第一章 新生活、始まりました?

始まりは突然に

 はあ、俺の人生どこで間違ったんだろう……。

 俺こと立見たつみ奏汰かなた41歳、独身、会社員は家への3か月ぶりの帰り道に着きながら考える。


 今の会社に入ってもう20年。

 入ったときは


『この会社で皆さんのお役に立てるように頑張ります!』


 なんて意気込んでおきながら、もう限界だった。

 俺と一緒に入った同期はみんな退職代行を使ったり、中には何も言わずに行方を眩ませた奴もいた。

 だけど、それもそのはず、うちの会社は紛うことなきブラック企業だ。

 給料は薄給、サービス残業当たり前、有給消化率90%なんて求人書いておきながら、実際に有給を消化できるのは部長以上の役員だけ……。

 まさに詐欺のオンパレードの様な会社だ。

 え? そんなに言うなら辞めればいいって? さっきも言ったが、俺よりも先に同期の人間が辞めすぎたせいで上からの俺の監視が厳しくて辞められないのだ。


「はあ、せっかくの有給なのに気持ちが休まらん…」


 コンビニでビールと柿の種を買い、俺は家賃3万の賃貸に帰る。

 家に着くと、まずは着ているスーツを脱ぎ、シャツ等は洗濯機の中へ投げ入れる。

 時計を見るともうすぐ日付が変わる。

 俺はクタクタの体に気合を入れ、部屋着に着替える。

 少し余裕がある七分丈のシャツに、ジャージ。

 これが一番動きやすいからな。

 

「ったく、どうせなら、俺もすぐに辞めりゃよかった……。あいつら、相談もなしに辞めやがって…!」


 俺はビールを口に流し込み、消えていった同期への愚痴をこぼす。

 そして、上司に無理、もとい脅迫をしてまで5年ぶりに有給を取った理由を立ち上げた。


「けど、このイベントだけは見逃せないからな」


 エタニティ・リベリオン・ファンタジー。

 通称ERFというオンラインファンタジーゲームが今日からサービス開始されるのだ。

 このゲームの特色は何といっても成長システムにある。

 このゲームではただモンスターを狩ったり、クエストをするだけではどれだけ頑張ってもレベルアップしない。

 実際のプレイ時間が直接キャラにポイントという形で付与されていき、それを割り振って自分だけのキャラクターを作り上げていくのだ。


「はあ、ゲームはいいなあ。俺もこのゲームみたいに、働いた時間だけ昇進できるとかだったら、どれだ…、け…」


 視界がドロドロに溶ける。

 あれ、おかしいな…、俺酒は強かったと思ったのに……。

 ああそっか、さすがに3か月のうち睡眠時間が8時間だから、体が限界迎えたか。

 俺は冷静に考えながら意識を手放した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「―――! ―――!」


 誰かの声がする。

 部長か?

 いや、部長だったらこんな高い声はしない……。

 というか、そもそもなんでうちに部長がいるんだよ。

 いや、てか。


「誰だ!?」


 俺は勢いよく目を開けた。

 そして、困惑した。


「……は?」


 目の前を行きかう人々。

 それは俺の知る人々とは明らかに違った。

 体がすべて毛で覆われて、服を着ながら歩く犬。

 道端で耳の長い人や子供よりも小柄なおっさんにマジックショーをする鳥。

 そして何より、道を行きかう多くの人々が剣や斧といった武器を背負っている。


「こ、ここは…!?」


 俺はさっきまで自分の家にいたはず。

 それがどうしてこんな道端で寝ているんだ!?


「―――! ―――! ―――!」


「おわっ!」


 不意に横から声をかけられ驚く俺。

 いや、多分さっきから声をのはこの人だと思うけど―――。

 そこにいたのは、美少女だった。

 腰よりも下に伸びる紅い髪、まだ幼いのか少女というかわいらしい顔つき、そして、いつも会社の窓から見ていた月を思い出せる金色の瞳。

 だが問題は、その少女が俺に何を言いたいのかがまるで分からなかった。

 

「ご、ごめん! 何言ってるのか分からないから日本語でお願いしたい!」


「?」


 俺が言うと少女は顔を傾ける。

 自分で言っておいてなんだけど、そりゃこの子の言っている言語が分からないんだから俺の日本語がこの子に伝わらないのも当たり前だろ!

