第3話 眼光

 技師長が、ギックリ腰にむち打ってまで深田先輩に伝えたかったのは、血液中の成分を調べる『生化学自動分析装置』がエラーメッセージを吐いて故障した事だった。 


 残念ながら、みやこ先輩と私は、だ自動分析装置メンテナンスのレクチャーを受けていないので、なおし方が判らない。


 技師長亡き今(←失礼)、深田先輩が大急おおいそぎで修理しないと、外来での緊急対応が出来なくなってしまう。


 更に、負の連鎖は続くもので、みやこさんの娘さんが発熱した…との連絡が保育園から来て、急いでお迎えに行かなくてはならなくなってしまった…。


 これも…運命さだめだ…。


 私が囚人さんの脳波をる事が決定した。



 『コツ、コツ』…と靴音を響かせ、二人の警官が例の人を連れてきた。囚人さんは手錠をしている。 …手錠をしている人を見るのは初めてだったので、一気に緊張が走る。


 人数が増えると、そのぶん、危険が増すとの事で、今この階は、ここに居る4人だけだ。


 


 深呼吸して立ち上がり、挨拶する。


 「検査、はるかです。 では、こちらにお入り下さい」


 囚人さんと目が合った!


 眼光は鋭い…が…。


 …さっきまで怖くて怖くて仕方なかったけど、囚人さんと目が合った途端に、恐怖が消えた。


 …この人は、『犯罪者』じゃない。『患者』だ。


 付き添いの警官に「この検査は、リラックスが必要です。 手錠、外せますか?」と頼むと、


 「はい、必要なら」 


 …と、ベルトのキーホルダーを伸ばし、慣れた手付きで外してくれた。 想像と違い、ほとんど音はしなかった。


 …通常なら、緊張をほぐす為に色々話しかけたりするのだが、今回は話題が見付からない。『何やったんです〜?』とも聴けないし…。


 一通ひととおり電極を装着し終わり、操作室に移る。 警官は、患者の近くに一人、操作室に一人の配置になった。 中の警官には「患者に近いとノイズが混入するおそれがあるので、離れるように」…と伝えた。


 モニターには、複数本の脳波と、一本の心電図が表示されている。 …確認すると、心拍が速い上に、脳波に心電図と同期した波アーチファクトが乗っている。更に、ちからが入ると混入するノイズまで乗り、正しい脳波を邪魔している。


 脳波は主に、『耳たぶ』と『脳から出る微弱な電波』の差…を記録している。肥満などで首が短いと『心電図』を『耳たぶ』が拾ってしまい、邪魔される時があるのだが、この患者はそうではない。 


 ノイズもあるし、間違いない。 緊張でりきんでしまい、心拍が上っているんだ…。 


 この人の気持を落ち着かせる方法は…?

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