彩香は本気なの!【4】

 

 実家の近くということもあり、住宅地を網目状に走る生活道路を俺は知りつくしている。普段は決して人通りが多いとはいえない生活道路も、祭の間だけは人の波が途切れない。俺はうまいこと人の少ない道を選んで、涼太に先を急かした。なんせ駅は祭の会場に向かう人の波の流れと逆方向だ。いくら歯医者までの道のりは馴染んだものでも、ここで時間をくっていては涼太の父を待たせてしまうことになる。

 その道すがら、涼太は不本意そうに眉間にしわを刻んだままだ。俺としては、その不服も彩香のそれだと思えば可愛いものだけれど。

「そんな顔したところで、君のお父さんにああ言った以上、歯医者まで付いてくからな」

「わかってるよ」

 わかっているにしては、納得していない表情を隠そうともしない。

「不満があるならはっきり言ったらどうだ」

 少なからず人通りがある中で始終そんな顔をされていたのでは、俺が悪者のようで居たたまれない。第一ご近所の誰かに見られて、変な噂を立てられてはたまったもんじゃない。

「おじさんがお節介に、うちのことに首を突っ込んで、いろいろ引っ掻き回していくから」

「それじゃあ、まるで俺が悪者みたいだな」

「おじさんが悪いわけじゃないのもわかってる。だけど……」

 迷いがあるのか、涼太は口ごもった。その後に辛うじて、口をもごもごさせて小さな呟きが続く。

「僕は優しかった頃の母さんも知ってるから」

「優しかった?」

 あの涼太の母親の姿を目にした今では、想像もつかないものである。俺は驚きに涼太を凝視した。

 涼太も自身の呟きが俺の耳に届いたことに驚いたようだった。俺の眼差しに居心地悪そうに身体を揺らしながらも、会話を成立させる気はあるらしい。間をおいて、返事が返ってきた。

「うん、そう。少なくとも、俺が幼稚園に入るくらいまではね」

「そんな人が、どうしてあんな風になってしまったんだ」

 外でするような話ではない。それはわかっていたが、気づいた時には言葉になっている。その繰り返しだ。

「さあね。だけど、父さんには何度も謝られた」

「君の現状に気づかなかったから? いや、そもそもお父さんは、気づいていなかったのか?」

「気づいてなかった。だけど、無関係でもなかったんだと思う」

 どうしてそう思ったのか、と尋ねかけて、今度は流石の俺も言葉をのみ込む。涼太からお節介と言われたばかりだ。彩香が俺に色々な思いを隠していたように、涼太にも秘めた思いがあるだろう。それに向き合うべきは俺ではなく、涼太自身の両親だ。少なくとも俺が今ここで聞くべきことではない。

「ちゃんとお父さんに君の気持ちを伝えろよ。親って言っても、子どものことをなんでもわかるほど万能じゃないんだから」

「それ、おじさんの経験談?」

「かも、な……」

 肩を竦めて見せると、涼太は少しだけ表情を和らげた。

「あの子があんなに僕を気遣ってくれるいい子だって理由、わかったような気がする」

 涼太の視線の先には、彩香に渡されたハンカチがある。クマのキャラクターあしらわれたそれは、傘と同じく彩香のお気に入りだったはずだ。それを躊躇うことなく涼太に渡していたことに、今更ながらに気づいた。

 涼太の意図するところに、自分のことのように誇らしく思う。だけどこれはすべてが俺の功績というわけではない。

「彩香があんな風に育ったのは、俺だけの力ってわけじゃないけどな。親父やお袋の助けがあったからだ」

「おじさんには味方が多いんだね……」

 羨ましそうに呟かれた言葉は、風に溶けて消えていった。


 電車の中は互いに、無言を通した。人の耳がある中で話せる話題が思いつかなかったという理由もある。しかし何より、心を開いてくれたかに見えた涼太が、あの言葉を最後に俺の方を見やしなかったからだ。

