第10話『魔女』

 私と墨台さんは無言でうつむいたまま、気まずい時間だけが流れた。


 ……きっと墨台さんは、恐ろしい考えをしてしまった私にあきれてしまい、声も出ないのだろう。


「遥……さん」


 ギクッ! 「は! はい!」


「……もしかして……遥さんが言った『るまじき事』……って……それ……だけ……?」


『それだけ?』……って!?


 ……自分の保身の為に病気の継続を願う医療従事者なんて言語道断! 悪魔に魂を売ったにも等しい事だ。


「はい……。 そんな考え方をしてしまった自分が許せなくて……」と言って、私はポケットから『退職願』を取り出し、墨台さんに見せながら……


「……私……此処ここで働かせて戴く資格はありません。 ご迷惑ばかりお掛けしましたが、辰巻部長に言って……辞めさせて頂きます」……と言って、深く頭を下げた。


 ……涙が数滴、床に落ちた。


「遥さん! 俺は嬉しいよ!」


 ……と、墨台さんが、晴れやかな声で言った。


 ……そうね……。 寂しいけど、こんな恐ろしい女とは、一緒に仕事したくないよね……。


「遥さん、漫画家志望って言ってたよね。 想像は得意でしょ? ちょっと考えてみて」


「……? ……はい……」


貴女あなたは『魔女』です。 願った事が現実になります。 さて『サターン禍が続きますように』……って願いますか?」


 ……! 


 ……テレビで、サターン肺炎に苦しむ映像を嫌と言うほど観たし、ご施設に検体採取に行った時、レッドゾーンで苦しんで居られる患者さんの姿もの当たりにした。 ……あんな苦しむ人たちを増やすなんて、私には出来ない!


「そんな事、絶対に願いません! 出来る事なら『サターンウィルスをこの世から消して下さい!』って願います!」


 ……! 瞬時に口から出た自分の答えに驚いた。


 墨台さんは笑顔で……


「はい! まず、その『退職願』は捨ててね」……と言って、シュレッダーを指差した。


 私は、言われるがまま、退職願をシュレッダーにかけた。


「……俺が『嬉しい』って言ったのは『次のパンデミックに対する備え』が万全になった事を、遥さんの言葉で確認出来たからだ」


 ……次の……パンデミック……!?

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