第6話 爆笑王

 『コン、コン、コン』 …ノックのあと長谷ながたにさんが入室して来た。


 「五木君いる?」


 「はい。 奥に」


 この病院の検査室は逆L字形になっていて、調べ物やちょっとした休憩をするスペースがあり、奥に入ってしまうと、正面からは見えにくくなっている。


 長谷さんと技師長はしばらく話をしていたが、長谷さんが外来に戻ったあと


 「はーい、全員集合しゅーごー


 全員と言っても、二人しかいない。深田先輩と奥に行く。技師長は、普段見せない、神妙な面持ちで腕を組んでいる。 


 …あれ、私か先輩、何かやらかしちゃったかな…?


 「今、外来の長谷さんから連絡が来た…」


 知ってますって! 今、一緒に見てましたって! …とツッコミを入れたくなる気持を押し殺した。


 技師長は、さらに声をひそめ…「これから『おちゃらけスットトコドッコイ』がお忍びで来院する」…技師長の鼻の穴がヒクヒクしている。


 3人ともこらえきれなくなり思わず吹き出し、検査室はしばし、笑いの渦に包まれた。


 『おちゃらけスットトコドッコイ』は、今大人気のお笑い芸人二人組みだ。 会場やテレビに彼らが現れただけで、今の検査室のように大爆笑してしまう。なお、『おちゃらけスットコドッコイ』では無い。『おちゃらけスットコドッコイだ。そこを間違えてはいけない。 今回は、番組の企画でおこなった検査の結果に、やや異常があったため、検査目的での来院…だそうだ。


 深田先輩が、何とか笑いを抑え込んで「で、どっちですか? 二人共?」


 「いや、『おちゃらけスットトコドッコイ』の『おちゃらけスットトコド』じゃ無いほう


 私と先輩が声を合わせて「『ッコイ』の方」と言って、大笑い。


 私たちが何故こんなに笑ってしまうのか…知らない人には理解出来ないだろうが、あの顔と、あのトークを一度聞けば判って貰えるだろう。 何せ、今年のお笑いコンテストを総めにしているのだ。


 「おいおい、本人の前で笑うなよ!減俸もんだからな。 …じゃ、来たらお願い」


  あ、逃げた…。


 深田先輩が「五木さん、駄目ですよ〜!こういう時は、落ち着きのある中年男性が行くと相場が決まってます。」


 「無理だよ〜、絶対笑っちゃうよ〜…。 『落ち着きのある中年男性』が笑っちゃったら、それこそまずいまじぃだろ〜が」


 …それもそうだ。


 私が上目遣いで、甘えるような視線を深田先輩に送ると…「だ、だめだめ! あたし、『おちゃらけ』観て、高校の部活で腹筋鍛えたとき以来の筋肉痛になったんだから!」


 私が口を尖らせて、次の上目遣いの目標を技師長に定めたが、技師長は


 「さっき、ケーキ食わせてやったろ…」 …とクールな声で言われてしまった。


 くぅ〜っ! そうだったあ! こんな事なら2つも食べなきゃ良かった…。


 『コン・コン・コン』…長谷ながたにさんが入室し、小声で「さあ! 『ッコイ』さんの登場です!」 と言ったもんだから、たまらない。 爆発寸前の笑いを必死でコラえる。 技師長は検査室の奥にもり、深田先輩は耳を押さえ、私は腕を反対側の手でつねってえた。

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