転職、冒険者
まずは状況を整理しよう。
俺はついさっきまで家で新作のオンラインゲームをしようとしていた。
そこで睡魔に負けて眠り、目を覚ますとファルブガルデとかいう世界にいた。
しかも、年齢は二十代の頃まで若返り、着ている服はそのままの部屋着だが、ご丁寧に靴を履いている。
「はは、意味分からな過ぎて笑えてくる…」
俺は近くにあったベンチに腰掛けて言う。
そして隣にはあの女の子がいる。
しかし、こんな訳の分からない状況の中で一つだけもしかしたらと思えることがあった。
それは、このスキルポイントの異常さだ。
この明らかに異質なスキルポイント数―――それはさっき言ったゲームだ。
あのゲームはプレイ時間によってスキルポイントが増える。
もし、もし仮にその設定がブラック企業で働いていた俺に適用されていたら―――。
まあただの憶測だし、あのゲームの世界はファルブガルデなんて名前じゃなかったから絶対とは言えないけどな。
「それで、えと君の名前は?」
「あ、自己紹介がまだでしたね。申し訳ありません」
そう、俺達は互いに自己紹介すらまだしていないのだ。
この世界を案内してもらおうにも、この子の事を知らないままという訳にもいかんし、なによりどうしてこの子が頑なに俺に声をかけていたのか知りたい。
「私は、リリーナ・ワスト・ブリゲード。遥か西にある王国から来た見習いの冒険者です」
「リリーナ・ワスト……長いからリリって呼ぶわ」
「リリ!?」
「俺は立見奏汰……えっと、リリと同じ様に遠くの小さな田舎から来た者だ」
さすがに日本から来たなんていっても信じてもらえないだろうしな。
俺はそう考え、リリに説明する。
「タツミカナタ……なんだか変わったお名前ですね」
俺からしたらお前の方が100倍変わってるよ!
と声に出したかったが、もしここが異世界なら確かに日本人としての俺の名前の方が変わってるのだろうと考えた。
異世界転生した割には冷静すぎだって…?
それは違う、驚きはしている。
ただ、あのブラック企業からこんな形とは言え離れられたことに対する嬉しさの方が上を行き過ぎて冷静になれているだけだ。
「そういえばさっき、リリは冒険者とか言ってたか?」
「はい。つい先ほどギルド管理部に行って冒険者登録を済ませてきた帰りなんです。その時、道端で倒れている貴方を見つけたんです」
こんな美少女に見つけてもらえるとはオッサン冥利に尽きるね。
けどそうか、この世界では冒険者とかいうのが職業なのか。
この世界で俺がしなければならないこと、それは職の確保と服の確保だ。
住むところは仕事が見つかるまで外で野宿でもすればいいし、飯も意外と雑草を茹でたりすると栄養にはなる(健康に良いとは決して言えない)。
服に関してはもちろん、今着ている物をずっと着続けられるわけがないからだ。
かといって今着ている物を脱いだら全裸、さすがに異世界といえど捕まる。
以上の2点から、まずは職探しだ。
「なあリリ、冒険者って俺でもなれるかな?」
「カナタ、冒険者になりたいのですか?」
「なりたいというより、すぐにでも職に就きたい」
あれだけブラック企業で酷使されたにも関わらず働きたいとは、我ながら悲しい性だ。
しかし、働かざる者食うべからず、働かなくては自分を守れないのだ。
それに、リリの様な女の子でもなれる冒険者という職業に興味がないと言えば噓になるしな。
「それでは、私と一緒に管理部に行きましょう!」
リリは立ち上がって言う。
そんな彼女を見つめながら、俺はスキル画面を映す。
どうやらこの画面は俺が映れと思えば出てきて、俺以外には見えないらしい。
現にもう3度もこの画面を開いているのにリリから不審な目で見られたことが無いからだ。
そして、俺はスキル画面から新しいスキルを取得した。
筆記スキル<文字変換>、読み取りスキル<解読>の2つ。
どうやら、言語統一と違ってこの2つを取らないと俺にはこの世界の文字が読めないし、俺の書いた文字がこの世界の人々に読める事もないらしい。
あくまで言語統一は話す事に特化したスキルの様だ。
