第7話 誤解

 その日の帰宅後……


 私は親友の『美緒みお』……近江おおみ美緒みおと『オンライン飲み会』を開いた。


『飲み会』とは名ばかりで、二人共お酒が飲めないので、ミルクティーで乾杯した。


 美緒は臨床検査技師の専門学校からの親友だ。


 大病を患っていた美緒は、一時的に生死の境を彷徨さまよった事もあったが(本編 第4章『自殺企図』をご参照下さい)現在はだいぶ回復し、自宅から通院治療をしている。


 サターン禍なので、重症化リスクが高い美緒と直接会う事は出来ないが、今は手軽にオンライン飲み会が出来る。


 他愛もない話をしたあと、私は美緒に言った。


「私……親から30歳迄は好きな事をして良い……って言われてて、タイムリミットまでのあと数年……もう一度、漫画家を目指したい……って思い始めてるんだよね〜」


美緒は、私の決意を喜んでくれた。


「この前、私が死にかけた時に思った事があるんだ……『このまま死んだら、私、この世に生きたあかしを遺す事無く、みんなの記憶から消えてしまうんだな』……って。 その時、頭に浮かんだのは真優まゆだった」


「……?」


「もし今度生まれ変われるなら『遥 真優』になりたい……って、本気で思ったんだよ」


「え? 何で私!?」


専門がっこうで、真優は理数系苦手だ……って言いながらも、理数系が得意な私たちに追い付き追い越し……ついにはトップになったじゃない?」


「……そんな事もあったような無かったような……」


「あったの(笑) でも、そんな真優の本当の目標は、私たちみたいに『臨床検査技師』になる事じゃ無かった。 この『闘争心』の欠片かけらも無いまゆを、あれ程までに突き動かしていたのが『漫画家への夢』だったんだよね」


 確かに、私にとって『臨床検査技師』の国家資格は漫画家になる夢へのチケットなかった。


 ……人間の脳は、本当に辛かった事を忘れるように造られていると言う。 勉強……特に数学や化学が苦手だった私にとって、地獄以上に辛かったあの日々は、朧気おぼろげにしか憶えていない。


『クラスでの順位なんかどうでも良い! 国家資格を手に入れる為なら、辛酸でも何でも舐め尽くしてやる!』……みたいに思っていたような……。


「大きな夢を追いかけ、確実に自分の物にしてきた真優……あの時も、いいえ、今でも羨ましいんだ……」



 ……とんでもない……それはとんだ誤解だ。


 私は所詮『自分の為なら世界に病気が蔓延しても良い』って思ってしまう、悪魔のような女だ。 


 ……私はモニター越しの美緒の顔を真っ直ぐ観ることが出来なかった……。

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