第7話 仮面

 万が一笑ってしまってもバレないように、大きめのマスクと、アイガードを装着して検査室から出ると、そこには普通の男性が立っていた。


 長谷ながたにさんが「検査の者です。 心電図や超音波エコー検査を担当します」……と、紹介してくれた。


「臨床検査技師のはるかです」と頭を下げると、「初めまして、鯉渕こいぶちです。 宜しくお願い致します」と答礼してくれた。『鯉渕こいぶち』だから『ッ』なのか…。


 テレビでイメージしていた、世間知らずのおバカイメージは微塵も無い。 それどころか、聡明な常識人って印象だ。



 ……心電図、心エコーは、ほぼ正常だが、腹部エコーでは、かなり高度の脂肪肝と、胆嚢内に小さい結石、腎臓に嚢胞チステがあった。


 ホットキャビからおしぼりを出し、「熱いのでお気をつけてゼリーをお拭き下さい」と言いながら渡した。


「先生、如何いかがでしたか?」……低く、やや愁いを帯びた美声がエコー室に響いた。


「申し訳ございませんが、この検査だけでは判断しかねます。 後ほど、他の検査結果と合わせて、ドクターからご説明致しますので、お待ち下さい」……と普段通りの説明をした。


「わたくし、実は芸人をやっておりまして……あ、先程さきほどかたから、何かお聞き及びでおられますか?」


「は、はい。 ええ、まあ……」しどろもどろだ。


 鯉渕さんは、「こんな商売をしてると、人様に後ろ指を差されるような馬鹿げた事をしたり、先輩芸人さんに、わざと失礼な態度をとったりして……結構つらい事が多いんです。……そうすると、つい酒で気を紛らわせてしまって……。こいつにも、可哀想な事をしてますよ……」……と言いながら、自分のお腹を撫でた。


 私は、その言葉に胸を打たれ、つい泣きそうになり、横を向いてしまった。


「あ、申し訳ございません! わたくし、何か面白い事、言っちゃいましたか……ね?」


 私は、感極まって「とんでもありません! これからも、是非、内臓をいたわってあげて下さい!」と、心を込めて言った。


 鯉渕さんは、素敵な笑顔を浮かべ、力強くうなづいてくれた。




 数日後、病院の職員食堂で、お昼ごはんを食べながらテレビを観ていると、『おちゃらけスットトコドッコイ』が登場した。 食堂内のみんなが注目する中、『激辛早食い対決』が始まった。


 何人かの対決だが、『ッコイ』さんが、早々にリタイアしてしまった。番組MCが『あまりにも不甲斐ふがいなくない〜??』と責めた。


 『ッコイ』さんは、「おいらはやる気満々なんだけど、こいつが〜」と、自分のお腹を指差し、「これからも、こいつをいたわってやらんと、なっ!」と、まるでペットを愛でるように、お腹を撫でた。相方の『おちゃらけスットトコド』さんが、辛さで顔を真っ赤にしながら「こいつ、腹の中に老犬飼ってますんや」とおどけて言い、会場を沸かせた。 私の言った事、覚えてくれてたんだ……と喜びながら、彼らのおどけた様子に、食事中にもかかわらず皆と一緒に大笑いした。

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