睦月:はじめましての鍋02

 ここに来る途中で見つけた和菓子屋さんで買った桜餅を皿に乗せる。持って行く食器の類は最低限で、此方でおいおい揃えていこうと思っていたのだけども、幸い湯呑や皿は今必要な分は荷ほどきを済ませていて、慌てることなく用意することは出来た。最初に出しておいてよかった――と数時間前の自分を褒めながら居間に行けば、長身の男二人が胡坐をかきながら寛いでいた。

「お待たせしました、お茶と、お菓子。お口に合えば良いんですけど」

「わ、有難う。いいね、美味しそう」

 龍一の顔がふわっと蕩けるような笑みになる。成程、甘味好きなのだと察して皿を目の前に置いた。

「道明寺と長命寺と両方あるんで、お好きな方をどうぞ」

 桜餅は関東と関西とで違う、と知ったのは近年のことだ。何故二種類あるのかと疑問に思ったものだが、どうやらそういうこと、らしい。調べたところによると、長命寺の方が早いらしく、その人気に倣って大阪で道明寺が生まれたという。しかし確実に言いきれる、というレベルではないとも書いてあり、その起源は謎に包まれたまま、と言うべきか。

 その作り方や材料も違いがあり、別物だと言われても納得してしまうくらいではある。

 長命寺は餅の生地は焼き、二つ折りにして餡を挟むのが多い。餡は漉し餡であり、塩漬けの桜の葉は長命寺桜もち製桜餅の場合は三枚らしいが、大体売られているものに関しては一枚生地に添わせるように巻いてある。

 変わって道明寺は、弾力と粘りがあり餅米の粒が残っている生地で餡をくるりと包み込んだ形になる。生地で使用するのは道明寺粉といって、糯米を水に漬け置き、水を切ったのちに蒸し上げて天日干しにして砕いて作る、という何とも手の込んだものだ。これを水を吸わせ、蒸し上げて生地にしていく。

 花はどちらも好きだが、人によっては好みが分かれる。西と東でよくやんややんや言い合う場面も、桜餅に限らずあるあるだが、美味しければどっちも食べればいいのでは? と思ってしまうのだが、多分拘りがあるからこそ、そういう考えに着地しないのかもしれない。

「僕はじゃあ、こっちにしようかな」

 龍一がすい、と手を伸ばしたのは道明寺であった。

「こっちの方が馴染みあるんと違うんか」

「んー、馴染みあるからこそ違う方を食べてみたいんじゃないか」

「まあ、せやな。俺はこっちにしよか」

 宗一もそれに異を唱えるわけでなく、自然と長明寺へと手を伸ばした。

『花ー! 私、道明寺がいいなー!』

「じゃあ、秒でこっちに来てくださーい」

『無理ぃ! ひどいッ! 娘が冷たいッ!』

 スピーカーの向こうで膨れる母の声が聞こえてくるスマートフォンを卓の上に置くと、花は改めて二人に向き直った。まずは、母を交えて彼等がここに来て何をどうするのか、という話から始めなくてはならない。そう思って、改めて二人へと向き直る。

 ……うーん。どうも本題に入る前に顔が揃うと、その。

「何かお二方、誰かに似てるって言われたこと、ないです? さっきから気になってて、何か気持ち悪いんですよねえ。思い出せないのが」

「「えっ」」

 びくり、と揃って肩が揺れた。タイミングが一緒なのが面白い。

「いや有名人なのかな、そもそも顔が良いからそう感じるだけなのか」

「あらへんな」

 ぴしゃり、と遮断するように否定したのは、宗一の方だ。本題に戻してくれるタイプの人物らしい。つまりは、世話焼きの苦労性タイプの可能性が高い。そんな判定をされているとも知らず、それより、と言葉が続く。