 お前は今までの取引先から何を学んできた!(?)

 しかし、どうしたものか、この子と話そうにも言語が分からなきゃ…。


「うわっ!」


「?」


 俺はまたしても腰を抜かす。

 その理由は俺の目の前に突如画面が出てきたからだ。

 そこには、様々な事が書いてあった。


 剣術スキル、魔術スキル、幻術スキル、鍛冶スキル、話術スキル、商業スキル、耕作スキル、等々、まるでゲームの様に様々なスキルが書いてあり。

 その最下部には所持スキルポイントというものがあった。


「何々、所持スキルポイント…………200000000000!?」


 俺は最初何の冗談かと思った。

 だってよく考えてくれ、一番最初の剣術スキル、これを全部取得するのに必要なスキルポイントが合計で200だぞ?

 これってもしかしてここにある全スキルとっても余るんじゃないか?

 という事に思いを馳せる俺の目に、今最も必要なスキルが飛び込んできた。

 話術スキル<言語統一>:自分と異なる他者の交流において会話言語が統一される。

 俺は一もにもなくこのスキルを取得する。

 そして改めて少女に向き直った。


「あ、あのー、俺の言ってる事、分かりますか?」


「あ! 良かったー、やっと話せました! ご無事ですか? お怪我はありませんか!?」


 少女は俺と話せて嬉しいのか矢継ぎ早に質問する。

 だが、俺かも聞きたいことは山ほどある。


「だ、大丈夫。心配してくれてありがとう。それよりも、ここってどこか教えてくれる?」


「おかしい事聞きますね。ここはケントルム。このファルブガルデにある7大国の中心国じゃないですか」


 ファルブガルデ? ケントルム?

 うん、ここは俺の知っている地球っていう星の、日本っていう国じゃないのは理解した。


「ちょっと申し訳ないんだけど、俺の頬を強く引っ張ってくれないか?」


「頬?」


 頬も通じないのかよ、くっそー、あの画面、言語統一とかいうの取ったら勝手に消えやがって、もう一度出ろよ!

 俺がそう怒ると、もう一度あの画面が出現した。

 ホントに出るのかよ…。

 だけど、これは好都合だ。

 えーと、話術スキルにもってこいなのは


 話術スキル<意味統一>:自分のしてほしい事が相手に伝わる


 これだ!

 俺はすぐにそのスキルを取った。

 ここまでに消費したスキルポイントは2つ合わせてたったの4ポイント。

 いくらなんでもこのポイント数はおかしいのではと思いながら俺は再び少女にお願いした。


「もう一度お願いなんだけど、俺の頬引っ張ってくれない?」


「え、ええ、分かりました」


 少女は恐る恐る俺の頬に手を伸ばし、思いっきり引っ張った。


「イデデデデデデデデデデデデデッ!!!」


 痛かった。

 うん、この子は本当に女の子なのって思うくらい痛かった。

 言い年したオッサンがガチ泣きするくらい痛かった。


「ご、ごめんなさい!」


「ああ、いいのいいの、大丈夫。今ので確信したから」


 やっぱり夢じゃない。

 俺はどうやら別の世界に来てしまったらしい。

 前に本屋で読んだことがある、これは俗にいう異世界転生という奴だ。


「あの、ごめんお嬢ちゃん。俺この世界のこと分からないからさ。色々と案内してくれない?」


「むっ! お嬢ちゃんとは失礼ですね、あなたとは対して変わらないと思いますが?


「何、ははは、変な事を言うなよ。お嬢ちゃんはどう見ても10代だろ?

俺は41のオッサンだぞ?」


 自分でいうのも何だが、髭がボーボー、髪はボサボサ、目の前のこの少女とはどう見ても同じ年齢というのは考えられない。


「そんなことないですよ! 貴方と私は同じくらいです!」


 そういうと少女は鏡を取り出して俺に見せた。

 

「うっそだろ…」


 そこには、若かりし日の俺。

 あのブラック企業に入社する前の、生き生きとした俺の姿があった。

 


 

 

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