スキル
「おうリリ、戻ったぜ」
「あ、カナタ! お帰りなさい!」
無事に冒険者登録を済ませてリリの元に戻る俺。
彼女はそれをとても嬉しそうにしていた。
「どうした? 俺が冒険者になったのがやけに嬉しそうだな」
「そう、じゃなくて嬉しいんです。今日会ったばかりで、まだお友達とも呼べないかもしれませんが、それでも私と親しくなってくれた方が、私と同じ冒険者になってくれた。それが嬉しいんです…!」
そう言ったリリの目には涙が浮かんでいた。
きっと彼女もここに来るまで色々あったのだろう、遠くの国から来たとか言ってたし、それに何より、彼女もきっとここまで1人で来たのだ。
だから彼女は同じ1人だった俺を放っておけず、俺と仲良くなれたら思いここまで俺を案内してくれたのだろう。
「バカ言ってんじゃねえよ! ここまで一緒に来たんだから、俺達はもう友達だ!」
「ほ、本当ですか!? やったー!」
リリは嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねる。
そして、俺は彼女と共に管理部を出た。
さっき去り際に受付のお姉さんから聞いた話で、この国内で家を持たずに冒険者になった者にはその日だけ宿と飯が与えられるとのこと―――。
だから俺はさっそくその日から依頼をこなすのではなく、1日疲れを取ることにした。
このスキル画面についても詳しく知らなきゃならないからな。
「カナタはこれからどうするのですか?」
リリが俺に聞く。
「とりあえず管理部の人がとってくれた郊外の宿屋に行くかな。色々疲れたし」
異世界に飛ばされて、美少女と出会って、冒険者になって。
もうこれだけでも理解に苦しむって言うのに、そこにさらにこのチートのオマケ付きだ。
1日使ってしっかり整理しなきゃならない、俺の為にもな。
「リリはどうすんだ?」
「私は……そうですね。私もカナタと一緒に行きます」
「いいのか?」
「いいんです。元々予定もありませんでしたしので」
「そっか、じゃあ行くか」
「はい!」
俺とリリはあまり急がず、この街並みを楽しみながら宿屋へ向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
時間をかけ、宿屋に着く俺達。
「ボロいな…」
「あ、あはは…」
そこはお世辞にも宿屋とは言えないほどボロボロだった。
外から見ても壁には穴が開いて、窓はもはや窓の体を成していない。
掛かっている暖簾だって破けていた。
「で、でも夜空を見る分には良さそうですよ!」
「まあ、あれは窓とは言えないからな」
「け、けどここには温泉があるそうです…!」
「この様子じゃそっちもあまり期待しない方が良いんじゃないか?」
「うっ…」
リリが言葉を詰める。
前の世界の俺が住んでた場所も大概だが、此処ほど酷くはなかった。
「はっはっは…、そのお方の言う通りだよ、お嬢さん」
そんな話をする俺達に届く声。
そして、宿屋のドアから1人の老人が姿を出す。
「ようこそ、当旅館へ…」
「えっと、すいません。私達、管理部の方にこちらの旅館を手配してもらっていたものなんですが」
「そうでしたか。それはそれは、お名前を聞いても?」
「立見奏汰です」
「リリーナ・ワスト・ブリゲードと言います」
それを聞くと老人は宿の中へ姿を消す。
そして再び姿を現して俺達に言った。
「確かにお二人は冒険者様として管理部の方から伺っております。どうぞ、こちらへ」
俺とリリは互いに目くばせをして宿屋に入る。
その中も酷い有様だった。
外同様に虫食いになる壁、割れた窓、声のない廊下。
「つかぬ事聞いて良いか?」
「はいはい。なんでしょうか?」
「ここ、他に人いないのか?」
「カナタ…!」
老人、もといお爺さんに聞く俺を諫めるリリ。
だがお爺さんは一拍の間を置いて声を出した。
「以前はここも、冒険者様たちの宿泊する宿として活気に満ちておりました。しかし、時は流れ、この近辺には凶暴な魔物が住み着く様になってしまったのです」
「けどそれは、冒険者に依頼すれば……」
「しましたとも。そして何人もの冒険者が依頼を受注してくださり、そしてみな、亡くなっていきました」
お爺さんの言葉にリリは口を
「幸いなことにその魔物は、こちらからさえ手を出さなければ襲ってくることはありません。私は、これ以上自分の身勝手な願いで死にゆく人見たくなかったので、依頼を取り下げました」
俺達は黙って聞く。
お爺さんの話し方は淡々としていたけど、それでも悲しい気持ちだけは言葉以上にその背中が語ってくれた。
「そして、魔物を恐れてこの宿屋に人は来なくなり、次第に従業員も離れた。そして今では宿の修理費も払えずに、従業員も私と妻の二人だけになってしまったのです」
「奥さんが、いるのか」
「ええ、今は病に
お爺さんの笑顔が俺達を刺す。
最初にこの宿屋を酷く言った俺だったが、その話を聞いた以上何も言う事が出来なかった。
「こちらがそれぞれのお部屋になります。粗末な物ですが、お食事の時間になったらお呼びしますので、ごゆっくりしてください」
お爺さんはそれだけ言って離れて行った。
そして、俺とリリは何も言わずにそれぞれの部屋に入る。
俺はその後、スキル画面を開き、どういったものがあるのか再確認した。
「こりゃすげえな」
その一言に尽きる。
話術スキルや筆記スキルなどは序の口。
問題は剣術スキルや魔術スキル等だった。
それらは一つでも習得すればすぐにでもこの世界でトップに立つことが出来るような物ばかりである。
「剣聖、魔帝、
それを見て呟く俺。
普通の人間ならばここですぐに様々なスキルを取るだろう。