 それでも、互いに行き先とその道のりはわかっていたから、さして不都合もなく黒木歯科医院に着いた。

 動物の描かれた引き戸を開け、涼太は慣れた様子で中に入って行く。俺はそれに続いて扉を潜った。

 まず右手の受付に目が向く。木製のカウンターを挟んだ一畳にも満たないボックス席には、受付嬢の姿はない。

 席を外しているだけだろう。俺は待合室へ足を向けたが、ソファーに腰掛けているのは、先んじて医院に入った涼太だけであった。

 しくじったかな、と慌てて腕時計をみると、時刻は六時ちょっと過ぎ。診療終了時刻まで猶予はあるが、また学会のために早く診療を切り上げるとも限らない。

 電話の一本でも入れて、確認を取ってから来た方がよかっただろうか。一旦出よう、と涼太に声を掛けようと思ったその時、

「藤崎さん、御早い御着きでしたね」

 と、受付横に新井先生が顔を覗かせた。

「予約もせずに申し訳ない」

「いいえ、ご連絡はいただいきましたから」

 そういえば、先程もまるで待っていたかのような物言いだった。俺は連絡なんてしていない。ではいったい誰が?

「もしかして親父からですか?」

「当たらずとも遠からずですね。電話をいただいたのは、涼太君のお父さまからだったので。とても心配してらっしゃったわよ」

 新井先生は最後の言葉を涼太に向けた。

 なるほど。うちの親父も仕事柄まめであるが、涼太の父親もなかなか気が効くようだ。新井先生に話が通っているならこちらもやりやすい。

 ほっと息をついた俺に、新井先生は厳しい顔を向ける。

「祭会場で転んで歯をぶつけてしまった、と電話ではおっしゃっていたんですけど。状況はそれで間違いありませんか?」

「はい、それは俺が目撃しましたから。何か気になることでも?」

「いえ、それならばいいんです」

 言葉を濁した新井先生に首を傾げると、後ろから涼太の溜息が聞こえた。

「心配しなくても、母さんにやられたわけじゃないよ」

 俺は涼太の言葉に、新井先生の意図を理解した。先生は涼太の返答を聞くと、険しかった表情をわずかに和らげ、その言葉には触れなかった。

「涼太君の治療中、藤崎さんはいかがなさいますか?」

「流石に俺もそこまでは。それに涼太君の親父さんとはここで待ち合わせなんです。御挨拶くらいしないと」

「では、待合室でお待ちください。涼太君は診療室にどうぞ」

 涼太を連れ、新井先生が診療室へ消える。

 二人の姿が見えなくなると、一瞬にして気が抜けたのか、どっと身体が重たくなった。ソファーへ倒れるようにして身を沈める。こうして一人になれるのは一時だ。それは同時に考えるための時間でもある。

 手の甲を額にのせ、光を遮るようにして上を向く。頭の中で響くのは、涼太の「おじさんには味方が多いんだね……」と言う声だ。あれは何を踏まえての言葉だったのだろうか。

 涼太自身が味方を欲しての言葉だったのなら、俺がいくらでも味方になってやる。新井先生だって味方になってくれるだろう。いやなってやる(・・・・・)のではない、もうすでになっている(・・・・・)

 のだ。涼太も俺たちが味方であることを察することができないわけがない。そういう意味では、あの発言を「涼太自身の味方」と捉えることには無理がある。

 では、あれは誰の味方を求めてのものだったのだろう。

 一瞬脳裏を過ったのは、涼太の母親の姿だ。涼太のいう優しかった母親に関係するとでもいうのか。そんな訳ないと思う一方で、そう考えると涼太の言葉も説明が付くと納得する自分がいる。

 頭がこんがらがりそうだ。

 額に置いた手の甲を返し、くしゃりっと前髪を掻きあげる。

 その時不意に、生温かい外気が頬を撫でた。ゆっくりと背もたれから身体を起こし姿勢を正すと、入口に立つ男と目があった。スラックスにサマーセーターという出で立ちの品のいい男だ。だがその涼しげな格好に反して、肩は大きく上下している。額に浮かぶ汗から男が急いでやってきたのがうかがい知れる。

