犠牲になる。そう思っていました。ですが、動くのが遅すぎた…」


 下を向くスワロフさん。

 

「悪魔は一瞬のうちに彼女の魂を連れ去り、彼女の肉体はその場で倒れ込みました」


「そうだったのか」


「そしてその後、悪魔は私に言ったのです『お前が寿命で死んだら、この女の魂は返してやる。瑞々しかった時の姿で、愛する者がいなくなった絶望を味あわせるためにな!』と、にやけた笑いを浮かべながら…!」


「ひどい…!」


 リリが言う。

 俺も彼女に同意見だった、胸糞悪い、反吐が出る。

 だけど、目の前のスワロフさんを前に言葉は出せなかった。

 俺なんかの怒りよりも、スワロフさんの感じた喪失感の方がきっと何倍も大きい。

 そう考えてしまうと、彼にかける言葉なんて俺には無かった。


「本当に情けない。悪魔の恐怖に負け、愛した妻すら守れない……きっと彼女は、こんな私を許してはくれないのでしょうね…」


 スワロフさんが続ける。

 しかし、


「それは違うな」


 俺はそれを否定した。


「スワロフさんはこうして嫁さんの為に必死で生きて、それでこの宿を守ろうと頑張ってじゃねえか。そんなあんたを許さないほど、あんたの愛した嫁さんが薄情な事はないと、俺は思うぜ」


 俺は続けた。

 

「それにおかげでやるべき事が見えてきた」


「やるべき事……ですか?」


「ああ。あんたの嫁さんが病気じゃないなら、ひと先ずはこの宿屋が優先だ。この宿屋を建て直す資金と、大工の確保、そして最後にその悪魔をぶっ倒して嫁さんの魂を開放する。これだろ」


「あの悪魔を倒す!? そ、そんな無茶な!」


 スワロフさんは俺に言った。

 そしてリリもまるで信じられないといった様子で俺を見ている。

 だけど、俺だけは悪魔を倒せないとは思わなかった。

 大前提実際に見てもいないものを怖がるのは無理だし、なにより―――それだけ強いならこのチートがどこまでの無双っぷりを発揮出来るのか見物だしな。


「んで、リリはどうする? 今なら俺に付いてくるの止める事も出来るけど?」


 リリに俺が聞くと、彼女はすぐに返した。


「や、やってやりますよ! ここまで来たら、私もカナタと一緒に悪魔を倒します!」


 ブルブルと震えるリリ。

 その様子は、まるで大型犬を前にしたチワワだ。

 だが、それでも彼女は真っ直ぐな顔で俺を見ていた。


「おっし、となればまずは資金調達だ! さっそく管理部に行って依頼を受けるぞー!」


「はい!」


 俺はリリと共にスワロフさんを置いて宿屋を出た。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 そして時間は現在いまに戻る。

 あれから俺達はクエストボード(この世界では依頼が張り出されるあの板をそうよぶらしい、どこの世界でも呼び方ってあんまり変わんねえな)にある依頼の中から今の俺達でも出来そうな薬草採取の依頼を受けた。

 本当なら討伐系の依頼の方が報酬は良いんだが、如何せん俺達は金が無い。

 流石の俺のスキル画面にも、無から金を創り出す、みたいな都合のいいスキルは無かった。


 まあ、いきなり大金用意したらリリから犯罪も疑われかねないし、適当なスキルを取って俺だけが討伐系の依頼に最初から行くのもなんだと思いこれにしたのだ。


「カナタ―、今どれくらい集めましたー…?」


「もう少しで3篭目。リリは?」


「まだ1篭目の半分です~…」


 涙目のリリが俺に返す。

 まあ、俺リリに隠れて採取系のスキル取得したから差付いて当たり前なんだけどね。


「ほら頑張るぞ! 早くしないと今日野宿になっちまうぞ!」


「うわああああああああぁ~…」


 リリの悲痛な叫びが森の中にこだましたのだった。







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