しかし、俺はそれらを一旦置くことにした。
考えても見てほしい、例えばこの剣聖、習得すればこの世の剣技すべてを最高火力で使えるというものだが、俺は今剣を持っていない。
買おうにも金が無い、つまり今取得しても宝の持ち腐れだ。
じゃあ魔術にすればいいだろって? 残念ながらこの魔帝というのも一度見た魔術のすべてが最高位魔術で使えるものだが、そもそも魔術を見てないからダメ。
つまり、まずは基本的なスキルから取得するのが一番良いのだ。
「カナタ、少しいいですか?」
俺はドアの外からしたリリの声に反応してスキル画面を閉じた。
「おう、リリか。いいぞ、入れよ」
リリは神妙な面持ちで部屋に入る。
そして、俺の前にチョコンと座った。
「カナタ、どうやら私、ここまでのようです。カナタとはこの先一緒に行けそうもありません」
「お、おう? どした急に?」
リリの言葉に俺は返す。
流石に突然すぎて何を言いたいのか分からん。
「さっきのお爺さんの話を聞いて、カナタはどう思いましたか?」
「どうって言われてもなぁ…」
「私は、うまく言えないですけど…。悲しくなりました。あんなに優しそうな人が困っているのに、何も出来ないのが……悔しくなりました」
リリは、涙を流した。
それは管理部で見せた嬉し涙と違う、悲しみと、悔しさの入り混じった涙。
「だから私は、ここで少しでもお爺さんの助けになれる事をします。せっかくのお友達とこんな別れになってしまいすごく悲しいですが、カナタも頑張ってください」
リリは俺に笑ってみせた。
そして彼女は、俺の言葉も聞かずに部屋を後にする。
――――――ったく、リリも爺さんも笑うならちゃんと嬉しさで笑えよな。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
時間は流れ、飯を食べる俺達。
爺さんの言う通り、飯もお粗末な物だった。
硬いご飯に、まるでシラスの様な小さい魚がちんまりと盛り上げられ、野菜は食べられる物なのかも分からない木材の様な何か。
「本当なら、冒険者様にはもっと豪勢な物を召し上がっていただきたいのですが……私ももっと妻から学んでおけばよかったですな……ははは」
爺さんの乾いた笑いがする。
そして、ふとリリが爺さんに言った。
「お爺さん! 私を、ここで働かせてください!」
「ええ…?」
「私も、お力になりたいんです! お金もいりません、ですからお願いします!」
リリが言うと爺さんは笑った。
そして
「お断りします」
キッパリと断った。
「ど、どうして…!?」
断られるとは思わなかったのだろう、リリは驚いた様子で聞く。
「冒険者様方にはもっと広い世界を見ていただきたい。こんなオンボロ宿屋など捨て置いて、もっともっと世界を見ていただければ、私も妻も満足ですので」
「でも!」
「止めろリリ」
食い下がろうとしないリリを俺は止めた。
「カナタ、けど私は…!」
「爺さんが断っちまった以上、お前がここで働くのは無理だ。それは諦めろ」
俺の言葉をリリは怒った顔で受け止める。
そして、俺は言葉を続ける。
「なあ爺さん。あんたさっき妻から教わっておけばって言ってたよな?」
「え、ええ確かに言いましたが…」
「じゃああんたの嫁さんが作った料理はさぞかし美味いって事か?」
「……はい。確かに妻の料理絶品でした。かつてここを訪れてくださった冒険者の方々がみな口を揃えてくださる程に」
爺さんがそう返す。
リリは未だに俺を睨む。
そして俺は本題を打ち明けた。
「じゃあ、その嫁さんの料理を食うまで、広い世界見に行くわけにはいかないな」
「「っ!!」」
俺の言葉に二人は驚く。
俺はボリッという音と共に木材の様な野菜を食った。
「カナタ!」
「い、いけません冒険者様! こんな所に留まられては…!」
「別に爺さんの嫁さんが治るまで黙ってるわけじゃねえよ。爺さんこれは取引だ」
「取引、ですと?」
「ああ。俺は何としてもあんたの嫁さんと、この宿屋を元に戻してみせる。その報酬としてあんたにはそれまで俺をここに泊める事と、解決した時にもっと美味いあんたの嫁さんの手料理を食わせてくれ」
「私に、依頼しろという事ですか?」
「どう捉えてくれても構わない。あんたがこのままでいいなら断ってくれてもいい。けど、あんただって諦めたくないんだろ?」
俺が言うと、爺さんは少しだけ黙った。
そして、顔に手を当てる。
その爺さんの手と顔の間を縫って涙が流れ落ちた。
「おかしい……ですね。涙など、とうに涸れ果てたと思っていたのに…!」
「涙は枯れねえよ。涙が出なくなる時は、感情が枯れた時だけだ」
俺はふとリリの方を見る。
すると、彼女も涙を流しながら笑っていた。
まったく、泣いたり笑ったり忙しい奴らだ。
「冒険者様、この老いぼれのお願い事を、聞いてくださいますか…?」
「願い事は聞かない。俺は成りたてだけど冒険者だからな。けど、依頼なら聞くぜ」
「では、あなたに依頼します…。妻を、この宿をお頼み申し上げます…」
涙を流し、俺に言う爺さん。
俺は爺さんの肩を叩いて言った。
「任せろ」
そして、俺はリリの元に歩き、彼女に聞いた。
「というわけだけど、リリはどうする?」
「分かりきった事聞かないでください……私ももちろん、お手伝いします!」
彼女は涙を拭い、そう言った。
……流れで依頼って形にしたけど、これもしかして全部終わったら管理部に怒られる?
俺はそんな事を考えるのであった。
こうして、俺と彼女の初めての仕事が幕を開けたのだ。
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