 涼太の父親か――思い至った可能性を確認する前に、男は入口に並んだ子ども用の靴が目に入ったのか、真っ先に口を開いた。

「涼太は中ですか?」

 挨拶もなしにというのは些か面食らったが、涼太のことを真っ先に気に掛ける言葉は決して不快ではない。

「ええ、先生に診てもらってますよ」

「そうですか」

 離れていても、ほっとしたように男の肩の力が抜けたのがわかる。そこでようやく涼太の姿以外を探す余裕が出てきたのだろう。男は待合室の中をぐるりと見渡して、ここに俺だけしかいないことに気づいたようだった。

「申し遅れました、涼太の父の林浩太です。お電話いただいた藤崎さんですよね?」

「はい」

「今回はご迷惑をお掛けしてしまったようで、大変申し訳ない」

 深々と下げられた頭に、俺は気恥ずかしさを覚えた。

「迷惑だなんて、そんな。それより、涼太君のところへ行ってあげたらどうですか」

「さすがに勝手に診療室に入るわけにはいけませんよ。ここで待たせてもらいます」

 涼太の父はそう言ってスリッパに履き替えると、俺の元までやってきた。

「藤崎さん、あとは私が残ります。藤崎さんにもご予定があるでしょうし」

「急ぎの予定は特にないので、見届けてから帰りますよ」

「しかし、やはりそこまでお付き合いいただくわけには……」

「いえ、いさせてください!」

 堂々巡りとなりそうな会話に、思わず言葉が荒くなる。涼太の父は、俺の言葉尻に驚いたように肩を震わせた。

 これには俺も慌てて言葉を重ねる。

「すみません。涼太君のことでどうしてもお話したかったので」

「涼太のこと、ですか」

 涼太の父は思うところがあったのか、表情に一瞬の動揺を滲ませた。俺が話したい内容に予想がついたことは明らかだ。繊細な内容ではあるが、それならいく分か切り出しやすい。

 俺は一度大きく深呼吸をしてから、話を切り出した。

「厳密に言うと、俺が話したかったのは、涼太君の母親のことなんです」

「……智子がしていたことをご存じなんですね」

 俺が無言で頷くと、涼太の父は溜息をついた。

「いつからお気づきでしたか?」

「以前、黒木歯科医院(ここ)でお会いした時に。不躾ながら、こちらの先生が児童相談所に電話するという場に居合わせました」

 正確には配達の折にすでに違和感があったのだが、話がややこしくなるのでそれには触れない。

「お恥ずかしながら、児童相談所から連絡があるまで私は知りもしなかった。他人が気づけたことに父親が気づけないなんて、私はダメな父親です」

 ダメな父親――それはまるで俺自身に言われた言葉のように重い。

 それをこの場で否定してしまうことは、容易いだろう。けれど俺は、それをしちゃいけないと思った。これは俺がそうであるように、涼太の父にとっての反省であり、戒めであるのだ。だから俺は、あえて言葉を取り繕うことはしなかった。

「涼太君は、あなたに何度も謝られたと言っていました。それに、あなたが無関係ではなかった、とも」

「藤崎さんは、配達で家に来たことがあるとおっしゃいましたね。でしたら、あの辺りが新しい住民が多い地域であることもご存じでしょう」

「と言いますと?」

「私は仕事上、出張が多く、転勤だってこれで二度目です。妻は優しい。だから私の転勤にも文句も言わずついて来てくれる。けれど出張の多い私は、知らない土地で彼女に心細い思いをさせてきました」

「それなら、涼太君だって同じように心細かったはずだ。同じ思いを共有する我が子に、あんな行為に及ぶというのですか」

「涼太はまだよかった。あの子はあれでいて友達をつくるのがうまい。学校で仲良くなった友達がいる。けれど妻には誰もいない。おそらくですが、そのことも彼女を苛立たせた原因なのでしょう。そして涼太の言った通り、私は無関係ではない。そもそもの非は私にあったのですから」