ちなみにこの2つは共にスキルポイントの消費が1という大変お安いスキルになっておりました。
「それにしても、この国には犬人間だったり鳥人間だったり、色んな人がいるんだな」
「カナタ本当に遠くから来たんですね。
「ああ、ホント遠い遠い所から来ててね。もう帰れないと思う」
「そ、そうなんですね。そんな遠くから来てまで何をしたかったんですか?」
「うーん、何だろうな?」
「何ですか、それ」
俺達は活気あふれる通りを歩きながら進む。
まあ、この世界での希望があるとしたら、前よりも少しだけホワイトな仕事に就きたいかな。
そんなささやかな願いを思っている俺の目に見えてきたのは、大きな建物だった。
「あ、あれですカナタ! あれがギルド管理部です!」
「へー、やっぱり冒険者ってのはこの世界だとメジャーなんだな」
「? 何か言いました?」
「ん、ああいやいや、何でもないさ。つうか、俺特に何も持ってきてないのに簡単になれるのか?」
「大丈夫です。冒険者に必要な事はただ1つ、困っている人々を助けようと思う優しい心を持っている事、なのですから!」
リリが得意げに胸を張る。
そんな簡単な職種なら裏がありそうな物だけど、まあ元々酷使されて死ぬかもしれなかった俺なんだ、今更危ないくらいで引き下がれるか。
「そっか、なら安心だ」
俺はリリにそう言った。
ここで冒険者登録とやらが済んだら、もう一度スキル画面をよく見てみるか。
俺はそんなことを考えながらギルド管理部の扉を開く。
すると、その中は本当に役所―――というよりも、まるでホテルの様だった。
窓口に並ぶ人々や獣人、それの対応をするのもまた同じ人々。
板に掛けられた紙の前で話をする屈強な人々。
これほどまでに冒険者という職業を営む人や志願者がいるのかと俺は圧倒される。
「ではカナタ、私はここで待っています」
「あ、ああ。あの窓口に行けばいいんだよな?」
「はい。冒険者登録は確か左から3番目までに並べばいいはずです」
なるほど、窓口って言ってもその全部が一緒の仕事をしてるわけじゃないのか。
再び俺が窓口の方を見ると、確かに左から3番目までは他と比べて少しだけ並んでいる人が少ない様に感じる。
とは言ってもその差は微々たるものだから、やはり多い事には違いないがな。
「じゃあ行ってくる」
「はい。行ってらっしゃい!」
リリの笑顔が社畜だった俺に刺さる。
そして俺は受付に並んだ。
「おっ! なんだ、兄ちゃんも冒険者志願か!?」
「あ、ああそうです」
そう俺に話しかけてきたのはワニである。
正確にはこいつも獣人なのだろうが、俺からしたらワニが鎧を着て2足歩行しているだけだ。
「なんだ、そんなに他人行儀になるなよ! これからは同じ冒険者同士じゃねえか!」
そいつは俺の肩に手を回してきた。
あー、こいつは多分元の世界だと陽キャとか呼ばれる奴だな。
「はい次の方どうぞー」
「お、俺の番だな。じゃあな兄ちゃん、またいつか一緒の依頼をこなす事があったらよろしく頼むぜ!」
ワニの獣人は俺から離れ、窓口に向かった。
「こちらにどうぞー!」
そして俺もまた、一番の窓口から呼ばれ向かう。
そこにいたのは、スライムだった。
「初めまして。冒険者登録という事でよろしいですか?」
「あ、は、はい…」
この世界ではスライムまでもが働くのか、何から何まで俺のいた世界とは違うな。
補足として言っておくが、スライムと言ってもゲル状のままのスライムではない。
正確には制服を着たお姉さんの姿をしてはいるが、体が青く、内側から気泡が浮いてきているのでスライムであろうと俺が仮定しているだけだ。
「初めに聞きますが、冒険者についての知識はお持ちですか?」
「持って、ないです」
「では、ご説明させていただきますね。冒険者というのは、この世界で唯一、世界中どこへでも旅することが許された人々です。秘匿された古代遺跡、人の足が踏み入れたことのない禁止区域、そしてこの世界の各国、そのすべてに冒険者というだけで無条件に進むことが許されます」
マジか…、そんなに凄い職業なのに簡単になれんの?