「ほんまに何も話してへんのですか」

 投げかけたのは花に対してではなく、スピーカーの向こうの母へだった。

『ごめぇんて。宗ちゃん話すの苦手だし、龍ちゃんは話脱線しがちだから説明しなきゃと思ってたんだけど』

 ええ、と心外そうな声を上げたのは龍一で、その様子を横目で見てああ……と頷いていたのは宗一であった。つまりは大体母の認識は合っているということか。

 じゃあ、話を聞くのが一番早いのは誰か、というのも決まってくる。

「で、お母さん。二人はどうしてここに来たのか説明が欲しいんだけど?」

『んー、だからぁ。花をそこで一人で暮らさせるのは流石に怖いかなあって思って。年頃の娘が古い家で一人暮らしってまあ、ちょっと物騒だし大体家としてもセキュリティガバガバのガバでしょ? だからね』

 もしかして、これはもしかしなくても。


『二人にも一緒に住んで貰うことにしたから』

 

 あああ、と思わず頭を抱えてしまった。母! 別方向でセキュリティがガバガバ! と叫ばなかっただけ褒めて欲しい。母の目を、全くもって信頼していないわけじゃあないけども。いや、まず面識がほぼないって辺りで信頼もへったくれもないというのは、わかってほしかったのだが。

「誰が乙女ゲーのシチュエーションをベタに再現しろって言ったのさ! 小説のネタじゃないんだから!」

『二人ともイケメンだからねぇいいわねえそういうの。次、そういうの書こうかしら』

「違う! そこじゃないから! ネタにするな!」

 少しは倫理観とか警戒心とかそういうものを備えて欲しい、主に花の為に。大体成人しているとはいえ娘を、まだ若い盛りの男二人と一緒に置くということに関して考えるべきだろうと、我が親ながらに説教を小一時間はせねばならないか。まず、大体。

「私がここに住む必要ないんじゃない? この二人がここに住むんならね!」

「や、それは花ちゃんがいないと困るなぁ」

 否定は、スピーカーの向こうからではなかった。

 もぐもぐと、道明寺を齧りながら、龍一が八の字眉で言葉を続ける。

「本来、この家にいる権利があるのは花ちゃんなんだよ。お爺さんのお気に入りなんだし。僕達は、住処としてここが必要なんだ。例えるなら、花ちゃんがここの大家さん。だから、現時点で家を出るのは僕達の方だし、花ちゃんは僕らを追い出す権利があるってわけ」

 まあ、寒いからちょっとそれは困るんだけどね。そう微笑しながら、ずず、と茶を啜る。

「せやな。こいつが言うてる通りやし。可乃子さんは俺達に同情して話を持ち掛けてくれただけや。俺達も急に家を探さなあかんようになって、時間もないってところを助けてくれたんやからな」

 宗一がそう言葉を続け、まあでもな、と息を吐いた。

「……あんたが怖いっちゅうなら、俺らも無理強いは出来へんよ」

 口調は不愛想と言われても仕方がない、と感じる。しかし、どうもこの人は不愛想というには少し、可愛らしさが見え隠れするように思えた。表立った愛嬌が龍一ならば、宗一は隠してなかなか見せない愛嬌を持っている、というべきか。

 憎めないものが、あるのは確かだ。このふたりには。揃って、花を慮るのは一貫している。

「うーん……ちょっと考えさせてもらえませんか」

 少し考えてから、花はそれを口にした。

 母には後で小一時間ばかり、話をするとして。大事なことを伝え忘れたという点において。

 少なくとも現時点において、すぐに彼等を追い出す気は沸いてこなかった。だから。

「当座生活するにあたって、今まで殆ど関わりがなかった同士ですから約束事が必要だと思うんです。家事だって分担してやって欲しいですし。勿論二方の仕事もありますから、可能な範囲で構いません」

 え、それって。龍一が目を瞬かせながら、思わずといった様子で唇から言葉をこぼす。

「母親に免じて、今は信じます。と、いうわけで、ですね」

 花の頭の中で今晩の献立が、決定した。


「夜、その辺。鍋でもつつきながら考えませんか?」

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