 涼太の言葉は、やはり母親を指している。俺はここでようやく確信を覚えた。涼太は誰よりも早く母親の異変に気づき、そして味方であろうとしたのだ。だから新井先生に気づかれるまで、誰にも言わず沈黙を貫いていたのだろう。優しい母親に戻ってくれることを願って。

 俺は、言いようのない苛立ちを覚えて唇を噛んだ。

 もし涼太の父親がそれに気づけていれば。涼太の母親に味方がいれば。もしかしたら結果は変わっていたかもしれない。そう思うとやるせない。

 一方で、涼太の父の言葉にも苛立ちが募った。最初感じたような反省と戒めの色合いはそのままに、彼の言葉には卑屈さが入り交じっている。

「自分を責めることで気が済むんですか。そうすれば解決するとでも言うんですか」

「いえ、何もそんなことは……」

「言ってますよ! あんたは涼太に謝った時、自分を責めて欲しかったのかもしれないけど。涼太が本当にあんたに望んだものは、あんたの謝罪だったと本気で思ってるんですか!」

 俺なんかが言える立場じゃないけれど、きっとこの人も言われなければ気づけない。俺が感じた苛立ちは、きっとこの人が俺に似ているからなのだ。

 たぶん一昔前の俺だったら、目を反らしていた部分だ。けれど俺は、まっすぐ涼太の父を見た。

 涼太の父は、ぐっと唇を噛んだ後、そんな俺の視線を弱弱しく捉えた。

「私はあの時、涼太に合わす顔がなかった。では他にどうしたらよかったというのですか」

「逃げることは簡単です。俺もそうだったからよくわかる。だけど、子どもだって単純じゃないんです。たくさんの思いを抱えてるんだ、と今なら俺にだってわかる。涼太君とちゃんと話をしない限り、きっとこの件は本当の意味では何も解決しない」

 面食らったように目を瞬かせ、涼太の父は口の中で小さく涼太の名を呟いた。

「涼太、と……」

「はい。涼太君もまた当事者だ。涼太君の望みをちゃんと聞いてあげてください」

「……きっとあなたならよい父親になれるのでしょうね」

 続けざまに礼を口にして、涼太の父は俺に向かって深々と頭を下げた。


 治療を終えて、連れ立って帰っていった親子の会話を俺は知らない。

 涼太と一緒に診療室から出てきた新井先生も、俺達の表情を見ると、翌日の予約を交わすに留め黙って親子を見送ってくれた。俺はそのことに驚かされた。てっきり、涼太の母親の時のようなきついお叱りが飛ぶと思っていたからだ。