俺は疑問に思いながらもスライムのお姉さんの話を聞く。
「それ故に、毎日の様に冒険者として新たな一歩を踏み出す人が多いのですが、その多くが次の日には無くなっているのです」
「どうして…?」
「冒険者に志願する方の多くは力自慢の方々で、なったその日に禁区へと進み名をあげようとするのですが…」
「帰ってこないと」
俺が続けるとお姉さんは黙って頷いた。
やっぱりこの冒険者っていう職業は簡単になれる代わりに危険もある、か。
そうだよな、簡単な上に安全、そんな仕事はどこにもない。
前の世界だろうと、異世界だろうとそれは絶対に変わらないんだ。
「それでもあなたは冒険者になりますか?」
お姉さんが聞く。
確かに今の話を聞いたら今すぐにでも回れ右して帰るのが正解だと思う。
俺がまともならそうした。
しかし、こちとらブラック企業勤続年数20年、しかも皆勤でこなしてきた社畜、今さら命の危険に怖気づくなんて考えはなかった。
「なります」
俺はお姉さんに返した。
するとお姉さんもはあ…と一度ため息をついて俺に紙を差し出した。
「分かりました。それではこちらの用紙に必要事項を記入してください」
必要事項は以下の2点だった。
・氏名
・年齢
これだけ、他にはまあ得意な事があれば書いても問題ないが、この紙は要約すると怪我や死などについてはすべて自己責任である事の契約書だ。
ただただ、年齢が20歳未満だとさすがに冒険者にはなれないとの事だ。
……え、リリって20以上なの?
「はい。書きました」
「ありがとうございます。えっと、タツミカナタさんですね。特筆スキルは特に無し、であれば申し訳ないんですが最低ランクの12からですね」
「最低ランク?」
俺は目の前に差し出された12というメダルを見ながらお姉さんに聞いた。
「はい。冒険者には志願時の所持スキルや経験に応じてランクが振られ、それによってあちらのボードに張り出されている依頼を受けられるかどうかが決まります」
「じゃあ、大抵の人はもっとすごいランクから始まるんですか?」
「いえ、多くの人がこの12から始まります」
「え、けどさっき多くの人は冒険者になった日に禁区とかいう所に行くって」
俺が言うとお姉さんは悲しそうな顔をする。
「あくまで私たちが制限できるのは依頼の受理まで、冒険者の方々が自由に行き来するのまでは制限できません。好奇心を制御できるのは、それを持つ自分自身ですからね」
俺はそれを聞いて妙に納得した。
「ですから、名を挙げようなどと思わず、ご自分を大事にしてください」
俺はお姉さんに言われた。
「ありがとう、ございます」
何故だか以前の自分に言われている様なそんな気がした。
そして、最後に疑問を思った事を聞いた。
「そういえば、これって1日何件の依頼こなさないと怒られますか?」
俺が聞くと、お姉さんはキョトンとし、そして笑った。
「あはははは! そんなものありませんよ! あなたが仕事をしたいと思った時にここに来て依頼を確かめて、そして受けられそうだと思ったら来てくれればいいんです」
俺はそれを聞いて衝撃を受けた。
いつでも仕事をしていい、つまりは休みが自由、ノルマもない、みんなの恰好を見るに服装も自由。
「ち、ちなみにその依頼って1回いくら貰えますか?」
「うーん、それは依頼者によって違いますね」
つまりは給与も働いた分だけもらえる。
あれ、もしかして冒険者って、めっちゃホワイトな仕事じゃね?
俺はそう感じたのだった。
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