東京に巨大な男性器が生えて開会式ができない件

ななおくちゃん

#東京2020

 2021年7月23日の午前0時、新国立競技場の中心に、突然巨大な物体が出現した。


 最初に目撃したのは、競技場周辺にいた警備員だった。東京オリンピック開会式を当日を迎えて、現場では普段以上に緊張感が漂う中、競技場内から突如聞こえた『ヌッ』という音に複数の警備員が振り返ると、夜の闇に隠れて詳しくは見えなかったが、競技場の中から空に向かって高く突き上げている、月明かりにうっすらと縁取られた”それ”の輪郭を捉えた。


 十数名は当初、怪獣が現れたのかと思った。腰を抜かした者もいた。数名はオリンピックイベントの一環だと思っていた。変わった形の巨大なバルーンか何かだと。


 巨大物体出現から数十秒後、不穏な匂いが競技場内から漂い始め、嘔吐する者が現れた。警備担当者達が関係各所に連絡を始めてから数分後、一般人達が巨大物体の存在に気付き始め、悲鳴を上げて走り去る者、関心を持って近づく者、写真を撮ってSNSにあげる者など反応はそれぞれだった。


「すっげ、怪獣じゃん」


「いや、オブジェかなんかでしょ」


「めちゃくちゃ臭くない? 大丈夫?」


「変な形してるよな? あれ、あの形、よく見ると……」


「チ×ポかな?」


「チ×ポじゃね?」


「チ×ポでしょ」


 チ×ポだった。


 競技場を貫く巨大男性器のニュースは出現からさほど間を置かずに、政府から都、JOCといった関係機関へと伝わった。それよりもさらに早く、東京を襲った未曾有の怪奇現象はネット上を駆け巡っていく。



『【悲報】東京さん完全終了のお知らせwww』


『もしかして怪獣の幼虫じゃね?』


『ごめん、あのチ×ポ俺のだわ』


『HENTAI国家の面目躍如じゃん』


『東京絶倫ピックは草』



 午前二時、競技場周辺が接近禁止区域に指定された。政府は巨大男性器を『巨大不明物質』と名付け、その対応に追われた。


「一体全体、あの巨大物質は何なのだ」


 総理が憤る。

 ここまでに様々な問題が重なり、多くの国民の反感も買い続けたとはいえ、なんとかこの五輪を開会式までこぎつけたというのに、どうしてこんなわけのわからないことに悩まされなければならないのだろう。


「なにぶん近づいて調べることができないので詳しくはわからないのですが、現時点までの調査結果によると、巨大物質は高さ130メートル、直径30メートルの円柱状で、血管のようなものが随所に浮かんでいることも含め、人体と同じ性質、同じ構造でできている可能性が極めて高いようです」


「人体って、じゃああれは生きているのか?」


「はい。ときどき、ビクンビクンと波打ったように動いています」


「そんな、人体と同じ成分で、あの形って、それじゃ、あれは、まるで……」


「はい、巨大な……男性器だと思われます」


「あれが魔羅だというのか? あんな巨大な魔羅があってたまるか!」


「とりあえず、巨大物質の全体像を確認しないことに正体は……では、競技場の照明をつける許可をお願いします」


 午前三時。放送各局が特別報道番組を流し始め、報道関係のヘリが競技場の周辺を飛び交い、宵闇に包まれた巨大男性器を映し出す。誰もが『アレだ……』『アレじゃん……』と思っていながらも、やはりまだ全体像が掴めていないためその仔細を断定的に報じることができなかった。

 やがて競技場の照明が点灯され、まばゆい光が巨大男性器の全体像を詳らかにすると、全ての局が一斉に中継を中断し、画面には『しばらくお待ち下さい』と表示された。


 巨大男性器の映像は当然ながら世界各国でも報道された。



『東京にふたつめのスカイツリー出現』


『競技場に巨大サムライソード』


『場所はニッポン、ペニスは一本』


『東京都庁ならぬ東京怒張』


『あまりの大きさにドーピング疑惑浮上』



 政府に、都に、JOCに、対応が追いつかないほどのクレームが殺到する。世界各国のメディア関係者からも苦情が届いた。



『せっかく高い金を出して放映権を買ったのにどうしてくれる』


『どこがクールジャパンだ。バキバキにホットじゃないか』


『あやうくフジヤマと間違えて登るところだった』


『Godzillaが実在していたなんて聞いてないぞ』



 次に、続々とスポンサーが辞退を表明し始めた。自社のロゴが巨大男性器と共に映る姿は、企業イメージに大きく関わるとの判断だった。

 具体的な解決策が出ないままに夜明けを迎え、太陽の光が男性器の姿を明確に映し出す。その屹立をカメラが捉え、多くの人間の目に触れるほど、男性器はたくましさを増しているかのように見える。

