第4話 棘徐波複合

 ドアを開け、ベッドで寝ている患者に近づく。 あの鋭い眼が、再び私をとらえた。


 私は瞬きもせず、その眼を見つめながら、掛けてあるタオルケットの上から軽く手を置き「○○さん、この検査は、痛みも何もありませんが、リラックスする必要があります。」


 ゆっくりと、操作室とのあいだにあるドアに戻り……


 「私はここで○○さんの心拍数をモニターしながら声をかけます。 それに合わせて、ゆっくり深呼吸をして下さい。」


 ……通常、患者への声かけは、操作室からマイクを通しておこなうが、今回は敢えて、直接顔を見ながらおこなう事にした。


 「目を閉じて……、ゆっくり吸って下さい……はい、吐いて下さい……。」


 ……しばらく繰り返すと、少しだけ心拍が落ち着いた。


 私は、更にトーンを落とし「良い感じですよ……、はい、ゆっくり吸って〜……」


 作戦成功! かなり落ち着いて来たようだ。 ノイズが減り、脳波にα波が現れた。リラックスしている証拠だ。 ドアを閉め、検査を継続する。


 ……数分後、過呼吸賦活という、速く大きな呼吸をさせた時に『棘徐波きょくじょは複合』という、てんかん特有の脳波が現れ、数秒間、痙攣が起きた。 ドクターが、すぐ見られるように赤鉛筆で大きくマークした。


 操作室の警官が「大丈夫でしょうか?」と聴いてくる。


「大丈夫です。 この発作を観察する為に過呼吸……大きな呼吸を行ったので。 もし、大発作に移行しそうなら、すぐにドクターを呼びます。ご安心下さい」 ……と伝えると、その警官は、心配そうにガラス越しに覗いていた警官に、手で丸を作って見せた。


 その後は問題無く検査を終えた。


 警官に、結果をどうするか確認すると、後から別の担当者が来るとの事で、頭部を拭いて終了した。


 患者さんは再び手錠をかけられたが、その瞬間、私は目をらしていた。


 最後に「お大事だいじにどうぞ……」と言うと、患者さんと、もう一度目が合った。患者さんは目を細め、軽く会釈した。


 さっきまでの鋭い眼光は消え失せていたように感じた。


 さて! こちらのおお仕事は終わった。急いで検査室に戻らないと!



 

 検査室では、深田先輩が修理を終え、天板を被せる所だった。 私を見て……「ごめ~ん! 大丈夫だった?」と心配そうに聴いたので、ニッコリ笑ってOKサインを出した。 先輩も微笑みを返してくれた。


 先輩が「ミーヤからLINE来て、娘さん、問題なしだって〜」


 良かった! 


 ……何か忘れている気がする?……が、たぶん、これで『めでたしめでたし』だ。

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