 だから、親子の姿が見えなくなるまで身構えていた俺は、正直耳を疑った。

「かっこよかったですよ」

 小さな呟きは、まるで独り言のようだったが、誰に向けられているかは明白だ。俺には顔を覆いつつある熱を逃がす術がなく、新井先生の方に顔を向けることができない。

 横からの視線を感じながら、涼太たち親子が去った方向を見つめて言葉を絞り出した。

「聞こえていたんですか?」

 隣からは苦笑に混じって、「ちょっとだけですが」と返事が返ってきた。おそらく、声を荒げた部分を聞かれてしまったのだろう。

「偉そうだったですよね。俺なんかが」

「いいえ。私が保証します。藤崎さんの思いは、涼太君にも、涼太君の父親にもちゃんと届きましたよ」

「断言してしまうんですね」

「あら、ご不満ですか?」

「そんなことはないですよ。新井先生にそう言われると、そんな気がしてしまうのだから不思議です」

 本当におかしなものだ。新井先生の言葉は、俺に自信を与えてくれる。俺にとっての味方には、いつの間にか新井先生も含まれてしまったんだろうな、と思う。

 新井先生は、そんな俺の言葉にふふっと笑う。

「お互いに思うことは一緒ですね」

 言われてみて、俺が言った言葉が、以前新井先生が俺に向けた言葉に近いことに気がついた。驚きに顔を動かすと、新井先生と目が合う。

 どちらともなく込み上げてきた感情に、互いに声を出して笑いあった。


 祭の翌日は忙しい。

 これは祭がどうこういうよりも、時節的な部分が大きく絡んでいる。お中元の季節ということで、この日を境に荷物がうんと増えるのだ。

 俺の帰宅時彩香は既に夢の中にあったので、翌日のシフトに備え、俺は彩香と同じく早くにベッドに入ることができた。帰宅後は彩香の話を聞くことになると思っていた俺にとって、正直これは寂しいと同時に、少々有難い誤算だった。俺も疲れていたし、おそらく慣れない浴衣と祭の熱に彩香も疲れたのだろう。

 翌朝もまだ寝ぼけているのか、言葉少なな彩香を見送って俺は出勤した。今日は帰ったら、昨日聞けなかった祭の話を聞いてやろう。忙しい中でも、そういった楽しみを見つけてしまえば、一日頑張れるというものだ。

 午後の荷物の受け取りに営業所に車を走らせる頃には、彩香の顔が始終脳裏に浮かぶようになっていた。線路に平行して走る大通りは人通りが多く、信号待ちで車を止めれば、ミラーに映りこんだ人影が彩香の後ろ姿に見える始末だ。

 だが、彩香がこんなところにいるはずない。見間違いだと、俺は運転席で首を振った。

 夏休みを間近に控えたこの時期は、午前授業のために集団下校であることが常だ。寄り道なんてする暇ないし、今頃はお袋の作った昼飯をとっている頃だろう。

 信号が変わり、俺は気にせず車を発進させる。と、その時だった。胸ポケットで携帯が着信を告げたのは。

 営業所からの連絡は少なくない。慌てて路肩に車を寄せてディスプレイを確認すれば、その番号は実家のものだった。

 仕事用に支給されている携帯だが、緊急連絡用に実家に番号は伝えてある。営業所を通さず、こちらに直接掛けてきたということは、その緊急事態が起こっているということだろうか。

 恐る恐る、俺は通話ボタンを押した。

「もしもし、お袋? どうしたんだよ」

 緊張に研ぎ澄まされた俺の耳には、お袋の呼吸音まで鮮明に聞こえた。そのはずなのに、続いて響いたお袋の言葉を、俺はしばらく理解することができなかった。

「彩香が、彩香が帰ってこないんだよ」

 頭の中でゆっくりとその声を反芻して、俺はようやく言葉の意味を理解する。認識した途端、手にした携帯を落としそうになった。

「帰ってこないって、どういうことだよ。この時期は集団下校のはずだろ」

 ようやく紡ぐことができた言葉は、落ち着くために自身に言い聞かせた言葉でもある。

 集団下校の中、堂々と誘拐なんてことができるはずないし、事故にあったというなら何かしら連絡がくるはずだ。安全は確保されているはずだから、単に遅れているだけなのだ。

 しかし、その考えはすぐにお袋に否定された。

「いつもより帰り遅いから、交差点まで出て待っていたんだ。なのに、一向に集団登校の子どもの姿は現れない。確認のためにリーダーの子の家に電話したら、とっくに帰宅していたよ。一時間程前に皆と別れたそうだ。彩香とも家の前で別れたという話だ」

「だったら、彩香はどこに行ったっていうんだよ!」

 声を上げながら、俺は先程の後ろ姿を思い出した。

 あれが彩香だったとしたら――。

 耳元で俺の名を呼ぶお袋の声が聞こえたが、その先はもう聞こえなかった。車のドアを蹴破るように開け、俺は歩道に降り立つ。

「彩香!」

 彩香が自らの意思でここまで来たというのなら、それは何を意味しているのだろう。


 俺は変われたと思っていたけれど、結局のところ、まだ彩香に甘えていたとでもいうのだろうか。

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