第3話 本職

 あ、貴方あなたは、何時いつぞやの…。


 そう、『思い出』の、『あちら』のかただった。 その名も、忘れたくても忘れられない『小野寺組』の小野寺 繁さん…だ。


 

 「お嬢ちゃんは、これが本職か!」…と、さっき聞こえた怒号を発していた人と同一人物とは思えないほど、上機嫌な声を出した。


 私は、名札を見せながら「はい〜。 臨床検査技師の『はるか 真優まゆ』です」と言い、 「では、心電図しんでんずを録りますね〜」 と言うと、自ら上半身裸になり、なんともカラフルな『龍』を披露してくれた。 


 仰向けに寝てもらい、『解剖学的姿勢』をとってもらう。 …こんなに録りやすい患者さんは久しぶりだ。


 …記録を始めると、程なくして『心室性期外収縮PVC』が出現した。 


 心室性期外収縮PVCは、健常者でも出現する、不整脈の一種だ。 ただ、その心電図エーカーゲーの形や、出現のタイミングによっては、危険な場合もあり得る。


 今回は、先生が視たいと言っていたので、少し長めに記録した。 …すると…


 立て続けに、心室性期外収縮PVCが6連で起きた。 某有名マンガの必殺技なら格好良いが、今回は違う。 心室性期外収縮PVCが3連以上出現する場合は、『心室頻拍ショートラン』と言って、死に至る『心室細動VF』に移行する危険がある。


 少々、時間がかかったので大山先生が見に来た。


 心室頻拍ショートランの部分を見せると…


 「こりゃ駄目だ! 小野寺さん、即、入院しないと死んじゃうよ!」 …と言った。


 小野寺さんは、さっきまでの元気は何処どこへやら、悲しそうな顔でシュンとしている。


 心電図の電極を外し、「お大事にして下さい」 …と帰ろうとすると、小野寺さんは小声で 「オレ、ホントに死んじゃうの?」 といてきた。


 例によって、「私たち技師は、結果を言ってはいけないって、法律で決まってるんです…」 …と言うと…


 「そうか …悪かった」…と、しおらしく言った。


 ちょっと可哀想になったので、「先生とか、看護師さんの言う事をしっかり守って、早く良くなって下さいね!」…と言うと、私の手を両手で掴んで、何度もうなづいた。


 その後、入院中は一切、問題行動を起こさず、笑顔で退院して行った。


 入院費も、ちゃんとお支払いになったそうだ。


 その時、何故か病棟看護師に呼ばれて、見送りにったが、小野寺さんを迎えに来たのは、例の七福神の女性だった。 (マンションの表札は違っていたから、『愛人』かな?)


 女性も私を憶えてくれていたのか、にこやかに手を降ってくれた。



 暫くすると、私の二つ名が『姐御』になってしまった…。


 ありがたく…は、無いな…。

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