第11話 涙

「こんなにひどいパンデミックが、また来る……と?」


 墨台さんはいつもの落ち着いた口調で……


「今回のパンデミックは『百年に一度』と言われているから、正直に言って『必ず来る』って根拠は無い。 でも『来ない』可能性は、限りなくゼロに近いと思う。 現に今でも全く新しい脅威が日々産まれているからね。 俺たちは、来たるべきその時の為の『防波堤』なんだ」


「『防波堤』? ……あの『津波』から街を守る?」


「そうだ。 またサターンの波が来ても、全く新種のウィルスが発生しても、それをき止め、人々の命を救う、強靭きょうじんでしなやかな『防波堤』にならなくてはならない」


「私に……なれるでしょうか……?」


 私はただの臨床検査技師だ。 DMAT(『災害派遣医療チーム』……人命救助を第一の目的としたスペシャリスト)だった墨台さんと違い、陽だまりのような呑気な検査室で、只々ただただ与えられた検査だけをこなしてきただけの、お気楽な人間だ。 それが、人類を救う『防波堤』になんて、なれるんだろうか?


 墨台さんはニッコリと笑みを浮かべ……


「そこで、さっきの遥さんの言葉に繋がるのさ」


 ……私の……『サターン禍が続きますように』……って言葉……?


「先ず、この『PCR検査センター』が発足してから1年にも満たないのに、検査件数は間もなく2万件に到達する」


 私は3か月休職してしまったが、町野中央病院検査室の人たちのお陰で業務は滞りなく行えたので、検査総数は順調に増えた。 もっとも今は失速しているが……。


「今やこのセンターは、文字通りサターンとの戦いの『最前線センター』になっている。 陽性者をいち早くピックアップ出来れば、ゾーン分けする事で感染爆発を未然に防げるからね」


 墨台さんの言う通り、感染対策で大切なのは『感染者と接触しない事』だ。 PCRを使えば最短1時間弱で、高精度に判別出来るから、感染の拡がりを抑える効果は絶大だ。


 墨台さんがPCR装置をポンポンしながら「ここの設備は、お世辞にも恵まれているとは言えない。 でも遥さんやみんなの創意と工夫で、大手の検査設備に匹敵する成果を上げている。 ……まあ、これは辰巻さんの受け売りだけどね」……と言って照れ笑いをした。 そして……


「そんな経験と実績があるから、遥さんの心の中に『自信』が芽生えたのさ。 さもなくば『サターン禍が早く去って欲しい』……と願う筈だ。  自信がなければ早々に手を引きたいからね。 ……違うかい?」 


 ……!


 そうか!


 いつも自信が持てないのがコンプレックスだった私に……無意識に……


『サターンウィルスPCR検査、ドンと来い!』的な『自信』が芽生えていたの……か!


 私の両目から涙が溢れた。


 それは、さっき迄と違う……


 ……熱い涙だった……!

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