 もはや東京の存在そのものがセクハラとなってしまい、午前六時、五輪関係者を加えた緊急閣僚会議が始まった。


「どうにかしてあの魔羅を駆除できないのか」


「今はただ生えているだけだが、危害を加えたりすると何をするかわからない。駆除の具体的な方法もわからないし、第一競技場から駆除することができたとしても、あれほどの巨大物質をどこに保管すればいいかわからないし、そのあとの競技場が使えるのかどうかもわからない」


「あんなものがそそり立っている様を世界中から見られ続けたら、国の沽券に関わる。永遠の汚点だ」


「なんとかして開会式が始まるまでに、問題を解決したい。タイムリミットは夜の八時だ」


 巨大男性器の駆除は大前提として、もしも開会式の時刻までに駆除ができなかった場合のケースも想定した。


 A、巨大男性器を駆除し、競技場の安全な運用が確認できるまで東京五輪を延期する。


 B、東京五輪は予定通り開催し、開閉式および国立競技場で行われる全種目は別の会場で行う。


 C、東京五輪を中止する。


「最悪でもBだ」


 総理が眼光を鋭くして言ったものの、閣僚から反対意見が飛んでくる。


「こんなときに開催にこだわっている場合か。延期するにしてもいつ解決するかわからない問題だ。中止にすべきでは」


「やめるのは簡単だが、挑戦するのが日本だ」


「それに、この現象が今回だけとは限らない。他にも生えてくる可能性がある。コロナ対策との兼ね合いもある。国民の理解を得るのは難しい」


「あんな魔羅に五輪を邪魔されてたまるものか。天地がひっくり返ろうが、五輪は開催する。いざ始まれば、みんなTVにかじりついて、黙って感動するものなんだ」


「誰が好んで見たがるんだ、あんなでっかい男性器を。放送機関もモザイク処理が追いつかなくなって放送を諦めているらしいぞ」


「ならば今すぐ放送法を改正しろ。性器の放送を解禁するんだ」


 会議が踊る一方、日本中で終末論が跋扈していた。巨大男性器の登場は日本の、いや世界の終わりの始まりを意味しているのだと。


『驕った人類の愚かさに、いよいよ大地が怒り始めたのだ』


『あれは宇宙人が連れてきたものに違いない。侵略がもう始まっている』


『他国の新たな軍事兵器に違いない。日本も今すぐに武装を!』


『男根的価値観が支配してきた国が、物理男根で滅びるのは当然の帰結だろう』


 午前十時。東京の最高気温が33℃だと予測されている中、競技場周辺の温度が50℃を超えた。巨大男性器自体が高温の熱を帯びており、その放射による影響だった。物珍しさに競技場に集ってきた野次馬達も、遠くからとはいえいざ本物を生で目にすると、誰もが恐怖におののき逃げ出していく。やがて近隣の交通機関が全て規制され、開会式を目前に控えているにも関わらず、競技場一帯はゴーストタウンの様相を見せていた。


 正午。総理が緊急会見を開く。国民の誰もが五輪の中止を疑わなかった。


「東京五輪は予定通り開催する」


 秘書はその傍らで、政権が飛ぶことを確信した。


 世界中から政府や都、JOCに対する強烈な無数の非難が巻き起こり、各国のメディアも性器の、いや世紀の誤断を報道した。



『夜の五輪にカミカゼ特攻』


『灼熱肥溜めでスカトロプレイ』


『選手村ならぬ選手ムラムラ』


『日本の伝統芸”中ヌキ”披露か?』


『あっちのアンダーコントロールも失敗の模様』



 午後二時。日本以外の全ての国が参加を取りやめた。


 午後三時。日本の代表選手の九割が不参加を表明した。


 午後四時。開閉式や文化イベントに関わる全ての著名スタッフが降板を届け出た。


 午後五時。IOC会長が緊急帰国した。


 午後六時。五輪担当相が引きこもった。


 午後七時。


 国会前、そして都庁前では五輪中止を呼びかける大規模なデモが行われていた。その数百メートル後方では、世界の終末が来たと疑わない者達が暴徒化して、暴力や略奪の限りを尽くしていた。


 一方で、ひとりの男が人気のない競技場に姿を見せた。強力な熱波を放つ男性器を目の前に、全身から汗を垂れ流しながら、男は一歩ずつ怒張へ近づいていく。


 魔羅よ、なぜ私達の前に現れた……この五輪は一体、どうすれば成功していたのか。私達はどこを間違ってしまったのか。いや、間違いを指摘されても私達は長い間、気づかないフリをして、正しさをあざ笑い、静かに殺していただけだったのだろうか。

 省みてこなかった罪が、目をそらし続けた恥部が、白日の下に晒されただけなのか。


 そのとき、巨大な男性器が突如せり上がり、その根本から光り輝く人型の生物のようなものが現れて、男に告げた。 


 やあ、僕はミライトw(略ーー。


 

 数日後、総理の失踪と共に五輪が中止となり、競技場にそそり立っていた男性器は、跡形もなく消滅していた。


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