第14章 メンタル

第1話 お箸

 休職が決まった翌日……


 父が週休だったので、自動車で心療内科のクリニックに連れて行って貰った。


 私は病院に勤めているが、自分が受診するのは初めてだ。


 付き添ってくれた母が、紹介状を持って受付に行ってくれたのだが、予約が一杯で新患の予約は数週間先になってしまう……との事だった。


 いくつかのクリニックを回っても、やはり新患の即日診療は無理なようだった。


 ……今の時代、想像以上にメンタルを病んでいるかたが多い事を知った。


 この日は診察を諦め、改めて電話で予約してから受診する事にして、3人で近くの和食レストランに入った。


 ……この3人で外食するのは久しぶり……と言うか、兄貴抜きで3人で食事するのは初めてかも知れない。


 ……この時、普段はうるさい事を言わない父が

真優まゆは、就職してから食べるのが早くなった。 慌てる必要は無いから、ゆっくり食べなさい」


 ……と言った。 それを聞いた母も頷きながら……


「そうね。 いつもお箸の音を立てて掻き込むみたいに食べてるから気になってたのよ……」

 ……と言った。


 気にしていなかったが、言われて初めて気がついた。


 一分でも早く検査室に戻らなくては……という気持ちが強く、ご飯を掻き込み、汁物で流し込むのが日常になっていて、それが癖になってしまったんだ……。


 私は苦笑いをして、お箸でひと口分のご飯を摘んで口に含み、良く噛んで食べた。


 咀嚼そしゃくにより細分化された、お米の澱粉でんぷん質を、唾液中のアミラーゼが分解してグルコースに変化させ、甘みを感じる……。


 はっ! ……私、理数系は、超苦手だったのに、いつの間にか思考も生活習慣も、全てが仕事に乗っ取られていた!


 ……仕事とプライベートを巧く切り替えられない自分に気付いた瞬間だった。


 そう言えば、墨台さんが……


「俺は、家に帰る前に、必ず車内で数十分間、一切の音を消して、自分をリセットするのをルーティーンにしてる」


 ……と言っていたのを思い出した。


 あの時、それを参考に、私も何か『切り替えルーティーン』を見付けておけばこんな事にはならなかったかもな……とか考えていたら、父が…… 


「おいおい、それはゆっくり過ぎだ」

と言って笑った。


 色々考えていたら、手が止まっていた(汗)


 ……定食を食べ終えた頃、父が……


「……俺、この『黒蜜きなこパンナコッタ』ってのを頼んで良い?」


 ……と言った。


 母は


「ま〜、随分可愛らしいのを食べるのね〜」

 

 ……と言って笑いながら『抹茶ぜんざい』をリクエストした。


 私は、久しぶりに良く噛んで食べたらお腹いっぱいで、これ以上食べられなかった。


 残念(泣)

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